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301/312

♬301:共涙で候かーいですけど(あるいは、マロニックスクォール/無音なれば感知されず)

「……っ!!」


 我が喉上で弓なりに身体を反らせびくびくっと一瞬その全身を震わせたる姫様の、


「……!!」


 そのさらに一瞬後に見上げたるその御顔貌は、


「……」


 もはや「静謐」という概念そのものを、その(つや)やかで(あで)やかなる表情の表面を覆わせているかのような、冷静と情熱の(はざま)のような、かくも神々しき(アフラ)を発しているかに思えたのであり。遥か天蓋より射し込みし、光の帯をその身に纏わせているかのようであり。


 け、賢者だ……賢者だわ……の如き声が少年殿と若草殿より漏れ出て来るが、確かに。いまや姫様の何かを超越したる御尊顔は、高邁なる高僧が醸されるほどの(たっと)き力に満ち満ちながら、静かに凪いでもいるかのようでもあった……


「……!!」


 明らかに様相が変わりし姫様の御姿を、サイノは初め、曇りし(まなこ)にて、ちらと窺っただけであったが、再びハツマ殿の顔に戻そうとした視線を慌てて尋常ならざる速度にてまた此方(こなた)へと向けて来る。


「あ、ああ……」


 その血の気を失いし乾いた唇より、干からびて固結した声帯を何とか震わせて出されたかのような、砂の踏みしめし時に擦れる音のような呻きが、私のところまで聴こえてくる。


 気圧されている……いや、そうでは無い? 何とも形容しがたい表情を……それは苦渋なのか、愉悦なのか、私の拙き脳では判断できなかった。あるいは……慕情、なのやも知れぬ。分からぬ。


「……」


 対する姫様の御尊顔も、我が一歩を踏み出すごとに、目まぐるしく変容していくようにも窺え。


 喜び、はにかみ、恋慕、そして哀しみ……それらが幾重にも纏われ揺蕩っているかのような、何とも不可思議なる御表情……これは一体。これは一体、姫様とサイノとの間で、何が起こっているというのか。何が……交わされているというのか。


 辺りには、あらゆる音を吸着するかのような綿の如き柔らかき何かに包まれているかのようであった。そんな沈黙/静寂の中、


「……」


 姫様の御口が静かにたおやかに開かれ、そして……


 「DEP」が始まった。


「……『子供の頃は歳の離れたお兄ちゃんが好き過ぎて、いつもずっとくっついて歩いていた件。それだけなら全然他愛もなくて可愛らしかったと思うんだけど、本当にどこでも付いていって……トイレの中までも。嫌がるお兄ちゃんが我慢できずにきばって出す瞬間をも、体育座りの目線の高さで逐一目視していたこと。お兄ちゃんもそのうち恍惚そうな顔を呈すようになったこと』」


 場に流れたるは、いやな沈黙……であった。いやおそらくそうなのだろう、不肖なる私にも、その良し悪しの大まかなるところが掴めてきたるDEP……今までの姫様のそれよりも、何と言うか、得体の知れない「威力」のようなものが希薄のような気がした。


 これは……これではサイノに衝撃を与えることなど……出来ぬのでは……


 渦巻く不穏な空気、しかして。


 刹那、であった……


「か……(かなで)……奏……なのか……」


 滂沱の堰が、切られていた。他ならぬ、サイノの歪んだ顔にて。いったい……何が起こったと……いうのか。


 あ、うん……ああーそうなんだね……

 あああ、うぅん……なるほどぉ、なるほどねー……


(一瞬の間、そして)


●▲

 えええええーッ!? ええ、ええええええええええええぇぇぇぇえぇぇえぇぇッー!?



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