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#003:酷似で候(あるいは、前略、ドッペルの巨象の上より)


 キガリからハマド、そして日本ジャポネス成田ナリタまで、空路を用いれば丸一日の距離だそうだ。そこはいい。


 問題は標高1,298mを誇るこの王宮から、下界へと下る道は整備されているとは言い難いということだ。


 けもの道、というほどの生易しいものでは無く、慣れていても時折方角を失うほどの、季節ごとにまったく異なる様相を見せる密林の草葉を掻き分け、年に幾人もの転落死者を出している「ヘギリの大顎」と呼ばれる崖道を通り、あとは雨期終わりの今頃は水嵩がおそらく大人の胸以上まで達しているであろう、メッゾォスの河越え……王宮での生活で体の鈍った私などははっきり躊躇するほどの道のりだ。いわんや、姫様には……


 謁見の間を辞して、私は臣下の者たち幾人かと共に、衆議の間と呼ばれる、黒檀の巨大な円卓が場を占める一室へと詰めている。


 姫様を無事、日本まで送り届ける。そのことの難儀さが、考えれば考えるほど増していく。そして会議の体ではあるものの、臣下の誰ひとりとして、私と共に思考してくれる者などいはしない。それぞれがそれぞれ、この場で意味を為さない談笑を続けていたり、さらには居眠りをしている輩もいる。


 私は独りだ。国王陛下御自らの命、いや「願い」を承りつつも、やはり厄介者としての私に力を貸してくれる者などいるはずもない。


 しかし、だからと言って、この場を放棄すること、それは罷りならん。私は勇無き者になどなりたくはないのだから。


 私が、煮詰まり始めてきた脳で、熱にうかされたような思考をぐるぐるとかき混ぜるようにしながら煩悶していた、その時だった。


 バァン、と広間の巨大な木扉がこちらに向かって乱暴に開け放たれる。何者ッと今までの安穏感を吹き消して気色ばむ臣下たちであったが、私は何故か、その扉の先にいた人影から目が離せなくなっていた。


 ひょろりとした体躯には、他の臣下の者と同様に、緩やかなローブを巻き付かせるようにして身に着けている。その色は砂塵の色、黄色。最下等「十二司」の身分ではあるが、そのやせ細った体から漂う一種異様とも言える妙な迫力に、場に際した一同は気圧されている。


「貴様はッ!! ロウゼィの……何用だッ!!」


 威嚇するかのように、円卓から立ち上がった臣下のひとりがそう声を荒げる。ことこの王宮にも派閥と称される利害関係によって結びついた人脈はあり、表裏に渡っていざこざは絶えない。


「……ちょいと小耳に挟んだことがありやしてねえ。アロナ=コ殿下の」


 しかしその痩躯の男は、脂ぎった長い黒髪に手をやってから、やけに細く長い自らの顎を節だった手で擦ると、臣下の剣幕にも動ぜず、濁った、しかし鋭さも有した目に異様な光を帯びさせながら、しゃがれた耳障りな声で再び場を圧倒していくのであった。


この者のこと、よくは知らぬが、その立ち居振る舞いから、只者ではないということだけは感じ取っている。


 そして姫の訪日に関する情報を掴んでいる……この者は一体……?


「『敵か味方か』……そんな顔をされてますなあ。安心しなせえ、大将。俺はあんた様の頼れるお味方よぉ。もちろん……利害関係に基づいたっつー意味でだがなぁ」


 これが、「王宮のダニ」「日和見フナザムライ(意味はわからない)」「ズコセンデル・エヘスベタズベェタ(余りにもおぞましくえげつない言葉なので意味は記せない)」と唾棄される男、ギナオア・シヨリヨォとの邂逅なのであった。


 そして、


 この正体不明の男との出会いが、私の人生を、未曾有の混沌へと突き進ませ始めることを、この時点の私は知らない。


 運命の車輪は人生の歯車と連結して、私の全てを動かし始めるのであった。


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