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297/312

♮297:災対ですけど(あるいは、案山子が原/縦横無心フェロー)


 アヤさんの、感情無いゆえに落ち着き留まったような声が、この(フィールド)の上を、微風のように抜けていく。


「……」


 僕はそれを未だ「騎馬」に担ぎ上げられたままの姿勢で、耳を傾けてはいるのだけれど。


 アヤさんの、サイノとの一騎打ち。そのような様相と最初(ハナ)から思っていたし、実際に現局面はそう呈されてきているように思えた。が、


 「場」を提供することしか出来ない……アヤさんのその言葉は、何を意味するんだろう……「場」。「場」。


 ……サイノの吐き出す場、ってことだろうか。


 あるいは、この「DNC」そのもの全てを指しているのだろうか。それとも、この会場にいる何万単位の客とか、


 ……ダメを宿した人間すべてに向けての「場」、という意味なのだろうか……


「……奏ちゃんは、以前私に話してくれました。『変わりたい』と。『自分を変えたい』と」


 アヤさんのあくまで落ち着いて、いや落ち着き過ぎて感情が希薄にまで感じる声が、そんな言葉というか音節を紡ぎ出してきている……


「結果、不幸なこととなってしまい、そのことについては何も言えることなどありません、いえ、何かを言える資格のある人間は、もうここにはいません」


 相対しているサイノは、もう目をこれでもかというほどに食いしばり閉じている。何かから目を背けるためか、それとも何かを深く思うためか、それは分からなかったけど。


「ただ、奏ちゃんが自分を変えようと頑張っていたことは確かです。ダメな自分を克服しようとしていた……いえ、『克服』では無いですね、克服など出来るものでは無いのですから……『一度吐き出して、その吐瀉物を間近で確認して、それからそれをまた咀嚼し嚥下する』……そんな、荒行のようなことを自分に課して、それを為そうとしていた。自分を、自分として、自分らしくあろうと決意し行動した。更科(さらしな) (かなで)というダメ人間は、そのような人でした」


「……!!」


 刹那だった。血相を変えたサイノが、足下の騎馬を促しアヤさん騎との間合いを詰めると、いきなりその細長い両腕を伸ばして、アヤさんの首元を掴み上げたのである。こ、こらぁ!! 何をするッ!!


「貴様にッ!! ……貴様に妹を『ダメ人間』と罵られるいわれは断じてないッ!! 何が『ダメ人間コンテスト』だ!? 勝手な思い込みで自分より下とカテゴライズした、蔑めと言わんばかりのクズを盛り着飾らせて、意味不明の舞台に上げて嘲笑することのッ!! 何が『魂の浄化』だッ!? いつかの主催者も言っていたがこれは悪趣味な『ショー』でしか無いッ!! その裏で利権を貪ってのさばっていた貴様らに、『場の提供』などというもともらしいことをのたまわれたくないッ!! こんな『場』があったから妹は死んだ、ただのそれだけのことだッ!!」


 サイノに、その華奢な体を前後に揺さぶられながらも、アヤさんの流麗なる顔は一ミリの歪みも呈していなかった。ただそこに在ったのは、静かながらも熾火のような熱を持った、見る者全てを引き込んでくるような、そんな、この「場」全部を俯瞰するかのような、そんな視線であったわけで。



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