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295/312

♭295:貫徹かーい(あるいは、天蓋空虚な/空からは鳴り響く雨)


 場には、諸々の音は相変わらず降り落ちてきていたものの。「静寂」しか聴こえない、みたいな奇妙な音響の釜底にいるような気もしていて。


「……」


 それほどまでに、フィールドの中央にゆるりと現れ出でたハツマの姿は、見る者をその放つ引力だか斥力かだかでこちらを嬲ってくるかのようであった。


 落ち着いた茶色のゆるふわな(ボブ)は、スポットライト気味の上からの照明を受けて、その輪郭が白金(プラチナ)のように一本線で周囲世界から区切られて見える。左目辺りに装着されたけったいな透明緑の片眼鏡型(モノクル)バイザーも、その真顔と微笑の間のような表情を自然に浮かべている、女から見ても美麗と表現するほかは無い小っこく整った顔には何故かハマって嵌まっているようで。


 その美女が、これまた美女三姉妹が織りなす「騎馬」に跨り、ゆるゆると闊歩している……醒めないでと思いたくなるかどうか微妙な夢のような趣きの絵面である。


 娑婆感というのが元より皆無なのが存在意義でござい、なのがこの「ダメ」界隈の諸々であることは常なることではあるけれど、そのことにもうこの一日で慣れさせられ直された……


 自分と向き合うには、その方が適しているんじゃないかって思うくらいに、私はいまや毒され相成っているけど、違うんじゃね? とも言い切れないはず。


 ダメに(結果的にだけど)、命を、人生を一度引きずり廻されてから引き揚げられた、私にはそう思えている。


 場所をお譲りした私の代わりに、赤いボタンが鎮座するフィールド中央の(サークル)上を、する、と円運動を引き継ぎ回り始めるハツマ騎。いやまあそこは継がんでもええと思うんだけれど……


「私と相まみえて……いかがなさると言うの」


 ハツマの声は、落ち着いているけれどよく響いて。でもそれを正面から受け取ったと思われる主任の顔は相変わらず凝り固まりきって、依怙地な能面みたいな体を見せているけれど。


「……(カナデ)ちゃんのことは、何と言っていいか分からないけれど」


「何も言う必要は無い。気安く名前をよぶ必要も無い」


 二人の温度の無い言葉と言葉が、描く円周の中心で触れも混じりもせずに中空で霧散していくかのようだ。主任の妹さんのことなんて……私は何も知らなかったけど、先ほどの「トゥルーフォース」の時に、ほんとか嘘か掴ませないような語り口で、何かを吐き出していたかのようにも記憶はしてたけど。


 でも報復とかそんなの……望んでないと思うよ……いや私なんかがそのこと、分かるなんてとても言えないけど。


 救済、されるべきだとは思っている。妹さん、ではなく、他ならぬ主任自身が。


 だって、どれだけ押し殺してきた? どんだけポーカーフェイス保ってこの場に、参加者として、私をたばかって、とかいろいろ、労力使いまくって。


 そこまでしなくちゃ、自分を保てなかったんでしょ? わかるよ。私だって、正気を保とうと必死こいてた時、あったもん。


 自分を削り取ってそれで飢えをしのぐかのような、そんな知れ切った破滅への下り階段を、這うようにしてずり滑りながら。


 それでも生きてるしか出来なかった時を。



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