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293/312

♭293:細動かーい(あるいは、#♭233が被っとるさかい/またひとつ進むのやでの巻)


 場は未だ混沌を呈していたけれど。大暴れする執事くんのちょっと生物学的にあり得ない体の動作に慄きつつも、凪いだ瞬間が、私には訪れようとしている気もして。


 大勢の人間の織りなす、声だとか打ち付ける手とか踏み鳴らす足とかの音だとか、呼吸音だとか、心拍音だとか、血流の中を殺到する赤血球同士のひしめき合う音とか。


 あり得ないような「音」の塊が、四角いフィールドの上空をぶんぶん無秩序に回っているかのようであり。


 そんな中、自分の周囲に守護霊が如くに様々な「世代人格」の(ビジョン)を浮かばせ突き従わせた私はゆっくりと騎馬を巡らせていくのであり。


「……」


 場上の私の視点は、彼我距離10mくらいの、サイノ主任のこちらを向いている、がらんどうのような顔面に据えられていて、周囲の光景はすべて、曖昧でぼやけたただの視覚情報として、脳の脇をすり抜けるようにして後方へかっ飛んでいくようであって。


 結局、どんな力場があったというのだろう……奇しくも、このいま対峙している台場のカジノの空間……それは、私と主任が知り合った職場でもあり、その中でディーラーとしての仕事に従事しながら、その関係を深めていき……


 結局それは「虚」であり「偽」であったものの。


 それでも私の心をほんのひと時ひとひら照らし暖めてくれた、確かな光熱であったわけで。


 私の夫とも何でか分からんけど肉弾でやり合ったりで、ほんとに何か奥の底までさらけ出してぶつかってくれてきたようにも思えたり、


 この会場に現実味の未だ湧くことのない「爆弾」を仕掛けました的な突拍子もない事で場を乗っ取っろうとしてみたり。


 それは自ら命を絶ったという妹さんの弔いであったりのようなことをのたまったり。


 わからない。主任……と認識していたこのヒトの、本心の、ほんとのところの、最奥の。


 意味不明の「騎馬」の上で対峙し合っても、互いが互いを見合っているそんな状況でも、何も流れては来ていなかった。


 どうすれば、分かち合えるのか。


 それとも分かり合えるなんてことは訪れないのか。


 気付けば私の騎馬と主任のそれとは、距離5mくらいを保ったまま、ゆっくりと、反時計回りににじり動いていた。間合いを図ろうとか、そういう意図じゃあない。現に表情の抜けた主任の手は、力無く下げられていてその手に保持していたスタンガンだとかいう棒も力無く垂れ下がっているばかりで。


 フィールドの中央部で。地面に設置された真っ赤なボタンの周りを巡りながら。


 どちらもどちらの出方を待っている、みたいな静かながらも呼吸の浅くなるような切迫感に押し寄られながら。


 向き合うべき相手と向き合うべき時が来た、というような唐突なる思いに、割とそれを呑み込み納得できるような奇妙なメンタルも、自分の奥の奥で醸成されてきているかのように感じながら私は呼吸を意図的に深めていく。



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