♭290:蒼然かーい(あるいは、シックス/パックス/アイデンタス)
頭の中で、私は想像の右手が保持した銃を、てめえのこめかみに向けている。
おそらくは最後。そんな何者かが俯瞰しちゃってるかのような達観の只中に、私は素のままで立っていて。立ち尽くしていて。辺りのどよめきとか歓声とか怒声とかは、もう頭上20mくらいのところで他人事のように渦巻いているばかりであったりして。
聡太のこととか、恭介のこととか、いろいろ思い浮かぶところはあったけれど、
そして今置かれているこの状況がハンパなく浮世離れしていることも今更ながら噛みしめるというか歯茎から勝手に染み出してくる類の得体の知れない苦みのように知覚していたりするのだけれど。
私は私のために、今までの「私たち」に報いるために、人生を、人生を凝縮し煮詰めたDEPを、放つ。
「ダメ」と出逢わなければ、無かった自分。巡り遭えなかった未来。
そこに立って。ただ立って。
私はどんな自分をも飲み込もうとしようとしている。
四角い場で、人馬が動き絡まっていくサマを、どこか別の世界の出来事のように傍観しながら。自陣ににじり下がる私の足元の「馬」……カワミナミくん、オーリューさん、ユズラン。私の意図を汲み取ってくれてるんだね。「DEP着手ボタン」は自分らの陣地の中央に、真っ赤な色をして鎮座している。それを押し込んでいる間、放てる。
放つ。てめえの全てをぉぉぉぉぉぉぉぉッ!!
急速に瞳孔が開くような、意味不明のキマった感に後押しされるようにして、私は私の想像上のリボルバーを自分に六連発していく。ぱきょぱきょぱきょぱきょぱきょぱきょぉぉぉぉぉん、という懐かしさを覚える間抜け効果音と共に、大脳の中で六発の弾丸が頭蓋骨の内側に沿って、ぐるぐると虎がバターになるような速度で、そして少しづつ上向く螺旋の軌道を描きながら、
「装填」されるのを感じている……その時の記憶を、その時の感情を、その時の「人格」を。途端に体中に感じる、悪寒と震え、そしてそれらに蔦のように絡みつく快感。おうおう、みたいな意味不明の野太声を吐き散らしながら、そして、
「お、お、お、オバヒィィィィィィィィィィィィッ!!」
度し難い叫びを突き上げながら、「私」は覚醒した。瞬間、アクセルペダルのように、カワミナミくんのしなやかな脚が伸びて「DEPボタン」がベタ踏みされる。「着手開始」。
「……おおおおおおおおおおおッ!! 私の、わたしの、ワタシの……ッ、声を聞けぇぇぇぇぇぇぁぁぁぁぁぁあああああッ!!」
全身が震える。それは内側からの「自身」のものと、外皮に沿って包み込んでくる「世界」のものとの境界を、
「……!!」
曖昧にあやふやにさせるかのように、私の周囲に伝播していくかのようで。




