♭280:喪失かーい(あるいは、サイケdeリック=艶の遥かす)
始まった途端、フィールドに降り落ちて来る悲鳴のような怒声はさらに高まってきていたけれど。この会場の皆の運命は、この私らに託されたと言えなくもない……
大掛かりに過ぎて、ことここに来ても実感は沸かないままで担ぎ上げられているような私だけど(物理的にも)、そんな騎乗者を正に引っ張るようなかたちで、騎馬(前)のカワミナミくんが、これ以上無いスタートを切ってフィールド中央に躍り出るや、騎馬を組んでいるとは思えない速度にて、真っすぐに疾駆していく。
いや単騎駆けは有効とは思ってたけど、ここまで差をつけられるとは……慌ててしなやかなその両肩に手を乗せて、振り落とされないように踏ん張る。
狙うは中央越えしての「DEP時間」貯金。私にDEPを放たせようとしてくれてるんだ。今こうなってから正直どれほどのものを放つことが出来るかは、あんまし自信は無いけれど、先んずれば相手はノーガード。「相殺DEP」を放つことも出来ないってわけだから、
……すなわちショボDEPでもOK?
俄然やる気が出て来た私らの騎は、中央の白線を一歩、敵陣へと踏み込んで、中心に位置する赤いボタンを相手騎から護るような構え。敵陣侵入が感知されたのか、左目の前に据えられたバイザーから、私の「着手可能時間」がストップウォッチの表示のように加算されていくのが確認される。よし。
しかし、
「ハハッハァッ!! ミ~ズ~ク~ボ~!! そう来るだろうことは読めていたわぁ~!!」
これでもかのギラついた顔で前方やや右から突進してきたのは、かつても戦ったことある、この世を司る者に優しい再生怪人こと、カレー大好き印南であった。浅黒い顔が愉悦と興奮に歪んどるけど、久しぶりに会ったのにブレないねアンタは……
「敵陣で『時間』を貯めてる時がッ!! DEPを撃つ瞬間こそがッ!! 最も隙を晒す迂闊なタイミングなんだよぉッ!! まずは厄介な貴様を墜とすッ!! この『ウルミ』を模した革ムチでなぁ……ッ!!」
とか、完全に油断してたら、いきなりその腰に巻いていたベルトを抜き取ると、こちらに向けてしならせつつ薙ぎ払ってきたわけで。おいおいおいおい、武器もありか。何でもありだなもう。
「水窪、私の肩を足場に」
それに動ぜず下から麗人が私を促す。当然私もそのくらいのことは読んでますってば。
「!!」
次の瞬間、裸足の左足をカワミナミくんの左肩にぎりと踏み込んだ私は、前方、インナミ騎の真正面へ、馬上の野郎が「鞭」をふるってきたそれよりも1秒くらいは早く突っ込んでいる。
これぞ「馬上真空飛び膝蹴り」……
いつもオイルでのお手入れを欠かさない私のつややかたる右の膝小僧が、印南の驚愕面を、何とも表現しにくいおへちゃ顔へと上書いていく……
「……誰がDEP勝負をやるっつったよ。オォンッ!? こっからはよぅ、戦争だこの野郎ッ!!」
いい感じのイキれ方に戻ってきた私の啖呵に、敵味方問わず一律一歩引いた、そんな空気が肌で感じ取れたけど。まあいい。




