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♮266:集積ですけど(あるいは、吹き鳴らせよ!人馬笛)


 とりあえず、僕ら参加者の面々は、控室としていた大部屋の方へと戻されたのだけれど。


「……」


 結構な人数がこのそれほど広いとは言えない空間のかしこに佇んだり落ち着きなく行ったり来たり力無く座り込んでいたりとするけれど。


 みな一様に無言のままだ。珍しく僕の隣で床に直接あぐらをかいている翼も。いやこいつは何か度し難い皮算用をもう頭の中で弾いていて、それに性懲りもなくわくわくしてるだけか……僕には分かる。哀しいほどに(コイツ)の思考回路が……ッ!!


「……」


 一方で頼りなげに僕の二の腕を掴んだまま呆然としている若草さん。どうにも。今まで醸し出していた魔性感とでもいうべきド迫力のオーラは、今は微塵も出ておらず、ただただ何かを考えている感じの固まった顔を下に向けているだけだ。


 と。


「……!!」


 大部屋の扉のひとつが荒々しい動作で開けられる。そこから屈強な黒服ひとりを先頭に、その間に挟まれるようにして、一輪の花が。


「……当倚戦運営主催者の、初摩(ハツマ) (アヤ)と申します。この度はこのような事態になってしまったことを、はじめに皆さんにお詫び申し上げます」


 落ち着いた、しかし凛とした、そして何故かこちらの心の琴線をつま弾きまくってくる甘く切ない声が、このむさ苦しい空間に咲き誇っていく……ッ!!


「……すべては私の責任です。かの者との確執があったことは確かですが、まさかあのような所業に及ぶなんて……」


 なんか、舞台俳優のような研ぎ澄まされ極まった抑揚と、感情が必要以上にうまく乗ったような台詞のような言葉にも思えたけど、いやそんなことは微塵も無かった。アヤさん……今日はかっちりとした地味な黒スーツにその細身の身体を包ませているけど、そんなもんじゃあ貴女の魅力は遮れませんて!! ゆるふわな肩までの亜麻色の髪の乙女が、この掃きだめ空間に今まさにッ!! 降臨したことを僕は大脳から脊髄に至るすべてを以って感知している……ッ!!


「あ、ちょっとキミ、落ち着いた方がいいよ」


 と、全身をいかづちに貫かれたかのように硬直する僕の二の腕をむにむにしてきたのは、傍らの若草さんだったのだけれど。あれ? ちょっと正気に戻っている。うん……狂気を以って正気を引き戻す……これが僕の技と、そういったわけなのだったね……


 いや、対峙しただけで引きずり込まれてどうする? 僕はこのアヤさんに対しては、理性では決して抗う事のできない問答無用の何かでついつい洗脳されてしまうのだけれど、そんな場合でもない。と、


「おう、そんな前置きをのんべり述べてる場合でもあんめえよ」


 切なげなアヤさんの言葉を遮ったのは、他でもない、隈取りメイクを施したひょろでかいメイド服の身に着けた意味不明の物体だったのだけれど。コラァ、アヤさんがの話ぬ腰ば折るなと!!


「……とっととてめえの『要求』を言いな」


 怒り我を忘れそうになったけれど、よく見たらアオナギだった。この切羽詰まった状況にあってもやっぱり何か自然体な感じで落ち着いて壁に寄っかかった姿勢のまま、そんなフラットな言葉を投げかけてきているけど。


「……皆さんの、力を借りたいのです」


 アヤさんはその歪み曲がった長い顔を一瞥すると、こちらのその他大勢に向けて、そのような、鈴が転がるような声で嘆願してきたわけで。それだけでここに詰めていた男たちの顔つきが無駄に男前に引き締まるのを肌で感じる。


「『向こう』の呈してきた『騎馬戦』……馬鹿馬鹿しいとは思いますが、それに則らないと、どれほどの規模の爆発(コト)が起こるか、分からないのです……時間を稼ぐ意味でも、要求に従うこと、それが現時点での最善と思われます。でも……行われるモノが何かも分からなく……皆さんを危険に晒してしまうかも知れない……」


 哀切を含ませた余韻は、何となくのわざとらしさをも多分に内包していなくも感じなかったが、それはおそらく錯覚なのだろう……それを遮るようにしてまた、しゃがれた腐り声が響いてくるけど。


「『敵一騎を倒せば一億』のギャラと、そう言やぁやる輩どもだけだぜ、ここにいんのは。お前さんの確執なんざ知ったこっちゃねえが、こちとら大金が必要な諸事情があってねえ……参加ひと枠はまず、こちらの姫さんを筆頭に俺ら四人ッ!! エントリーさせてもらうぜ」


 ばん、と見栄を切るように言い放ったアオナギは、いつもの全てを煙に巻くような何と言うかの揺るぎなさをそのうすら長い全身にみなぎらせていた。ブレないねこの人は。


 そしてその背後には、例のメイド服姫様、側近ジローさん、そして豆巻(ガンフ)さんが静かながら、気合いを内に秘めたような感じで控えていたわけで。


 (ケレンミー♪)との謎の効果音が僕の頭の中で鳴ったような気がしたけど、それも錯覚だろう。


「ぬおおおおぅッ、待て待てまてまてぇぃッ!! 一番槍はワシらがじゃっとぉぅッ!! ワシの頭脳の中ではすでにッ!! 漁船(フネ)を都合10隻がば購入する算段が整ってだがにィッ!!」


 そしてこういう流れには乗ることが既に脊髄に刻み込まれているかのような翼ェが、そう言い募ってくるんだけれど。まあいいよ。僕だってやるつもりだから。姫様のおばあさんを助けるため、そして聡太くんを危険な目に晒さないためにも。


 やってやる……あわよくば残金でサエさんと豪華旅行にでも……ッ!!


 度し難い遺伝子がとても良く似通った僕らではあったけど、もぁう、こうなったらやるしかない!!



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