♮265:満干ですけど(あるいは、ワンサウィーク/アピアマンズ)
とんでもなく浮世離れし連綿とした「敵方」(もうそう認識したほうがよさそう)の「自己紹介」(だから何故全員やるの?)が終わり、着々と何とかという「騎馬戦」の準備が、「白服」(敵方の構成員のようだ)ら数十名の手によって粛々と執り行われていく……
この展開に乗り切れていない自分がいるのは自覚してはいるものの、さりとてどのように乗っていっていいかも分からない……
中途半端な顔つきで「法廷セット」の椅子に座り尽くすばかりの僕だったけど、白服から降りるよう促される。サイノさん……サイノは、壇上から軽やかに飛び降りると、若草さんの方を振り返りもせずに、会場の真ん中の方へと歩き出し始めている。野郎……とんでもない食わせ者だったじゃあないか……あっさり騙されてるんじゃあないぞ、僕。と、
「……」
スマホの画面と会場の客席辺りを交互に見比べるようにして、若草さんが珍しく焦ったような様子でその場に立ち尽くしているのが見て取れた。どうしたんだろう? この「セット」をハケさせようとしている白服のひとりが、彼女を邪魔に思ったのか、ぞんざいにその二の腕辺りを掴んで、こちら側に押しやってきたけど。乱暴なことはやめろぉっ。
いちいちにじみ出て来るかのような白服たちの尊大感に少し頭に来てしまう僕だったけど、それよりたたらを踏んで前のめりに倒れそうな若草さんを……ッ!!
僕は一歩踏み出し両腕を前に差し出すと、スマホ片手によろめいてきた若草さんを抱き留める。身長はあるけど華奢で軽さを感じさせる身体だな……とかとりあえず受け止められて良かった、みたいな感じの僕だったけれど。
「……聡太が、この会場にいるって」
ふとその顔を見上げると、こめかみらへんの血管が緑色に透けて見えるほどに、蒼白になっている……半開いた薄い唇からこぼれ出たかのような言葉は、字面をただなぞるかのように感情らしき抑揚はこもっていなかったものの、それだけに尋常じゃないほどののっぴきならなさを突きつけてくるかのようで。
お子さん……聡太くん。僕は面識ないけど、写真は見せてもらってた。ちょうど今の若草さんみたいに口半開きの……でもどこか興味深そげにこちらをぽけっと見ているむちむちの丸顔。2歳8か月って言ってた。その子が、ここに。「爆弾」が仕掛けられていると嘯かれている、ここに。
「おちついて」
でも僕も一緒になって慌てたりしたら絶対にダメだ。いや、慌てる素振りすら、さらにはそれを押し込めているような素振りすら……絶対に見せてはダメなわけで。
殊更フラットに。そうだよ「平常心」。何度も何度もそれを保たされたり、逆に逸脱させられたりしてきたじゃないか。この「ダメ」で。「ダメ人間コンテスト」で。
「……ひとまず、準備が整うまでは少しは時間あるはず。まずはこちら『陣営』……アヤさんの許へ、集まりましょう」
確たる考えがあったわけじゃなかったけど、極めて自然にそう促すことが出来た。若草さんのいつもの奔放さとか怖ろしさとかがすっかり鳴りをひそめ、子供を気づかうひとりの母親となった感じの細い背中に自分の掌を当て、壇上でまだいきり立っている翼に目くばせをすると、ステージから降り、控室へと向かう。
ぐうう、やはりとんでもない。なぜいつもこうなるぅぅ……渦巻く自分の感情を何とか凪ぎ収めて、僕は決して早足にならないように気を配るほかはない。




