♭259:習練かーい(あるいは、再生なる差異性/ジベレリオ)
今の今まで一緒に戦っていた主任が、一瞬意識を離した隙に、あらよと混沌橋の真ん中をずんず渡り通って、私の感知し得ない「向こう岸」へと行ってしまっているよ……
どう控えめに見積もっても何とかリストと化したところである主任の傍らで、私はただ阿呆のように妙にいい姿勢で座り続けているのだけれど。
<……構いません。貴方の要求は受けます。ですから観客の皆さまはこの建物から避難させてください>
いったん静寂に落とし込まれてからは、徐々にフライパンの上で豆が炒られるかのようにぽつぽつと、どよめきやらざわめきやらさんざめきやらが、この会場の中に沸き起こり始めている。いやこの万単位の員数、パニックとかになったらやばいよね……とか思っていたら、それを鎮めるかのような「実況」ハツマの声が柔らかく降り落ちて来る。あらためて思うけど、アンタのその人心をうまいこと掌握して操縦するみたいな「術」、確かにかなりのもの持ってるぅ……ま、それがこの場では何よりもありがたいので↑す→が↓。
「はははは、観客はこのままでいい。満場の中でハツマ、貴様を晒しものにするからな……人質、兼、ギャラリー。そして大事な大事な『評価者』たちだ……」
主任の言葉は相変わらず凪いでいたものの、はっきりハツマへの敵意だか悪意だかは感じ取れる。むうう、そういえばそのようなことを言ってたかも知れなかったけど、それすら御せた、みたいに感じてしまっていたよ私は。でも「爆弾」が本物だとして、どういう入手経路を持ってんのよ。
とか相も変わらず傍観者的スタンスでそんなことを考えていたら。
「ぬゃぁ~はっはっはっは、ぬゃぁ~はっはっはっはっはァッ!!」
突然がなり立てる気障りな女の声が、会場の向かって右手方向から拡声されてきたのであった……あ、なんかいつもの混沌っぽくて逆に安心してしまふ……
「んっこの会場はすべて制圧したぁッ!! ひとりでも逃げ出そうとしてみやがれ!! 会場各所に仕掛けられた『大玉花火』ちゃんたちが、この会場を瓦礫へと木っ端みじんに変えちまうからよぁぅッ!!」
遠目にもいまさらなこれでもかのソバージュヘア。そこにいまどき何処で売られているのか検索しても分からなそうな、エナメル質感の真っ白なテカりを帯びたカチューシャを付けたオーバーエイジ枠側のアラサー女が、黒革のつなぎみたいなのを身に着けてさらにその右手には大ぶりの見た目拳銃みたいなモノを振りかざしているよ……
志木 寧奈。例え溜王国全土探そうが、そんななりの奴はこいつしかいねえ……
かつて「ダメ」で戦ったし、予選最終戦でも参加者としてカラんできたよなあ……なんでそんなとこにおんねん。どことなく私に似たメンタルを持ちし度し難き輩……確か、「姫様」の災厄級大暴風雨に飲み込まれて死んだはず……っ
キナ臭さは、くしゃみを誘発せんばかりまで高まってきているものの。まだ何も行動を起こせずに固まるばかりの私がいる。




