♮026:切迫ですけど(あるいは、予定調和という名の、叫喚)
「いや……『引き出せる』も何も、僕は出ませんよ。『ダメ』から足を洗ったという点においては、もはや僕はまっさらなカタギであるわけですし」
意気込む丸男とは真逆の凪いだテンションで僕はそう告げる。そうだよ、僕はもう、まっとうな人生を送ろうと、まっとうに人生を模索している最中なのであって。
「……か、カネの配分は『1:9』でいいからよぉ……そんなつれねえこと言わんと、また、高みを目指そうぜぇ、ムロっちゃん」
僕の食いつきが予想以上に悪かったことに焦りを覚えたのか、丸男はそんな金目なことをのたまってくるけど。
……でも僕は図らずも前のダメ人間コンテストで悟らされたんだ。お金が全てじゃないという事を。そして僕は得た。服飾への道と、かけがえのない人との出逢いを。
―自分のこと、『自分』って言うのやめなさいよっ、自分に自信が無いからっ、『自分』なんて言葉で逃げんのよっ
迷走していた僕を、そんな言葉でぶん殴ってくれた女。サエさんとの邂逅から、そしてその他諸々の、ひと言では語りつくせないほど様々なものを内包したダメ人間コンテストというものを経て、僕は自分の人生に、二本の筋が通ったように感じたんだ。自分という人間を垂直に貫く揺るぎない筋と、前方に遥か伸びる未確定の筋が。
だから僕はもう自分を曲げない。まっさらな自分のままで、前へ、できるだけ真っすぐに前へと、進むだけだ。僕は丸男の目をしっかりと見据えると、ひとことひとこと噛み締めるようにして、言葉を紡いでいく。
「申し訳ないですけど、僕はもう『ダメ』からは卒業です。先だっての倚戦では本当にお世話になりましたけど、僕はもうこの先、自分の力で、それのみで切り拓いていこうと考えているんです」
伝わって、くれるだろうか。いや、伝わって、ください……丸男のこちらを覗き込んでくる目も真摯なものに変わったことを、感じた。良かった。わかってくれたんですね。
「……相わかった。最大限の譲歩をするぜぇ、俺っちの取り分はかっちり『4320万』。それ以上はビタ一文受け取らねぇ。そんでもって残りの優勝賞金『9億5680万』はムロっちゃん、あんたのものってことで、どうでぇ?」
ん? 丸男が口にしたその「額」に、理解が追いついていかないけど。「キューオク」? 確かにそう言ったのを脊髄で感知したぞ? ん? んん?
「……」
真顔で硬直してしまった僕の様子を見て、丸男が懐かしさすら覚える凶悪な笑顔に変わるのを目の当たりにしてしまったが、ん? ざわざわと、揺るぎないはずの心が揺さぶられるような感触を覚え、僕の思考は固まってしまう。




