♫257:算定ですかーい(あるいは、せいなるかな/ジャナルカーナ)
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「……『十年前のことだ。いや『十一年前』だったかな? 私の妹、いや義理の妹か? は、『女流謳位戦』に出場し、その後、精神を病んで自室で首を吊った、いや、手首をカットしたんだったっけかな?』」
喉奥で、変な音が鳴った。主任の凪いだ顔から紡ぎ出されたのは、そんな「二択の虚偽」まみれの、不可思議なDEPであったから。
「……」
観客も一瞬のどよめきの後、す、と静寂へと移行しかけている。どう反応していいか分からないんだろう。私もそうだ。
主任は「真実」を突きつけようとしている。
「……『当時、都内の私立に通っていた奏は、大学内でいじめに遭っていた。まさかと思うだろう? 虚偽かもなあ……? だが狡猾だった。表面上は仲良くつるんでいたがその実、体よい『小間使い』だったと、とあるブログには書かれていたよ……』」
主任の顔が、見た事もないようなにやにやとした笑みを湛えているのを横目で見てしまい、私は戦慄する。その表情は、出来の悪いCGのような、そんないびつさを有していて。およそまともな人間が呈することの出来るモノではないような気がしていた(『不気味谷』の私が言うかとも思われるかもだけれど)。
でもそれと「ダメ」と、どう繋がるの?
「……『それだけならば、よかった。大学など、辞めるなり休学するなり、他をまた受ければいいと、のちに私は思ったものだ。だが妹はそのまま通い続けた。家庭の事情を考えたか? それとも単にやめるにやめられなかったか? それは分からない。そして『友人』らが面白半分で考えたことのひとつが、妹を『ダメ』に出場させることだったのだ』」
ううううん、確かに他者から強制されてやるもんじゃあないよこの混沌は。それに面白半分で足突っ込んでいい鉄火場でもない。
「……『私の中途半端な手ほどきもアダとなったかも知れないが……妹は勝ち進んだ。作り込んだDEPを武器に駆け上がり、決勝の場へと躍り出たのだ。注目度合いも相応に上がった最終局、しかし……』」
主任の顔がふ、と上の方を向いた。
「『完膚なきまでに潰された。初摩アヤ、お前の手によってな』」
!! ……ハツマ アヤ。「運営」……とかって言ってなかったっけか。それに主任……まるで「実況少女」がハツマであるかのように語り掛けているように思えた。
え、そうなの?
<……>
実況少女の息遣いが、しんと静まり返った場に響いてくるようだった。実況してたのはやっぱり……なんか途中で代わったようにも感じてたけど、ある時からはハツマ、になっていたというの?
「……その試合模様は『運営』の手によって全世界に配信された……まあ普通なら世間は興味を持つことなどない代物だ。だが、妹の『友人』たちによって、悪意ある加工を為された動画は確実に妹の周りには拡散されていった……」
<……>
息遣いが、荒くなったように感じた。そして、
「……『見世物』となった妹は、追い込まれて死を選んだ。脆弱なメンタルと、思うかもなあ……逆恨みかと、思うだろうなあ……だが、俺は、この『ダメ』を、ぶち壊しに来た。初摩、お前も含めてだ」
!? ……主任が高々と掲げた右手に……何か黒い棒状の物が握られている。
唐突なる非現実じみた展開に、私の大脳がついていけそうな気配がしないんだけれど。




