♫252:拙家ですかーい(あるいは、バリュー/バリュート/獣気炎)
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くそぅ、追い込まれてきゃーがった……
先ほどから私の意思とは無関係に、顔面の不随意筋たちが収縮しまくっており、それによって現出しているだろう「不気味谷」の深淵なる渓谷を、万人を慄かせながら晒しまくっているものの。
場の盛り上がりにつられるかのように、私の脳内も今、尋常じゃない回転数で過熱しそうだが。
ここは、ここ一番は冷静にならにゃあならん局面だ……虚無顔のまま不規則な深呼吸を繰り返し、頭蓋内に新鮮で清浄な空気を送り込もうと必死こいてる私だったが、その見慣れぬ挙動がまたしても観衆の恐怖を煽ったか、どよめきが歓声をかき消すかのように広がっていきおる……
「落ち着こう、若草クン」
と、傍らの主任が、軽く私の右肩に揃えた指先を乗せかけてきてくれる。以前までの「主任モード」で今後進行していくような感じだけれど、うん、私もその方が何かと落ち着くし安心するわ……
肩の全神経を、その骨ばった感触を感知するために振り分ける私だったが、その指先に思わず自分の左手を添えてしまいそうになるのだけは留めた。忍ぶ、それもまたよきこと哉……
「相手の出方……もちろん自分たちの『出』も知れたかと思うが、お互い手の内の一端を見せ合った以上、そして選択肢が狭まった以上、次の勝負は読み合いになるのは必至」
ちょっと恍惚気味になりかけていた私に、その眠そうな垂れ目を向けてくると、主任は気合い走ったいい微笑をしてくれる。あくまで「ディーラー」として、勝負をまっとうしてくれるって、そういうことなんだろう。
いろいろ抱えてるんだろう諸々を今は吹っ切って、今の勝負へ徹する。そうだよ。そのくらい周り見えないくらいのめり込まないと、何も見えない。掴めない。
私は黒檀の机の上に綺麗に上向けて並べられていた「手札」を一枚一枚丁寧に摘み取る。「星札」は【T☆】【F★】の二枚。この内の一枚は、残る三勝負の中で一枚は必ず使うことになるし、使わないと全体を通して勝つのは難しくなるだろうと踏んでいる。残るもう一方の星札も、使えるならば使っておきたい。相手はもうダウトしてこないのだから、こちらが「半減」されることはもう無い。
となると純粋な「DEP評点」勝負になるのか……それがちょいとこちらに不利があんのよね……「淫獣モード」の少年くんに勝てるとももう思えないし、青年くんも初っ端は派手に自滅してくれたけど、その狂気の真実みたいなのは、はっきり脅威と言えるよね……
主任のDEPもその全貌は未知ではあるものの、「虚偽DEP」ならば、創ること手練れそう……大会前に、わたしがこさえていったDEPの数々を修正し、磨き研ぎ澄ませてくれてたもんね……
ちらりと主任の方を見やって、扇形に拡げた手札の【F★】をずいと、親指の腹で少し飛び立たせてみると、
「……」
軽く頷いて、それを引き抜いてくれた。うん、意思疎通は完璧ぃ……ならば、評点勝負。そして私に出来ることはひとつ。
……「ダウト権」を行使する、その見極めだけだ。




