♭225:走破かーい(あるいは、モンゴロイド最強性欲伝説★WAKAKUSA)
あ、と思った時には、顎関節が反射的に口内に侵入してきた異物を噛み千切ろうと動いていた。
あばば、というような声を上げながら、恭介さんは慌てて私の顔から自分の顔を離すのだけれど。その勢いはそのままに、糸引く口から勢いよく言葉を紡いできたわけであって。
「……これが愛だァァアアアッ!! 僕の君への愛だァアアアアアぁぁアッ!!」
……いや愛じゃあねえなあ……これはもう何だろう、犯罪だろ……犯の罪だろ……しかし、
「……ば、バッカじゃないのッ!! こ、こんな、こんな脳髄蕩けさすくらいの接吻くらいで私がどうにかなるとか思ってたら、大間違いなんだからねッ!!」
私の口から突いて出て来たものも……なんだろう、私の中にそんな「人格」なかったよなあ……と困惑させるほどの、ピーキーな何かを宿した、ナニかだった。瞬間、凍土が如く冷え渡る会場。沈黙過ぎてかえってざわざわと空気がさんざめく音が聴こえてきそうな、そんな異空間が展開していた……
「若草クンッ!! 気をしっかり持つんだ!! その男は獣欲に任せた詭弁をふるっているに過ぎないッ!!」
背後からは主任の諭すような声。そうだ、理性の根っこでは分かっているんだ。だったらもう……
……決別するしかない。ねえんだよぉぉぉッ!!
ぐちゃぐちゃの脳内を、それでもよぎったのは、聡太の顔だった。私には、あの子がいる。孤独じゃあねえぞ、寂しさなど、一片も感じてないッ!!
恭介さんの首元を掴み上げ、振りかぶった拳をその顔面に正に放り込んで、この長々と続いた諸々を終わらせてやろうとした、その瞬間だった。
「……もう別れた頃の私では無いのだよ……だから愛することが出来る……愛することが出来るんだよ……ふふふ、その証拠を見せようか?」
何……だと? 間近に迫った恭介さんの顔が、これまた見たこともないような邪悪っぽい表情へと変貌したのに躊躇し、中空で拳は止まってしまうけれど。
「……『証拠』って……『愛する』ことの『証拠』ってなんだよ? いくら言葉並べたててもッ!! そんなんじゃ愛とかがよぉッ!! 伝わるもんかっつぅんだぁぁぁッ!!」
腹からの叫びで、無理矢理にも身体を動かそうとする。けれど。
「下を見るのだ、若草よ……」
恭介さんもそのアイデンティティが崩壊し続けているみたいで空恐ろしいのだけれど、その余裕たっぷりの口調に、つられるようにして私の目線は下方へ滑る。そこには、
「……!!」
白い……山岳が……あった……
「……え……あ……?」
白い布地に包まれ、そしてそれを下から突き上げんばかりに屹立した……標高23cm(目測)ほどの……山が……あった……
「クスリやセラピーを繰り返した結果……ふとしたある時に……完全に蘇ったのだよ……そう……さらに以前よりも××さも××さも増した……完璧な私が……」
辺りには悲鳴やら怒号やら艶っぽい溜息やらが再び沸き起こってきてたけど。
「フハハハハッ!! これで『愛せない』とは言わせぬぞ……若草ッ!! いま一度問おう……『愛する機会を与えてくれるかい』?」
私には分かっていた。これは捨て身だ。今までの恭介さんだったら、決して出来ないことだったろう。全部をかなぐり捨てて、まあ方法はアレだけど……私にぶつかってきてくれたのだ。なら。
「……即答は出来そうにないけど。だから取りあえず……」
思ったより冷静な声が出せた。そして恭介さんの体を突き放すと、
「……聡太のお迎え、よろしく頼むわ」
そんな言葉を出すのが精いっぱいだった。はいですっとのいい返事を背中で感じている。
「い、いいのかい若草クン……」
不安そうな不服そうな、そんな主任の顔と向き合う私だったが、私の頭の中は、先ほど至近距離で網膜に焼き付いたすりこぎ状のモノに全て埋められていたわけで。そういや……私たちって……体の相性最高に良かったんだったっけぁぁぇぇへぁぇぇぁぇ……みたいな頭で思っていたはずの言葉が、半開きの弛緩した唇の端から流れ出ていたみたいで。
ヘギィィィ、こんな極東の片隅に狂戦士モードの女傑族がいて性欲だけを表情に移し替えたような極限の顔貌でこちらをねめつけてくるよこわいよぉぉ……との震える言葉を発しながら、主任がその細い体を弓なりにしならせるのだけれど。




