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217/312

♭217:紫紺かーい(あるいは、グローブレイズ/冷めない/ほとぼり)


「!!」


 珍妙な髪型(モヒカン)、奇天烈な顔面(ペイント)で自分を鎧っていても。至近距離まで近づいてみれば、それらが上っ面に頼りなく貼り付いているだけだってことは、すぐに判った。


 目が合った。目を合わせた。真正面から。いつの頃からお互いの目と目を向き合わせなくなったんだろう。聡太が産まれた時、立ち会ってくれた分娩室で、確かにこの人は私の目を見て笑っていた。安堵と不安がないまぜになったような、それを喜びで包み込んだかのような、そんな目。


 いま対峙しているそれは、何だろう、何に彩られているといったらいいのか。私もいま、自分がどんな目をしてるのか自覚出来てないけど。


 恭介さんの体は、力が抜けて素立ちの状態だ。その1mくらい前、隣り合ったパネル同士の上にそれぞれが立って、それぞれを直視している。


「若草……」

「帰って」


 何か話しかけられる前に、私の方から封じ込めた。そうしないと何かを全部吐き戻しそうだった。


「……若草、僕は」

「じゃなきゃ蹴る。蹴って蹴って蹴りまくる」


 話し合うなんてことは到底出来そうにないメンタルだった。今の私は。だから。


「……寄ってたかって私と聡太を弄びやがってぇぇぇッ!! いまさら何だッ!! いまから何をどうしろってんだよぉッ!! ふざけんな、もう全員蹴り潰す。この盤上にいる三人を平等に蹴り鞣して、それでもうこの茶番はお終いだッ!!」


 怒りで自分を奮い立たせてないと、立ってることも出来なさそうだった。エヒィ、わちきはただの傍観者ですぜぇぃ……との叫びがS極(マルオ)辺りから聞こえてくるものの、私はもう一度気合いを入れ直すために大きく息を吸い込む。と、


「……もう一度チャンスをくれ、若草」


 恭介さんの言葉が、私をどうしようもなく揺さぶってくるのだけれど。でも知ってる。貴方はもう、私を見ていない。聡太の付随物としてしか、もう見ていない。だから。


「聡太は渡さない。私と込みで奪おうったって、そうはいかない」


 口をついて出るのは、そんな温度の無い言葉の羅列でしかなかった。でもそれは正しい。私は聡太のおまけなんだ。場は急速に静けさを増していっている。ホール状の大空間には、私と恭介さんしかいないみたいに、恐ろしく静まり返っていた。


「愛している。キミも、聡太も。嘘じゃない」


 揺れそうな自分を渾身の力で押し留めながら、冷静に頭を働かせる。私ら対局者の身体に装着させられた「嘘発見機」は、「嘘をついた」と判断した瞬間、えびぞるほどの電撃を浴びせかけてくる。その大前提は常に遵守されていると思われた。でも。


「わかって言ってんでしょ? ……主語を曖昧にできる日本語がお上手なようで。それに、自分の発してる言葉から、自分の感情なんてすっぱり切り離せるんでしょ? ……そのくらいの『技術』は私だって教わってる」


 皮肉な顔つきと言い方になってしまうのを、止めることは出来なかった。でも恭介さんのペイント下の顔色が変わるのを、確かにこの目が視認する。



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