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215/312

♭215:真砂かーい(あるいは、砂に書いた痕跡/レイターザン)



「ぐぬおおおおお、なかなかやるではないか優男ぉぉぉぉ……!! 二週間がとこ、鍛えに鍛え抜いたこの私のことごとくの攻めをいなすとは、褒めてやろうぞぉぉぉ……」


 もはやアイデンティティなどとうに霧散して、丸男が如くの喋り口に移行していた恭介さんが、徐々に体を入れ替えられながら、今度は自分が土俵際(パネル際)まで寄り切られつつあるけど。というか割と付け焼刃だったのね……とか、この場に及んで思うことでもないことを私は思い浮かばせている。棒立ちの素立ちのまま。


「……!!」


 激しく組み合ったままでも、主任の方は相変わらずの涼し気な顔つきだ。その長細い顎を引いて相手の肩口にひっつけながら、恭介さんがほぼ唯一身に着けているパンツの腰回りを両手で固く保持すると、左右に振って力点をずらしつつ相手のバランスを引っこ抜こうとしている。


「負けん……ッ!! ここで負けたら私はかけがえない二人を失うのだ……それはもう……何だ、死んでいるも同義であろうはずだから……ッ!!」


 追い込まれた上での世迷言かと思ったけれど、元夫の歪んだ顔から漏れ聞こえてきたのは、そんな、必死の言葉だった。でもこちらに向いた臀部は、相手の引きや吊りに呼応するがごとくひねくり回されていて、もうほぼ紐状で割れ目に寄り添うだけの存在に成っていたわけで、全体に醸されている痛々しさも相まって、何だか視線を合わせづらいのだけれど。


 双方が譲らない、そして均衡した状態のまま、体感3分くらいが過ぎた。流石に力の相当を使い尽くしたのか、荒くなった息の音を響かせながら、お互いがお互いに体を預ける恰好に落ち着いてる……周りからは仕掛けろだの動けだのと罵声が飛んでくるようにまでなってる……うん……まあ今行われていること自体は、何が何やら分からんことだしね……それがさらに膠着状態とかになられてもね……まあわけ分からんよね……


「……」


 そしてこの会場いちいたたまれないだろう、この私。真顔で立ち尽くしている、場合ではないのかも知れないね……よし。


 ちらと確認した電光掲示板には、<ミズクボ:あと8手>の文字が確かに表示されてる。さっきの、つらつらと私の唇を通過していった言葉の群れたちは、DEPと判断されて評価されていたみたいだね……しかも結構な高得点じゃないだろうか……


 よし……よし。これを使わない手は無いか。私は一旦、息を腹底深くまで飲み込むようにして吸い込むと、素立ちからノーモーションで、右の脚を天に向けてゆっくりと掲げ上げていく。さながら、Y字バランスが如くに。


 そして。


「!!」


 高角度からのかかと落としをぶちかますようにして、私はこれでもかの四股を、足元のパネルを割らんばかりに叩き落としていく。結構な音と振動がマイクに拾われて、それは組み合っている二人をも、怒号を奏でるギャラリーをも、一瞬、静寂へと誘うのであった。


「……ちんたらやってんじゃねェェェェェッ!! こうなりゃ四人!! 四人でのバトルロイヤルじゃあああああああぁぁぁぁッ!! どっからでも、かかってこんかぁぁぁぁああああッ!!」


 私の声帯を震わせたのは、そんな滅裂過ぎてかえって潔いとでもいうような、そんな宣戦布告の狼煙であったわけで。いや……そうは言ってもどう収束させようこれ……みたいな早くもの逡巡に身を炙られるようにしながらも、私は向き合わなくちゃあいけない何かに向き合おうとしている。


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