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214/312

♭214:功真かーい(あるいは、カノ力人/伝説の境師)


 唐突に、とてつもないことと相成った。ぐるりを巡る観客の歓声は、ぶおん、というような音をもって、私を殴りつけてくるようであり。


「……」


 私を巡って、二人の大の男が、相撲で決着をつけようとしているよ何だよこれもう……


「ルールはモノホンとさして変わらねえ~!! この『パネル』内から先に外に身体出るか、『パネル』上に足の裏以外の身体の一部が先に着いた奴の負けだぁぁぁぁっ!!」


 最初、無理をしてそんな破天荒なメンタルを晒しているのかと思ったけれど、恭介さんは、割りと今の半裸モヒカン状態に相応しく、徐々にしっくりとそのメンタルに慣れ馴染んで来ている……


 一緒に暮らしていた時は、仕事に一途な真面目完璧超人みたいな趣きだった。もちろん、私にも聡太にも、優しく接してくれていた。でも何かそれがつくられた、上っ面だけの言葉、やり取りみたいに感じていたのも確かだ。それは傍から見たら贅沢極まりない、独りよがりの考えだったのかも知れないけど。


 でも、今のこの場のような、ここまで自分をさらけ出してくれていたのなら、夫婦、親子のすれ違いももしかしたら、それほど決定的に起こらなかったかも知れない。私も、素の自分をすっと出せていたかも知れない。


 いやそれは甘えだし、いまさら詮無いことだ。


 翻って私はどうすればいい? 黙ってこの一番を、見守るしかないのだろうか。


<はっきよいッ!! んならったー!! ならったならったーッ!!>


 そうこうしている内に、やけに板についた実況少女の仕切りによって、修羅の一番は開始されていたのであった……


「らあッ!!」


 立ち会い勝ったのは恭介さんの方だ。賽野主任が踏み込む前に、そのモヒカンで彩られた頭を、相手の胸へと臆せずぶつけていく。


 ぺちぃん、といささか迫力に欠ける音が響いたけれど、二人とも本気だ。頭同士を突き合わせつつ力を込めながらも、せわしなくも見えるほどの性急さで、相手の身体のどこか、バランスを崩せそうな一点を探し、その両腕は動き回っている。


 というか立ち会った場所が将棋の盤上で表すと「1五」の辺りなのよね……「土俵」をこの「9×9」のパネルと仮定すると、その端も端。いきなりの土俵際と言えなくもないわけで、早々に決着が着いてもおかしくない……


「……!!」


 しかし、この滅裂な場に及んでも、主任は冷静だ。おそらくは相撲なんてまともにやったことなんかないだろうに、相手の出方を窺って、力の出し入れ、体の差し入れをよどみなくやってのけている……この辺の「心理の掴み方」みたいなのには、ほんと天才的な何かを持っているのは、日頃のディーラー稼業における振る舞いでいやというほど知っているのだけれど。


 お互い決定打の出ないまま、じりじりと組み合った姿勢で反時計回りににじり回り出す二人。これは……持久戦? 私はいまだ傍観するより他に術を見出せないまま、ただただ事の成り行きを見守るばかりだ。



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