♭212:諸法かーい(あるいは、クリア/ザスカイ/哀切ミラージュ)
「混沌」の二文字がやけにしっくりくるようになってしまったこの場ではあったけど、完全に傍観者と化してしまった私は、自分に「着手順」が回ってきたことは知っていたけど、まあ、それどころじゃあ無くなっているわけで。
恭介さん(元夫)と、鳴介さん(主任)が、ごっつんこ……しそうなくらいの近距離でガンくれあってるよ何この状況怖いよ……
それでもこの滅裂な「対局ルール」は守る二人みたいで、お互い隣り合ったマスからはみ出してどうこうしようということは無いみたいだ……いや何で。
「……キサマに……若草と聡太は渡さん……」
ペイントが走った残念なモヒカン顔を、憤怒と愉悦の中間色くらいに染めながら、恭介さんは鼻息がかかりそうなくらいの至近距離まで、主任に接近してるけど。
「……キミには……その許諾の権利も資格も無いよ……」
対する主任は、冷静ながらもその冷たさに思わず私もどきりとするくらいの声色だ。素性を隠していたそのことは少しの痛みを、この私の胸に差し込んでくるものの、私はまだ、主任に肩入れしたい気持ちの方が勝っている自分に気付いて、また少しの疼痛を感じてしまう。
……ともかく、私の「手番」だ。何にせよ、「行動力」みたいなものはあるに越したことはないはず。二人の間に割って止めに入るにも、他に何か……例えば妨害のために「炎」を設置するみたいなことをするにせよ。
……でもこんなガタガタのテンションのまま、DEPなんて撃てるのだろうか。
<ミズクボ選手:着手>
どうしよう。どうしたら……いいのだろう。と、
「……私は今、シングルマザーやってるけど、つらいことも多いんだけれど、そこで得たものも大きいし、多いんだなって、思うようになってる……」
考える間もなく、そんな言葉が、私の声帯を勝手に動かすかのように、紡ぎ出されてきたのだけれど。
「……息子との時間。息子との関係性……負け惜しみとか、そんなんじゃなく、得がたいものを得られてるって感じてるんだ、本当に……」
頭によぎるのは、聡太と二人きりになってからの、輝ける日々のことだけだ。しんどいことも多々あったけれど、それを相殺して余りあるほどのギフトを、私は貰ってきた。
「今、どうしたいか、それは自分でも分からないでいる……でもお互いが寄り添えるような存在がいたらいいなって、頭の片隅ではいつも考えていたかも……」
ふと気づくと、俯いた自分の顎先から、何か雫のようなものが滴っているのに気付いた。慌てて腕を使って拭い去るけど。
「おい……サイノとか言ったよなあ……」
ふいに、恭介さんからそんな、聞いたこともないような野卑で、それでも真摯な言葉が聞こえてくる。
「これ以上、若草に踏み込むならよぉ……それ相応の気合いを見せてもらうぜぇ……」
カラフルなモヒカンを揺らせながら。これが、あの、品行方正、温厚篤実、公明正大、英明果敢なるところのヒトの、本質だったりするのだろうか。私は拭っても拭っても何故か拭いきれない水滴に往生しながら、ただただその場に立ち尽くすばかりであって。




