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209/312

♭209:催事かーい(あるいは、ジョルト/執行/ブレイジング)


 突然のことにはもはや慣れ親しんでいると言っても過言ではない私だったが、どっこいさっきからこのM極くんまわりの事に関しては、いちいち引っかかってしまうところがある。何でだろ。


「『サシの決闘』……? どういうことだろう。そういう戦略か?」


 一方の主任は相変わらず揺るがぬ平常心のまま、その覆面男と盤を挟んでの端と端で対峙している。電光掲示板には<サイノ:あと4手>という文字が。主任の先ほどの着手に為された評点を換算した「手数」ということだろう。そのDEPの中身は私には心の中枢を貫かれるかのような衝撃的なものだったのだけど、DEPとしてはほどほどの評価。


 でも、もうこの何とかっていう試合形式のルールが適用・反映されそうな空気は無えな……もぉう決闘でも何でもいいからはっちゃけませんこと?


「決闘言うたら決闘じゃぃぃいいッ!! ワレと我は闘わなあかん運命(さだめ)にあるんぞなぁぁぁぁッ!!」


 うーん、やっぱりその声には引っかかるわー。でもこんな極彩色のモヒカンをした知り合いなんてどんだけ過去遡ってもおらんしなあ……そのパンツ一丁の身体も、細いけど締まった筋肉ついてて割といい感じだけど……それもやっぱり記憶に無い。


 でもここまで琴線を揺さぶり振ってくるのは何でなんだろ……何か、途轍もなく肝心なことだけ忘れてるとか。


 ……あるいは、無意識の内に記憶の埒外へと追いやってしまっているとか。


<M極選手、ルールに則った上での『決闘』であれば、運営はこれを止めるものではございません……『隣り合ったマスの敵に攻撃を仕掛ける』、これは可能であると申し上げましたゆえ>


 実況少女の声がその二人に割り込むかのようにして入ってくる。傍観者と化している私を置いて……一方の主任は、とりあえず、僕は僕で「勝ち」を目指すよ……願わくば、この対局中に答えを出してくれたなら嬉しい、と、私にだけインカム越しにそんな言葉を投げかけてきた。


 こんな状況に置かれても、自分でも驚くほどに凪いだ心のままなんだけど、どうしたらいいのか、途方に暮れているといった面もある。いや、本当にどうしようか。


「『1八移動』『1七移動』『1六移動』『1五移動』……」


 そんな、様々なことが凄い勢いで脳内を巡りめぐっている私をまた置いて、主任は自分の「指し手」を淡々と告げていく。四手分、自分の真正面にただ一直線に進んだだけだ。「戦略」だとか、「ディーリング」とかはまったくその手からは感じられなかった。素立ちのまま、ノーガードで自分に敵意を燃やす相手との間合いを詰めていくだけだった。


「くぅっくっくっくぅ……我の意図が通じたようでこれ幸いだべぇ……次の()の手番でタイマンに持ち込んでやるちきよに!! 覚悟すんだべしあッ!!」


 まったくどこの郷の言葉か分からない言葉を振り回すと、私にとって摩訶不思議なM極くんが、着手の用意に入ったようだ。スピードスケートのスタートのような姿勢で固まるけど。んんん……どうなる? そしてどうしよう? 私。



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