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194/312

♮194:奏鳴ですけど(あるいは、心象ビジョナー/オーロライック)


 ―少年。


 静寂に思えるような、そんなどこか定まらない知覚のままで、やたらめったら、自分でもよく分からない事を言葉に乗せて吐き出した挙句、いつの間にか頬を伝っていた熱さを感じるともなく、ただただ座席に身を預けるようにして座っていた僕に、真正面から、相変わらずの温度の低そうな言葉が投げかけられてきていた。


「……」


 瞬間、僕は、浅い水底に潜っていたかのような感触から、ずるり引き揚げられたかのように、この「場」に意識を戻されてきていた。何故か結構な上空まで上昇したシートと「卓」。そんな僕らを照らす眩いスポットライト。その光と熱。周り……「サッカー場」的な空間を建屋で覆ったかのような「場」……そうだ、僕は今まさに「対局」を行っていたんじゃあないか。目の前の、アオナギとサシで。でもなぜだか、その汚らしいメイド服姿の怪人に視界のピントが合わないでいる。いや、視覚もそうだけど、その辺りから放たれてきているだろう、音声も、ぼわぼわと曖昧な感じになっていた。


 ―吐けたな。吐き尽くしたかどうかは分からねえが、ともかく一息くらいはつけたんじゃねえか?


 アオナギのしゃがれ低音の言葉は、定まらない僕の意識の中心付近をずんずと突き進んできて、そのまま最短距離で刺さってくるような感じだ。そして鋭い切っ先を持ったそれら言葉のひとつひとつが、僕の心らしきところを揺さぶってくるのだけれど。


 「過去」に、ひと区切りつけたのだろうか。僕は。


 分からないけど、アオナギが言う通り、吐いて楽になった感覚は確かにある。それと共に、まだ残っていたのか、というような、自分の奥底の深さに、呆れてしまったところもある。


 でもとにかく。


 吐き戻した末の、素になった自分が、いまここにいることははっきりと自覚できている。確かに僕は、室戸ミサキはここに。


 ―すべてをさらけ出してしまえば、しまえれば、もう「世界」の野郎に怖がることなんざ、何も無えのさ。呼吸で、つながってるもんだと感じてしまえやいい。そんだけだ。そんだけの些細なことで、「世界」を、自分の内に呑み込むことすら出来んだぜ。


 アオナギの言葉に引っ張られるようにして、ちょっとした超越感が、呼吸と共に僕の内部を膨らませていくように感じている。何て言えばいいんだろう、難しいけど、いや、そう言えば、前の時も感じていたじゃあないか。


 ニュートラル。ニュートラルな自分。そこに、ただ居る自分。そこに、居ても構わない自分。そこに……意志を持って立っている自分。


「……」


 急激に視覚やら聴覚やらが戻って来た。でも、それらに流されることなく、僕はただここに在る。


 「自分」を、固める。そんな表現が、やけにしっくり来ていた。しなやかに固めた自分で、自分以外の「世界」に相対する。


 そういうことなんだろう。おそらくは。おそらく「生きる」ということは。


 とんでもない飛躍を見せる僕の思考は、でも、それは心地よいものであったわけで。



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