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191/312

♮191:往々ですけど(あるいは、まるで/空中ブランコ/廻るが如く)



「過去は……あります。その……図らずも、ずっと放ち続けていたDEPの中に」


 僕はもう、DEPとかそういうこととは関係なく、言葉を紡ぎ始めていた。多分な緊張を孕みながらも。そうすることが何か、何かに繋がるような、そんな気がしていた。うねるようにして響いていた観客たちの起こす音は、今は大分、落ち着いてきているように聴こえた。と言うか、ほとんどの音が僕の鼓膜には届いてきていない。緊張のあまり、周りの音が遮断されつつあるのかも知れない。


 ともかく、奇妙な静寂の中に、僕は、相対するアオナギと二人だけで、対峙しているかのような、そんな感覚に包まれていた。プールくらいの浅さの、水の底のような場にいるかのような。僕らを照らしているスポットライトも揺れて見えている。何だろう、この感覚。


「……」


 その浮世離れした視界の中で、浮世離れした隈取りを施した汚らしい長髪のおっさんが、メイド服で座っていた。……ひん曲げられた、何とも言えない笑顔で。


 尋常じゃないレベルの非現実さだったが、それだけに、僕の心も何か、麻酔のような、それに似た「麻」のつく薬をカマされたような、そんな、尋常ではないテンション/メンタルが宿り始めていた。自覚する前に、自分の乾いた唇が勝手に割り開かれ、そこから声帯を震わせた音の波が流れ出ていた。


「僕は……絵画の中に、自分の父親をいつも見ていた」


 支離滅裂な、言葉だったかもしれない。いや、かなりのものだろうと、当の本人さえ、そう思った。


「……少年」


 しかし、その言葉を掬い拾いあげるかのようにして、目の前の奇人は語り掛けてくる。僕のことを、初めて出会った時から呼んでいる、その呼称で。


「お前さんと初めて会った時、とんでもない才気を感じたのは、前に言ったかも知れねえ。……とんでもない才気ってのは、とんでもない鬱屈とか、葛藤とか哀切とか、そんな言葉に置き換えられる代物だ」


 アオナギの言葉は、僕の身体の前面に刺さったかのように感じられた。そして棘のようなその言葉は、僕の身体を貫いたかのようにも。


「思ってたのは、お前さんの身体と心の不具合かと思っていた。そいつは先の『対局』によって、昇華されたのだと、そうも思っていた。ある意味そうだったところはあるんだろう。だがそのまた一方で、いや、そのさらに一枚めくったその奥に、まだ何かが……あったっていうわけだな」


 どこまで、僕のことが見えているのだろう。僕ですら、いまだはっきりとは分かっていない、底の底までなのか。


 父性。父親。それを思う時に流れる胸苦しさを、僕はどう咀嚼していけばいいと、いうのだろうか。



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