♭018:光臨かーい(あるいは、SELLんす/HELLん)
まだだ。まだ私がそっち系であることは、悟られていない……っ?
「本棋戦は……一般参加枠もある、そしてさっきからも言っているが、『世界』から人が集まる、まさにの『祭典』なんだ。それだけに、得られるものも破格に大きい」
何かもう、間近で主任の顔見て声聞いてるだけで、話の内容とかはどうでも良くなってきているけど、一応、合いの手代わりの質問を無垢なる表情にて発してみる。
「『得られるもの』とは……?」
「『名誉』……と言い切りたいところだが、主たるは分かりやすくも『カネ』。だが、だからと言って軽蔑してくれないで欲しい。水窪さんにこんな下賤な話を持ち掛けたのには、それなりの理由がある。『理由』……それは、正にその賞金の『多寡』」
流れるようにつらつらと為されるその低音のいい説明に、私を過分に評価しているだろうくだりが挟まれるのだけれど。
ああー、この人もこと女に関しては節穴以上、いつぞやアオナギが私の前夫を形容して述べた「大脳新皮質に直接電極を差し込んでいるレベルのVRをかませられている」選球眼の持ち主なんだろう……それはそれで私にとっちゃあ好都合と言えなくもないか。
それより。
「賞金の額が……ハンパないって認識でよろしいのでしょうか……?」
正直、それ以外の正答は無いように思えたが、一応の合いの手役としてはそんな言葉を投げかけることしか出来ない。
「優勝賞金は『10億円』。『摩訶★大溜将戦』は二人一組のタッグマッチ制を取っているが、つまりは優勝チームに、ひとり頭『5億円』が、もたらされるというわけだ。馬鹿げたホラ話と取られるかも知れないが、実際そういうことになる」
腕組みをしてこちらを見下ろしてくる主任は、凄く気合いの漲った顔で、それは眩しい。なぜこんなお人がダメ界隈のことに精通しているのかは謎だけど。そしてそのホラ話めいたことがおそらくは恐るべき現実であるということも、私は知っている。
「下衆な話とは重々承知しているが、俺はその『5億』が欲しい。そしてそれを得たのならば、それを元手にして服飾関連の事業を立ち上げたいと考えている」
そんな壮大な夢が。昨今では「夢を追いかける男」って、周りに害なす度し難き阿呆との認識が世の女性たちの間には横たわっているけど、でも、ちゃんとした計画(本件たぶんおそらく)に裏付いた夢なら、そしてそれを熱意を持って訴求している男の人ならば。
「……素敵」
そう、そのひと言に集約されるのではなかろうか。私の全・顔力を総動員して作り上げられた手放しの「称賛笑み」に、あれ? 主任は何か戸惑ったような表情で、少し耳の辺りを赤らめているけど。え? 微妙に私から一瞬目線を切ってから、再び目と目で見つめ合うけど。え、え?
「……そしてそのビジネスの、加えて人生のパートナーとして、君にそばにいて欲しい」
時間差告白。そいつぁ、想定外だったけど、魂が号泣する準備は出来ていた。つまり、
……全張りの刻が来た。人生を、総賭けするべき正念の場が。
ダメの野郎が半身寄り添っている感じが非常に気持ちが悪いものの、これだけのビッグウェーブはおそらくもう私の残る人生では巡って来ないと直感した。
ならば乗る。
乗っちゃるぜーい、との気合いを胸の奥深くで爆裂させると、私は爽やかに、にこりと承諾の笑みを現出させるのだった。




