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173/312

♮173:当惑ですけど(あるいは、ブレスオブジカオス/酩酊)


 大混乱が始まった。


 VR空間そのものをも飲み込み破壊し尽くせんばかりにその勢力を拡大させたパステルアクアブルーの「光の柱」は、まるで巨大な竜巻……それも大陸でしばしば起こるディザスター級のツイスターのように、あらゆるものを分け隔てなく、その猛威の中に引きずり込んでいったのであった……


<参加者のみなさんっ!! すみやかにその『光』から離れてくださいっ!! 絶対に『なんだろうあれ』とか言って様子を見に行ってはいけませんっ!! 距離を!! とにかく距離を……っ!!>


 インカムを通してそんな切実さをも含んだ女性の声のアナウンスがひっきりなしに響いてくるけど。僕らもすぐさま、「着弾点」からの離脱に取り掛かる。が、


「こっちのガタイのいいのもそうだけどよぉッ!! そっちのでかぶつはもう運べねえだろうよっ!!」


 驚愕から立ち直ったかに見えた翼だったけど、浴びるほどの銃撃によって「全身固定」されてしまった執事さんに素早く肩を貸す格好を取ると、何とか岩場をずいずいと進んでいく。けど、その言葉通り、もう一人の「全身固定者」、マルオさんの巨体は如何ともしがたいわけで。


「ぼ、僕は置いていってください……姫様が無事なら僕はいいんです」


 尋常じゃない汗をその三角い巨顔から迸らせながら言うけど、そうはいかないっ。この人の献身が無ければ、僕ら全滅していたかも知れないんだ。背後に、周りのものを呑み込むことでさらに自らを大きく成長させているという、謎のエネルギー柱がもうすぐそこ、5mくらいの位置まで迫って来ている。いまさらだけど、もう少し「着弾地点」は離して欲しかったっ。


「全員でッ!! 何とか運ぶんだッ!!」


 主任さんの声に、手の空いている全員が、マルオさんの巨体の周囲に群がるようにして取り付く。主任さんがマルオさんを自分の背中に寄り掛からせるようにして渾身の力で突っ張ると、


「……!!」

「……」


 右脇に僕、左脇にアオナギが入り、肩で押し上げるように力を入れる。


「……」

「……」


 そして巨体の背中を若草さんと姫様がバランスを取りながら押す。5人の力を受けて、何とかその弾力のある岩のような多大なる質量が動き始める。じりじりと、少しづつ。だけど。


「ま、間に合わねえ……み、みんな呑み込まれちまうぞ……っ」


 川沿いを下るように先を行く翼だったけど、こちらを振り返った顔は、驚愕と焦燥がないまぜになったような表現しにくい顔色を呈している。振り返らなくても分かる。もう僕らの背中を焼くくらいのところまで「光の柱」が迫ってきているということを。ぬおおおおおお、でもこの人を見捨てては行けないぃぃぃぃぃ……


「に、逃げてっ、逃げてくださぁぁぁぁぁぁいっ!!」


 マルオさんの絶叫が、触れている僕らに振動を与えてくるほどに放たれるけど。


「いや、もう逃げてもだめだなこりゃ」


 空気を読むという能力を後天的に学習してこなかっただろうアオナギが、後ろを振り向いて諦観の体で言う。おい!! と思うけど、ちらと振り返ってしまった僕の眼にも、背後に壁のように迫りくる水色の光が飛び込んで来たわけで。あかーん。


「ウワァァァァーッ!! ウワッ、ウワアアアアアアアアアアーッ!!」


 本日何度目になるか分からない、その根源からの絶叫は、何人から放たれたものかは分からなかったけど。とりたてて特筆すべき瞬間も無く、僕らはあっさりとその「光」に飲み込まれていってしまったわけで。ええー、どうなんの、これ?


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