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171/312

♮171:潮解ですけど(あるいは、示談という名の/望遠メカニカル)


「……キサマハ……確か志木(シギ)……」


 ばりばり包囲網が築かれつつある窮地のさなか、ふいと立ち上がった人影が、そのような地の底から響くかのような不気味な低音を発するのだけれど。若草さん……!? 迂闊に体を晒したら撃たれますよ!?


「ク、ククク、久しいな、水窪(ミズクボ)の。かつての借りは今返してやる、と言いたいところだが、今はそれすら些末に等しい事柄よ……今回はよお……今回は『2億』がこの茶番を制した組に与えられる……したがって異物を排除するこの『事前調整』はそもそもあっさりさっくり終わらせるただの『作業』に過ぎないわけだ……ふふふははは」


 ソバージュ女は顔の左半分を小刻みに震わせながらも、そのような言葉を発してきた。対する若草さんの表情を見ようと、ちらと目だけで窺ったものの、そこには表情というには何も無い、がらんどうな顔面があっただけであって。がひぃぃぃ……


「……」


 無言で立ち尽くす若草さん。そのこちらの魂をえぐってくるような表情を受けても、目の前で小銃を弄びながら何とか余裕を保った風のソバ女。だめだ、この無言の恫喝も利かない……そのくらいまで優位に立たれていると判断できる……ここまでか。その時だった。


「へいへいへいへい!! なぁにを固まっちまってんだ、ミサキぃ、あとその他ぁ!! ……ここまで来たらなあ、もう戦いの狼煙を上げるほかねえって、わかってんだろが……」


 翼ェ……だった。こいつほんと空気読まないな!! というかこいつがもったいぶって何かをやろうとした時には、大抵お粗末な結果が待ち受けているわけで。


「おうッ!! こそこそ隠れてねえでよお……出てこいやァッ!! 存分に来い……今の俺は……なんぴとたりともにも止められ」


 例の如くテンプレをぶん回すスタイルの劇場型独演は一発の銃声によって遮られた。林の中から飛来した青白い光の弾丸が、何の根拠も裏打ちされてなさそうな、それでいて何かに漲っている感じの翼の額の中心に、寸分の違いもなく撃ち込まれたのである。どさりと河原に仰向けで倒れ伏す翼。うん……


「……うん、まあこうなる」


 敵味方合わせて幾重にも漂ってきた「食傷」という空気を何とか吹いて飛ばそうというような、ソバ女の感情のこもってない声が無音の空間に響く。完全に「開始」の取っ掛かりを失ったその顔は、敵ながら見ていて気の毒になってくるほどだけど。


<包囲シタノナラバ、ソレハ無為ニ集マッタモ同ジ……誘蛾灯ニ引キ寄セラレルガ如ク……>


 そんな得も言われぬ空間に紡がれたのは、姫様からの合成音声だった。空気を読まないという点では翼とタメを張るほどの人材っぽいけど、それにより、場は動き始めた……ッ!!


「ハッ、もうありがたい御託は不要だよ、お姫様……今すぐ終わりにしてやるさぁ、おめえら、撃てェッ!!」


 瞬間スイッチが入ったかのように金切り声を上げたソバ女の合図を受け、前方の林の中、そして後方の河原からも銃声が、そしてバイザーにも<Alert>の文字が明滅した。一斉射撃……終わった……


「!!」


 しかし体に感じるはずの衝撃は無く。抱えていた頭を上方へと振り向けると、そこには。


「……!!」


 大の字に両腕を広げた執事さんの姿があった。その背後には姫様の小さな体がすっぽりと隠れている。そして後方側には、巨体をこれまた膨らませたかのように遮らせた、マルオさんの背中が見えた。まさか……身を呈して、姫様を、そして僕らを……


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