#138:後塵で候(あるいは、ドノワッ/好まし/マイノリティー)
「……『も』だと?」
理解及ばぬ空間にひとり取り残され気味であった私の顔に小雨が如く降りかかるように、上からの姫様の問いめいた声が聴こえてくる。
その間も周りの景色は流れていく。止まったように見えるのは真横についた「搭乗機」のみであるが、そこから軽やかな声が投げかけられてきた。
「……あら。御自分は気づいてらっしゃらないのねえ~。お若いメイドさん」
チギラクサ嬢の言葉は常に演劇のごたる抑揚を持っている。それは無意識によるものなのか、多分に意図してやっているものなのか。
一旦、溜めを作るかのように言葉を区切り、その肉厚な唇をこれまた多分に大仰に笑みの形へと移行させると、
「……『妄獣』の『文字』を持ちし『獣の者』……まさか本当に現存するとは思わなかったわ……」
言いつつもその物言いは余裕のある凪ぎ、そのものであるかのように思える。しかして流れ出でてくる言葉には一割も理解の及ばぬ私がいるが。
「『モウジュウ』? ……何だそれは?」
姫様も割に凪いだ風情でそのように問いを発せられている。それにしても先ほどから「対局」が始まりそうで始まらない。
「自分の内に眠らせている『野性』を、DEPとして撃ち放てる者が『獣字』。お嬢さん、あなたは『特別』みたいだけどねー。『偽物』の野性、『偽物』のDEP」
チギラクサ嬢は横向けた顔のまま、薄ら寒さすら覚えさせてくるほどの作られた笑みをもって、歌うようにこちらに向けて語り掛けてくる。「偽物」。その言葉にはぴくりと反応を示してしまう姫様、そして私。
この女性は、こちらの本質を見抜いている……見抜いた上で、「対局」を挑んできたというわけか。何故だ? 見抜いているのならば、それが最強の「錬金」であることは自明……わざわざ負けが濃厚である戦いを挑む意味は……
「……!!」
得心した。いや、得心してしまった。
「身を挺して、『残弾』を使い尽くさせようというわけか」
思わず口をついた私の言葉は、ボッネキィ=マの言語であったが、忠実に素早く日本語に訳されてチギラクサ嬢のもとには届いているようだ。その妖艶なる顔がにんまりといった笑みに変わる。
「『弾数』には限界があると踏んだわぁ……いくら言葉を暗記できようとも、『表情』と『抑揚』『仕草』なんかは、記憶だけではうまくいかないんじゃあないの? 『静の記憶』と『動の記憶』は別物だって聞いたことあるしねぇ……」
読まれている。彼女の言う通り、姫様にとって「言葉自体」を覚えることには苦など無かった。ただ、それを「どのように」言えばいいのか、それを覚えるのは、かなりの苦労をしたわけであり。連日連夜のギナオア殿の「演技指導」によって、何とかものになったのが「六つ」。今は「二発」撃ったので残るは「四つ」と相成る。
それを撃ち尽くされたのなら……コトであるが。
否、それを回避せんがための、私だ。ことここに至ったのならば……私がお相手仕る他はないッ!! 気合いを……入れるのだ。ジョシュア=ジローネット、推して参る!!




