♭013:直轄かーい(あるいは、運命の、プロバビリティ女神様)
いけないいけない、ついつい魂の慟哭が顔面筋にも出るところだった。それにしても目の前で、ん? どうした? みたいな顔で私の目を覗き込んでくる面長が眩しいんだけれど。
賽野 鳴介……主任。年齢は39だそう。独身。結婚歴なし。彼女……おそらくいない。趣味は競馬。特技は降雨確率を凄い精度で当てる(何だそれ)こと。つてを駆使してそこまでは調べ上げたけど。
はっきりつかみどころの無い男。それが私の第一印象から今に至るまでの一貫した評だ。だからこそ惹かれるのかも。前夫はがっちがちのテンプレ真面目人間だったから、その反動でより惹かれてるってなことも私の深層心理の中では無意識に演算されているのかも知れない。ま、わからんけど。
でもまあ、まだ職場ではプライベートの話をするほどでは無い。せいぜいが仕事に関することや、挨拶程度の言葉を交わすくらい。それだけに、それだからこそ、何かきっかけじみた事が起こらねえかな、みたいな事をいつも考えている。いささか消極的な、今までの私から見たら、え? 何で落ちてる肉食わないの? みたいに思われるかもしれんけど、流石に子供抱えてると、そうもなるっつうの。過去の私らには判らんことかもだけどね。
いやいや、詮無い考えに陥っている場合じゃあない。
賽野主任にはディーラー上がりたての頃から、結構マメに面倒をみてもらっている。他のメンバーに比べて手厚く情熱的と感じるのは、私にその才があるから? それとも……
いやいや取りあえず雑念は捨てろ。仕事で粗相をするわけにはいかないのよ私は。手早く鼻だけで鋭い深呼吸をすると、主任にこれ以上は出来ない、にこやか&爽やかな会釈をかまして、ずんずとホールに敷き詰められた深紅色の絨毯の上を姿勢よく進んでいこうとする。
が、が、
「水窪さん、これ」
その賽野主任から、手ずから何かの紙片を手渡された。というか私の左掌に、握り込まされた。手と手が、触れた。
思わず振り返ってしまうけれど、そんな私と目を合わせるや、主任は軽く片目を瞑って、そのまま素早くホールからハケていってしまったけれども。
え? いや何これ?
極力その骨ばった手の感触とか、少しぬくもりが残っていた紙片の感触とかに意識を向けないようにしながら、私は何とか自分の持ち場、半円を描くブラックジャック卓の直径側、ディーラーサイドに何とか平静を装いつつ着くのだが。
テーブルの陰、そして両掌で包んだ中で、こっそり開いてみた紙片には、主任の手書きと思われる流麗な文字が以下のように並んでいたわけで。
<今日仕事終わりに15分だけ時間をくれませんか。ちょっと話したい事アリ 賽野>
えーと、保育園の延長連絡は昼前までに電話ですればOKだったよね……早くも息子を蔑ろ気味にしてるのは自覚しているけど、いやいや、話聞くだけだからー、と固く自分に言い聞かせる。




