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♮116:対面ですけど(あるいは、リポグラフ/酩酊/サウザンド)


「おひさしぶりです」


 あまり心がこもるという事もなかったが、ひとまずそんな言葉を出してみる。通過/敗退問わずに、この緑のフィールドでの対局を終えた参加者たちが三々五々はけていくのを尻目に、久方ぶりに至近距離で対峙した痩男アオナギは、やはりアオナギ以上でも以下でもない、まごうことなきアオナギであったわけだけど。


 兄貴と組むたぁ、なかなかに手ごわそうだぜ、と隣にいた翼にも目をやってから、アオナギはぐずぐずジーンズのポケットに両手を突っ込んで、体を揺するようにしてくっく、といういつも通りの笑いを放つ。


「そういや、相棒から連絡あったぜ。何でも、少年、お前さんが借金の肩代わりをしてくれるっつうんで手放しの喜びようだったが」


 いや待て。あいつ今なにしてんだ。何とかかんとかっていう謎の組織……カマせチャラ男こと、矢伏ヤブシが所属する拳銃チャカぶん回してきた危ないグループの面々からの逃亡で、あの夜、行き別れたわけだが(あるいは見捨てたといっても過言ではないが)、その後はまあ逃げおおせたと。ことここに至るまで2ミリ程度くらいしか思い出さなかったけれど、どこで歪曲されたのか、借金こちらにブン丸投げと、そういう流れになってるわけだな。まったく。まあそれよりも、


「何と言っていいか分からないんですが……その、肝心のDEPに……大袈裟で陳腐な言い方なんですけど、『魂が乗らない』というか、そんな感じなので……こりゃあ優勝どころじゃあないな、とかそういう風に考えてたんです」


 何でか分からないけど、ことこのアオナギの前では、こういった心の襞にはさかっているようなことも全て吐露してしまうところがあるわけで。先ほどの一次予選は何とかやりおおせたけれど、この先……このままじゃ、ジリ貧的にヤバいと、そう悪いことだけはやたらとよく当たる僕の直感を司る脊髄がそう告げて来ているのであり。


 そんな気の抜けた言葉を発する僕を、下からねめつけるような視線でアオナギは睥睨してくる。そして、


「まあ昨今じゃあ、ダメも、定跡が組まれて高度な戦略が取られる試合ゲーム的なもんに昇華されちまってるからなあ、大金が絡む大会だとよりその側面が強くなる。かくいう俺も今回はそんな小手先芸で上を目指してやろうと考えている輩のひとりよ」


 そうは言いつつも、その濁った目に宿っているものは、そういった上っ面だけのものとは違うような光のように、僕には見えた。


「戦術戦略も結構だが、俺はそういったのとは全く無縁のところに、真のダメはあると考えている。根源たる、獣が如きの人間の姿。それを曝け出して拡散していく。結局はそういうヤツが勝つ。それは確かだ」


 アオナギはあくまで平常といった感じでそんな言葉を投げかけてくるけど。「獣」……


「なぁに、お前さんはまだ追い込まれていねえから、そこまでの余裕ってことよ。カネ目当てなのか、注目集めたいか知らんが、一次通過者は違反ドーピングが見つかった奴らを差し引いても『1547組』だとよ。こんなに通してどうすんだってくらいの数だ。ま、これじゃあ有象無象が簡単に上がっちまうわな。だからよぉ、要はこの一次はまさにの前哨戦。軽い選別と、思っておいた方がいい。今のテンションも気にするな。そのうちいやでも来る。今の自分と、向き合った上で血を流さなけりゃあいけない局面がよぉ」


 アオナギは力の抜けた感じでそう言い残すと、ひとり、通路目指して、よたよたと歩き始めるのであった。


 とにかく、「二次予選」でやるだけのことをやるしかない。僕は未だもやもや感を横隔膜の下辺りに残しながらも、次なる会場を目指すのであった。



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