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#106:氷結で候(あるいは、グレイシアス/イツソォ/クールビューティアム)


 どうする……!? 


 喧騒に体中を巻かれるようにして、ふわふわと定まらない足つきで、緑の「人工芝」の上を彷徨うが如くの私。隣におわす姫様も、当てなき足さばきと見受けられるものの、その横顔を伺い見ると、真っすぐに前方を見られておいでになっていた。


 覚悟の差、であろうか。ここ何日かの間、姫様はほとんど休みも取られずにこの摩訶不思議な「大会」と称されしモノを戦い抜くための術を、そのか細き御身に叩き込まれておられた。


 すべてはおばば様のため。その想いが、姫様を幾重にも大きく見せているかのようだ……少なからずの時間、お側に仕えさせていた私には、感慨深いという他に、言葉は無いのであるが。


「……!!」


 そんな呑気なことを考えている場合では無かった。ふと視界に入った若い男二人組が、こちらを認めるや、にやにやとした笑いをそのだらしなき顔面に貼り付けながら近寄ってきたのである。


「へいへいへい、外人さんじゃな~い」


「メイド姿、気合い入ってますなあ~」


 弛緩した空気を吐き出すかのような覇気の無い言葉が、それら締まりの無い口々から漏れ出てくるが。恰好も着崩したシャツに腰まで下げたジーンズと、お揃いのだらしなさである。どちらも若者とは思えぬほどに荒れた肌で背筋も曲がっている。どちらも平坦な顔にて、見分けがつかぬほどだ。


「そこのあんちゃん、執事って、ちと古かね? みたいなぎゃははっ、てーか」


「ひと目トウシロさんだよね~、あっちゃあ、俺らツイてる。まじ神的に」


 左耳に差し入れたるイヤホンにて、逐一が英語に翻訳されてくるので、こやつらの喋りしことは理解は出来る。


「俺ら一勝上げてんだよね~、ま、軽―く実力」


「で悪いんだけど、さ!! いますぐここで軽くパコられてくんない? ってこと」


 しかし何と汚らしい言葉たちよ。これは私の知っている日本ジャポネス語では、断じてない。ぐっ、と眉間に力を入れると、おお? やんのか? のように一歩引いて構えるその二人組であるが。


「よかろう、その方ら。『対局』ということだな? ……こう、すればいいのだったろうか」


 姫様はずいと前に一歩お出になられると、そのような気負いなき凛とした言葉を放たれる。そして左手首に着けし「バングル」と呼ばれた腕輪を、相対する二人組に掲げるようにして突きつけるのであった。


「姫様。御手をわずらわせるほどのことは……私めが参ります」


 このような輩と直接やり合うなど、姫様にとって何の益にもならぬだろうから。しかし、


「控えよジローネット。わらわは少し試してみたい」


 冷静な御声ながらも、渦巻く熱気のようなものを感じさせる物言いであった。であれば、従うほかに私に出来ることなどない。


「おっほ!! 褐色メイドちゃん、上から目線シビれるね~。ま!! このあと何分か後には這いつくばって俺らを上目遣いで見上げてくれんだろうけ、ど!! ぎゃははは!!」


 このゴミが如くの輩たちが初戦とはいささか不満であった私だが、姫様は凪いだ顔つきのまま、お互い認証させたバングルの嵌まった左手を静かに降ろすと、その短きスカートに覆われた臀部へと、「グローブ」の嵌められた右手を当てる。


 敗者には、自らの右手から出力されし「電撃」が「臀部」を襲う。


 正気を疑う事柄ではあるが、この場では厳然たる決め事。


 にやにや笑いを崩さない輩のひとりと向き合いながら、姫様は相も変わらずの冷静さである。



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