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#001:唐突で候(あるいは、新たなるダメの完全なるベタ踏み発進)

 

 ボッネキィ=マの、朝は早い。


「……国王陛下、並びにアロナ=コ殿下にあらせましては、本日もご機嫌うるわしく……」


 早朝、突如として呼び出された私は、何も分かっていない状況で、従者にせかされるがまま、取り敢えずの身支度を整え、この場に畏まっている。


「……たいへん嬉しゅう存じます」


 しきたりに従い、決して焦らず、つかえずに、そう言葉を紡ぐものの、やはり緊張という名の糸が、私の舌をも絡めとりに来ているかのようだ。


 謁見の間。遥か高くに穿たれた明かり取りの小窓からは、朝の穏やかな日差しと、清浄な風がこの石造りの巨大な空間に、もたらされている。目の覚める緋毛氈にも陽光は差し込み、私はその光の中で、片膝を突いた姿勢のまま、ただただ恐縮しているばかりだ。


「よい、ジローネットよ。面を上げよ。本題に入る」


 陛下が面と向かい私の名を呼ばれるなど、誰が想像しただろう。そしてこれより直々の命を下されるとのこと。何とも現実感の無い夢想の中に佇んでいるようだ。


「……」


 恐る恐る、顔を持ち上げ目線を陛下の胸元へと。恰幅の良い御姿は王族のみが着る事を許された、空の青を模した緩やかなローブに包まれている。その色を目にし、ようやく私の散り散りになっていた思考も落ち着いて来たような気がする。しかし、


「そなたを呼び立てたのは他でも無い。アロナのことだ」


 その、雄々しき豚のような豊満な下あごが上下するのに見惚れていると、そんな言葉が投げかけられたのであった。姫のことですと?


「……」


 思わず陛下の右隣の玉座にお座りになられている姫の御姿に目をやってしまう。しまった。私としたことが、ご尊顔を直に拝すなど……だから私はダメなのだ。


 一瞬、目が合ってしまったが、姫は全くの無表情で私を睥睨するばかりであった。緑なす黒髪は真っすぐに肩元に落とされ、同じく大きく艶やかな黒い瞳、少し上を向いた小さい鼻、引き締まった口許はしかし、たおやかで可憐な花を思わせる唇に彩られている。褐色の肌は滑らかで、思わず見入ってしまいそうになる。いかんいかん。


 アロナ=コ・フレドポゥラ・ドル・ボッネキィ=マ殿下。王国の第四王女であり、皇位正統後継者がひとり。


 本来なら私などが接することのできる方ではとても無いのだが、周りの者たちが忌避する勉学というものに幼き頃から没頭していた私は、特待生としてケープタウンの大学を卒業したという一点のみで、運よく姫専属の家庭教師として召し抱えられ、こうして王城に仕え食い扶持を得るに至っている。


 家臣たちからは煙たがられ、常に下に見られている、そんな私に一体……? 戸惑う私に向け、陛下は悠然とお言葉を続けられる。


「……姫も来月には16の歳を数える。そなたの教育に不満があるわけではないが……自ずと机上で学ぶこと、そこには限界があると考える」


 陛下の聡明さには頭が下がる。正しく机上の勉学に没入して視野の狭まっていた私に、他国への留学を勧めてくださったのも、陛下のお口添えがあったからだと聞いた。


 さすれば、姫も他国へ留学を……とお考えなのだろうか。確かにアロナ=コ様の記憶力は並々ならぬものがある。そして直観力とでも言うべき、その得がたい能力。だが、


 しかし、その後に続いたお言葉は私を仰天させたわけであり。


「……共に日本ジャポネスに赴き、その文化、ひとの営みをあまさず学び、吸収してくるのだ。愛するサクラ=コの愛した祖国である、黄金の国、日本ジャポネスへ」


 国王陛下のおっしゃったそのお言葉が全ての始まりだった。


 私と、姫と、あまねく世界のダメ人間たちの、壮絶なる戦いの幕開けだったのであった。



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