4.それがどうした
月日を一ヶ月進めよう。
五月、青葉澄み渡る季節、美崎恋華が俺の部屋で同居生活を始め早一ヶ月が過ぎた事になる。
最初は女子、しかも美人との共同生活に自らの理性を保てるか恐々としていたが、心配していたのがアホくさくなるぐらいに何も問題は起きなかった。
それは流石に据え膳逃しじゃないか、とか臆病者だとか言われそうだが、というのにも理由がある。
ある日俺が大学から帰った時の事だ。
その日は美崎さんは授業はなく、彼女に留守を預けていて、帰ったのは丁度昼くらいだった。
「ただいま」
「やぁ、お帰り、彼方君早かったね!」
俺は返ってきた返事に首をかしげる。
というのも自分の部屋は入り口から入って真っ直ぐにリビングが見える。
テレビにテーブル、ベッド、本棚、そこまでは見えるのだ。それなのに肝心の声の主、美崎恋華の姿がまるで見えない。
「ああ…」
ふと思い出す。そうだった、美崎さんの寝床は押入れだった。
女の子にベッドを貸さずに押入れで寝させるなんて等と言わないでいただきたい。もちろん彼女にベッドを使うよう勧めた、勧めたとも。けれど当の本人が押入れがいいと言うのだから仕方ないというものだ。
俺は靴を脱いで部屋に上がるとリビングに足を進める。それにしても、もう昼だというのに寝ているとは、体調が悪いのだろうか?彼女自体読モや、バイトで疲れているだろうし、多少は仕方ないのかもしれないが、もう14時だ。寝すぎにしては長い流石に心配だ。
「美崎さん、寝てるのか?」
「ううん、起きてるよ、もひもひ…」
「…」
俺は目を疑った。そして絶句する。
まぁ目の前の光景を的確に説明するとこうだ。
〝彼女は押入れに布団を敷いてそこに寝そべり、漫画を読みながら、どら焼きを食べている〟
俺の脳内に青色短足猫型ロボットの姿がイメージされる。まさかこれは彼女の未来の可能性、スト◯イドジェネレーション!した姿…
「って、ドラ〇もんかっ!」
読モをしているのが信じられないくらいのだらしなさと色気の無さだ。
ここまでくるといっそ萎えてくる。
「失礼だなぁ、こんな若い娘を捕まえて短足たぬき型ロボットと同列で扱うなんてさ」
美崎さんはやや不服そうにそう言いながら上体を起こす。
「なんか、心なしか喋り方すら似てきてないか…?」
「はははっ、気のせいだよ、よいしょっと…」
ようやく起きるのか…、確か朝早くに出た時もあの態勢だったような…
「せっかくの美人が勿体無い…、少しはまともな…って!なっ!?」
説教をしてやろうと彼女を見たその時だった。
俺は瞬時に目を背けた。
「ん、どうかしたの?」
「ど、どうしたも何も…、み、美崎さん!下、下!」
それもそのはずだ。彼女の今の姿、ロングTシャツの下に伸びる足を隠すものは何もなかった。
すらりと細く、無駄のない、白い足が露出している。そう、ズボンも、スカートも彼女は履いていない。つまりはその下は必然的に下着のみという事になるわけで…
「な、なんて、格好を…」
体ごと俺は向こうを向いて振り向けない。
「格好?…、ああ…なるほど…」
美崎さんは言われた自分の足元を見て納得言ったように呟く。
「納得してる場合か!?」
「ふふふ、彼方君はうぶだねぇ…」
「お前はちょっとは恥じらいというものをだなぁ…」
慌てふためく俺とは裏腹に彼女は落ちついている。というか、落ち着きすぎだ。
「そうは言ってもモデルの仕事で水着姿だって撮られるんだから、今更だよ。そーれがどーした、私美崎さんだ!」
「く、勇者めっ!」
「はーい、勇者でーす!ようやく認めたか!」
「変態勇者めっ!」
「へ、変態…!?ちょ、酷くない…!?」
「やーい、変態!変態!変態勇者!」
「やめて!やめてよ!」
「いいや、やめないね、このど変態痴女勇者がっ!」
「やめてください!それだけは…それだけはやめてください!き、着替えるんで、何卒!」
美崎さんは慌ててバタバタと押入れに閉じこもる。
そうして5分ほどして、ようやくまともな格好で出てきた。
変態勇者がそれほど嫌だったのか、出てきた美崎さんの足元は珍しくロングスカートで、必要以上に足を隠している。
というか最初からそうしろよ…。
「彼方君、今日の講義はどうだった?」
ようやく落ち着いた美崎さんはテーブルの向かいで麦茶を飲みながらそう尋ねてきた。
「どうも、こうも、簿記は好きになれないなぁ…、計算の意図を読めないというか、理解できないというか」
「そうかなぁ、私は結構好きだけどなぁ」
「会計学科学生様と同じにせんでくれ」
俺は台所に入ると冷蔵庫から麦茶を取り出し、グラスにおかわりを注ぐ。
「そうだ、会計と言えば、忘れてたね」
美崎さんはパンッと手を叩くと、今度は美崎さんが立ち上がり押入れに向かい、そしてすぐに戻って来た。
「はい、これ遅くなったけど」
そう言って彼女は机にそれを置いた。
福沢諭吉二枚と樋口一葉一枚だ。
「これは?」
「家賃と生活費、本当はもっと早くに渡したかったんだけどタイミングが合わなくて…、ごめんね」
「いや、それにしても多くないか?」
家賃と生活費を考えても、やや多い気がする。前にも言ったがこの部屋は格安だ。部屋の間取りと日当たりが致命的なのを条件に普通の価格より破格になっている。
それに食事だって別に大したものを出しているわけではないし、昼飯は美崎さんは自分で済ませてしまうから別にこちらに負担はない。
「そんな事ないと思うよ?
家賃はやっぱり半分は払うべきだし、それにプラスで食費や光熱費、水道代だってあるし、選択に使う洗剤だって彼方君の家のを使ってるし、これでも少ないくらいで申し訳ないし、あ、もちろん足りないなら言ってね、ちゃんと払うから」
「いが…、ゴホンゴホン、い、いいよ、家賃半分払ってもらってるだけでも助かってるし…」
「そう?」
意外にしっかりしてるんだな、と思わず言いそうになってしまった。流石は会計学科学生様だ、好きだと言った言葉に偽りはないようだ。
「じゃあ、これは有難く受け取らせてもらうな」
「うん、これからもお世話になります」
それにしてもこれは美崎さんへの認識を改めなければいけないな。
だらしないところを美人な顔体系でカバーしているのだと思っていたが、そうではないらしい。
我ながら失礼だったと反省するばかりである。
「きゃあ!?」
「…!!どうした!?」
不意に彼女が叫び、俺も大きく飛び上がる。彼女は後ずさりながら指を俺の正面へ向けた。
「ね、ネズミ!ネズミがいるのっ!」
「は?ネズミ?」
振り返って見る、部屋には何もいない。
けれどよくよく窓の外を見て見ると、確かに小さな影が見える。
「なんだ、外か、大丈夫だよ。窓も閉めてるし」
「そんなわけないでしょう!?何とかしないとやばいよやばいよ!」
(芸人かお前は…)
「ねぇ、爆薬とか持ってない?ないなら火薬草とニ○ロダケでもいいんだけど…」
「調合してどうする気だ、お前は、あと、タルもないからな」
やっぱり彼女の未来は青色短足猫型ロボットなんじゃないだろうか…。
あと反省したのもなかった事にしよう。