1.自称異世界転生
時は再び二ヶ月前に戻る。
俺、向川彼方は大学入学とともに一人暮らしを始めた。
理由は簡単で、大学が自宅から遠いから。裕福な家庭でない、奨学金任せの俺としては大学四年の通学費よりも、下宿の家賃の方が安くつくという流れからだった。
あの日も大学の講義を一日こなし俺は大学を出た。
五限終わりの賑わう大学通り、学部学科が多くてマンモス大学と呼ばれるK大の大学通りはまるで祭りの縁日の屋台のように人で溢れている。
男子に人気のあるラーメン屋や、定食屋をはじめ、書店や携帯ショップ、さらには麻雀荘や筋トレジムまで揃っている。
もちろん居酒屋やバーなんてものもあるから学生達は退屈しない。おそらくあと数時間は通りはこんな感じだろう。
俺はその人並みを縫うように進む。
途中で夕飯になる弁当を買ったりしながら大通りをぬけ、そして人並みの一区切りである駅の踏切を抜け、人気がなくなった辺りにあるのが下宿のマンションだ。
エレベーターに乗り込むと10階のボタンを押す。
学生にしたら随分といいマンションだと思う。部屋もそこそこ広いし、内装も綺麗だ。
本当ならかなりの家賃らしいのだが、なんでも部屋位置の悪い物件らしく、家賃も通学費とトントンくらいと随分と安かった。
エレベーターが10階に辿り着き、部屋に戻ってご飯を食べて、時折ゲームやら動画視聴やらした後に寝る。
いつも通りの一日を終え流予定だった。
だが、目的の階にエレベーターが到着した時、俺はいつもの風景に違和感を覚えた。
エレベーターは部屋の真正面にある。つまりはエレベーターが到着すると自分の部屋のドアが目の前に来る形になるはずだ。
なのに今日はその間に別の何かが佇んでいる。
エレベーターが完全に到着して、それが何かようやく分かると俺はただただ呆然とした。
「あっ!お帰りなさい、彼方君!」
「美崎さん!?」
超絶美少女がドアの前でにこりと手を振っている。
「どうしたんだ?俺の部屋の前で」
「どうしたも何も彼方君を待ってたんだよ」
「…」
言葉が出ない。
(どういう事だ?何故彼女が自分の部屋の前にいる?
そして何故俺を待っていた?
分からん!他の人ならともかく、あの〝美崎恋華〟が俺風情に?
分からん!分からん!分からん!)
俺は脳内を激しく回転させ、そして混乱していた。
それほどまでに目の前の美崎恋華という女は俺にとって不釣合いの相手だった。
美崎恋華は、大学内でも有名だ。
眉目秀麗、人柄も良く、その流れからか、高校時代から読者モデルをしているらしい。
大学内では老若男女、学年を問わず皆彼女を知っていると言っても過言ではない。
そんな彼女が何故俺の部屋の前にいるのか、本当に理解出来なかった。
「一週間ぶりだね、先週はオーラルの講義休校だったもんね」
「昨日の情報の講義は美崎さんが休みだったしな」
「あはは…、昨日は急に仕事入っちゃってねー。あ、またノート写させてね!」
そう、彼女とは初対面ではない。
初めての講義で相席して以来というもの、同じ講義ではよく話すようになった。
彼女とは学部は同じなのだが学科が違う。俺が経営学科で、彼女が会計と言った具合だ。
普通は学科が違うと講義が被らないのだが、一般教養の英語と情報、一部の選択科目だけは学科が違った生徒が一緒になる。
彼女と仲良くなったのも水曜の英語の時間だった。
まぁそれもたまたま相席した相手が俺だったからで、しかも彼女も俺に何かしら好意のあるそぶりもない。
〝気軽に話せる男友達〟、所詮はその程度の関係なのだろうと俺も思っていたし、彼女もそう思っているに違いない。
だから今、自分の前に彼女がいる事が不思議で仕方がない。
「とりあえず、立ち話もなんだから入れてもらってもいいかな?」
「あ、ああ…」
俺は慌ててポケットから鍵を取り出し部屋の扉を開ける。
「おじゃましまーす!」
「あ、おいっ!」
中に入って行く美崎さん、長ブーツを脱ぐ仕草がすでにやばい。
(え、エロい…、というか、俺、部屋片付けてたか?見られたらやばいもんなかったよな…?)
彼女の後を追うように俺も部屋に入る。
とりあえず部屋の鍵は開けたままにしておこう。勘違いが起きれば男の俺が無条件敗北だ。
「へぇ、意外と片付いてるんだねぇ」
「意外は余計だ。とりあえず適当に座って」
彼女は部屋をぐるっと一瞥すると、部屋の真ん中に置いてあるテーブルの向かい側に腰を下ろした。
「何か飲むか?コーヒーか麦茶くらいなら出せるけど」
俺は荷物を玄関に置くと、台所に入り彼女に声をかけた。
「じゃあコーヒーで」
その答えを聞いてから俺は棚からインスタントのコーヒーの瓶を手に取る。
「それにしてもびっくりしたよ」
「ごめんね、いきなり部屋にまで押しかけちゃって…」
「それで今日は何の用なんだ?」
「あ、まぁ…ね…、とりあえず座って話そうよ、長い話になるし…」
カップにお湯を注ぐ手が少し揺れた。
それと同じくらい俺の心も揺れる。
何の話なのかが気になるのもあるが、話があると言う彼女の顔がやや赤らんでいたのが余計にこちらをドギマギさせる。
揺れる手を落ち着かせ、手早く自分のカップにも湯を注いで、カップと一緒にテーブルに着いた。
「ありがとう」
美崎さんはコーヒーを受け取ると一口カップに口をつけ、テーブルに戻す。
「それで話なんだけどね…」
そうは言うものの言葉は止まる。
言いにくい事なのだろうか?彼女の手はコーヒーカップをただただなぞる。
「ず、随分、言いにくそうだなぁー、俺なんかにどんな人生相談する気だよ!!」
あえてはっちゃけてみるが、彼女は余計に俯いて、
「そりゃ、言いにくいよ…大切な事だから…」
と声を震わせた。
「へ、へぇ、た、大切なんだ…」
俺はそう相槌をうって、コーヒーを口に流し込む。
(うおぉぉお!大切ってなんだ、大切ってぇ!俺に話す大切ってなんだよぉおー!)
今度は俺も黙ってしまうから場が一気に静寂に包まれる。
カチカチと目覚まし時計の音だけが部屋にこだまする。
だが俺の中ではそれとは別に心臓の音がバクバク、ドクドクなり続けている。
「あ、あのね!!彼方君!」
「は、はい!」
(やばい、死ぬ!)
彼女が静寂を破ると、心臓が一気に爆発しそうになる。
下手な言葉、特に告白なんてあった日には心臓麻痺で逝ってしまいそうだ。
「私、実は…!」
「実は…?」
「異世界転生した勇者なの!!」
「は?」
(な、なんだってぇー…)
俺はただただ呆然とした。