エルフの拳と精霊の魔法
アルトとルナは連れ立って商業地区を歩いていた。
「ねえアルト。その、仲間ってどんな人なの?」
「そうだな……一人は元リンゴ泥棒で…」
「えぇ!泥棒っ⁈」
「あぁ、俺が捕まえた時に意気投合したんだ。もう泥棒要素は一切ない。それから、一人は占い師の孫で、氷の魔法が得意だな。」
「へぇ、なんだか強そうな人ね。氷の魔法が得意ってことは、ちょっと冷たい感じの人だったりするの?」
「いや?うちのパーティで一番大声出してるのはそいつだぞ?」
「あれ?そうなの?おかしいわね…得意な魔法とその人の本質は近いはずなんだけど…」
「関係なくないか?その魔法の才能を持ってるかどうかだろ?」
「才能?なにそれ。」
「は?エルフには才能の書がないのか?」
「そんなのない…え?そうなの?」
「どうしたんだ?」
「エルフや精霊は基本的に破壊神ルシェーニの眷属らしいわ。だから才能の書を持ってないのよ。」
「そうだったのか…俺たち人間はな?……」
人間の才能についての話を聞いたルナは非常に驚いた。
「そうなんだ…じゃあ有用な才能を得るのは難しそうね。」
「え?なんでだ?」
「そりゃそうよ。例えば"火魔法"の才能を得るにはその人の一年を客観的に見て"火だ"と思わせないといけないんでしょ?年がら年中火と接してないといけないのよ?夏の暑い日でさえも。」
「そうだったのか。じゃあ俺の才能にリンゴが無いのは不思議なんだが…」
「そんな才能あるわけないでしょ…」
アルトたちは気づいていないが、三人の才能は有用なものが多く、とても強い。
「それで、もう一人がめっちゃ強いスライムだ。」
「は?」
「もうそれはそれは強いスライムだ。」
「強いスライム?想像できないわ。」
「まぁ、見れば普通のスライムでないことだけはわかると思うぞ?」
アルトとルナはある服屋でノエルを見つけた。
「あれ?アルト?なんでここにいるの?昼寝するんじゃなかったの?ていうかその子誰?」
「あぁ、そのつもりだったんだが…ほら、こいつが占い師の孫だ。」
「私はルナ・イルージアよ。貴女たちの仲間に入れてほしいの。」
「えーっと。ちょっと待ってね?今、二人を呼んでくるから。」
「で、アルトが攫ってきた女の子って誰なの?」
「攫ってねぇよ。ほら、こっちが元リンゴ泥棒で、こっちがめっちゃ強いスライムだ。」
「そのネタまだ引っ張るの⁈泥棒呼ばわりはやめてって言ってるでしょ!」
「うむ、妾が最強のスライムじゃ。」
「えっと、ルナ・イルージアよ。」
「あぁ、マールィよ。よろしく。」
「エレナじゃ。よろしくの。」
「仲間に入れてほしいってどういうことなの?」
「それは私が説明しましょう。」
「「キャァァッ!」」
「ふむ、精霊か…と、いうことはその子はエルフじゃな?」
「ご名答。私はルナの旅のお供をしております。風精霊のシルフィと申します。」
「エルフなのに耳が尖ってないの?」
「今のエルフはな。」
「「へぇ。」」
「なぁ、シルフィ。その突然出てくるのはやめてくれよ。」
「でしたら、スーッと徐々に浮かび上がっていく感じでいきますね?」
「逆に怖いよ!」
「そうですか?なら、「シルフィ、行きまーす。」と一声かけてから出てきますね?」
「なんかわかんないけどそれはやだっ!」
「むぅ、でしたらどのように致せばよろしいのですか?」
「もう突然で結構です…」
「承知しました。それで、ルナをパーティに入れてあげていただきたい、というのはですね?私がずっとこの人間に見える状態のままいると好奇の目線を集めてしまいます。かといってルナに見えないものに話しかける可哀想な女の子にはなってほしくないのです…」
「なるほど。私は良いわよ?ただ、後衛ばっかりになるわね…」
「それに関しては問題ございません。」
「そうね。私が前衛をすれば良いのよ。」
「え?でも、エルフなんでしょ?」
「ふっ、いつから私が魔法使いだと勘違いしていたの?」
「な、なんですって?あ、貴女は…?」
「私はエルフなのに自己強化魔法しか使えないわ!」
「自慢げに言うことではないでしょうに…」
「いいじゃない。私が物理、シルフィが魔法って決めたじゃない。」
「まぁ、得意不得意は人それぞれだからね。前衛が増えるならラッキーじゃん。私はルナにパーティに入ってもらいたいな。」
「妾はどちらでも良いぞ?アルトの従魔じゃからの。」
「じゃあ、これから頼む。ルナ、シルフィ。」
「よろしく。」
「よろしくお願いします。」
その後ルナとシルフィを宿に案内したアルトたちは部屋で思い思いの時間を過ごした。
「しまった!リンゴ買うの忘れてたっ!」
・・・アルトの叫びは夜の街へと消えていった。
翌日。
「すいません。エルフって冒険者登録できますか?」
「はい、可能ですよ。」
「じゃあ、お願いします。」
「お願いします。」
「かしこまりました。では、こちらの板を……」
アルトたちと同じようにルナは冒険者登録をすませると早速掲示板へと向かった。
「今日はどんな依頼を受けるの?アルト。」
「そうだな…ブラックドッグの討伐なんてどうだ?」
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ブラックドッグの討伐
Fランク推奨
目標討伐数:八体
生息地:ヴァリーキ南東の山地
報酬:一体につき500G
討伐証明箇所:角
買取箇所:角 一本70G
爪 一本5G
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「一匹につき670G…いいね。これにしよっか。」
「そうね。」
「初依頼か…頑張らないとね。」
「気楽にいくんじゃ。いざとなれば妾が助けてやる。」
ブラックドッグは肉食で犬より狼に近い。一匹一匹はゴブリンより少し強い程度なのだが、ゴブリンよりはるかに賢く、群れで行動し、獲物を追い詰めて確実に仕留めていく。そのため、GランクではなくFランクの依頼なのだ。
「今日はお弁当持ってきたから、一日中狩れるよ。」
「そりゃいいな。」
「エルフの拳と精霊の魔法、見せてやろうじゃない。」
ルナはそう言って群れに近寄っていった。ブラックドッグはルナの姿を捉えると周囲の仲間たちと共にあっという間にルナを取り囲んで威嚇を始めた。
「「「グルルルルゥ……」」」
「じゃあ、シルフィ。お願い。」
群れのボスにあたる個体が突撃の命令を出すためにルナの左側を見やった。
しかし、そこには無残な仲間の肉塊が転がっていた。
「ガルァッ⁈」
「ちょっと、シルフィ。やりすぎじゃない?全く…。まぁ、いっか。」
ルナはシルフィに少し文句を言うと気を取り直して詠唱を始めた。
『我、破軍の戦士なり。力を持って力を制さんとする愚者なり。愚かなる力に大いなる祝福を。』
「フィジカルエンハンスっ!」
ルナの身体を淡い光が包んだ。その次の瞬間ルナは真右にいたブラックドッグの顔面に拳をぶつけた。メギャッ、と嫌な音を立て、周囲を巻き込みながらそのブラックドッグは数メートル吹き飛び、ピクリとも動かなくなった。
「ふふん。さぁ、どんどんかかってきなさい。みんなまとめて相手をしてあげるわ。」
ルナの挑発を受け、周囲にいたブラックドッグたちは一斉に飛びかかった。しかし、ルナはそれをひらりひらりと避けながら次々と拳を叩き込んでいき、どんどん数を減らしていった。
そして、撤退の命令を出そうとボスが口を開いた途端、その間抜けな表情のままゴトッと頭が落ちた。
「私を忘れていただいては困りますね。」
「グルァ⁉︎ガウッガウガウッ!」
突如現れた得体の知れない、しかし強いことだけはわかる何かと、化け物じみて強い女という存在にブラックドッグたちは我先にと逃走を始めた。
しかし、
「逃がしませんよ?」
先頭を走っていた何体かが突然空へと舞い上がった。少し遅れていた個体は何事かと足を止めるも後続の集団に押され、先頭集団のいたところへ押し出された。すると、その数体も空へと吹き飛ばされた。
ブラックドッグたちが困惑していると少し後ろからグシャッという音がいくつも聞こえてきた。
「ガウ?」
ぐしゃりと潰れた仲間たちの死骸。なぜかわからないがその上には角や爪がふわふわと浮いていた。
「おぉ、流石シルフィ。角と爪は落とす前に取っておいたのね。」
「これくらいは朝飯前ですよ。」
恐怖に駆られたブラックドッグたちは決死の覚悟で二人の方へと襲いかかり、数分とかからずルナの拳によって肉塊へと変わった。
その普通であればドン引きの虐殺の様子を遠くから見ていたアルトたちは・・・
「強いな。俺より……。」
「戦闘狂の疑いがあるわね。」
「うわぁ、私、猫派でよかった…」
「ふむ、妾の方が強いの。」
「お前は攻撃不可能っていうチートだろ?」
「むむ、不可能とは言っておらんぞ?火なら若干効くぞ?」
「唯一効くのが若干って、理不尽だろ…」
すでにパーティ内にいた常識外れな存在によって「すごく強い」程度にしか思わず、良くも悪くも受け入れていた。
「すごかったじゃない。ねぇ、シルフィ。風魔法のコツ、教えてくれない?」
「私も魔法のうまい使い方を教えてほしいな。」
「えぇ、よろしいですよ。まずですね…」
「なぁルナ。俺にも自己強化魔法教えてくれよ。」
「結構難しいのよ?いつもより急に速く動けるようになるから。練習しなきゃ。」
「妾も稽古なら手伝ってやろうではないか。」
「すまん。助かる。」
「別に良いわよ。えっとね?……」
アルト、マールィ、ノエルの三人は他の三人に追いつくため、アルトはエレナとルナに。マールィとノエルはシルフィに修行をつけてもらうことにした。