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一週間  作者: 現野翔子
三津 橘視点
11/11

八月十九日 二十日 橘視点

八月十九日


「おはよう!」

「おはよう。」

 坂下は相変わらず元気だな。このまま何も知らずに過ごしてほしいものだが。

「三津先輩は?」

「さあ、俺は見ていない。」

 いつも坂下が起きてくるまでは調理室にいるから、いないことに気付くのか。困ったな。

「ふーん。今日って何日?」

 今日は記憶が欠けているほうの坂下らしい。あまり詳しく教えると不安にさせそうだな。昨日も三津がいなかったことは伏せておこう。

「今日は八月十九日だ。」

「じゃあ、昨日は何があった?」

 どの話ならしても大丈夫だろうか。

「昨日はそうだな…ああ、トランプとボードゲームをしたな。」

「へえ、だれとしてた?」

「天川と俺だな。」

「三津先輩は?」

 下手に誤魔化すほうが不自然だろう。ただ、少しだけ事実を伏せておく。

「お前は誘おうとしてたんだけどな、たまたま部屋にいなかったみたいだ。」

 一度だけ誘いに行った風に言えば、三津吾一緒にいなかったとしてもおかしくはないはずだ。

「そっかー。他には何してた?」

「天川と喧嘩していたな。」

 これで天川と今日会えなくても避けられていると思うはずだ。いつものことだから坂下も疑わない。

「また?もう一人の俺、どんだけ短気なんだよ。」

「今回のは主に天川が悪かったけどな。」

「へえ、じゃあ会いに行ったら話してくれるかな。」

 坂下が立ちあがる。この話題は失敗だったかもしれない。

「少しくらい天川もそっとしておいてやれ。行っても軽くあしらわれるだけだぞ。」

 不在に不信感を持たれると困る。そう内心焦りつつ、坂下を止める。

「ダメだったらその時はその時だ。とりあえず行ってみるよ。」

 坂下が立ち去ってしまう。行くのが天川の部屋だけならいいのだが。昨日のように、ついでに他のところも探されたら流石に怪しむかもしれない。


 坂下が戻って来た。

「天川には会えたか?」

「ううん、いなかった。しばらく待ってみたんだけど戻ってこなくて。三津先輩の部屋にも行ってみたんだねど、三津先輩もいなくて。談話室にも二人ともいないし。橘先輩、何か知らない?」

 それなりに探したのか。これはまずい。坂下も訝しむような表情を浮かべている。答え方を間違えるわけにはいかなくなった。

「いや、何もしらないな。」

「まさかこんな天気の日に池の近くに行ってないよな?花壇を気にして見に行ってしまったら危ないだろ。」

 事実は教えられない。かといって、確かめるために池まで行かれるのも困る。そこには天川の死体も三津の死体もあるのだから。

「さすがにそれはないんじゃないか。危険なことくらい誰にでも分かる。」

「うーん。でも、台風が来てから屋根の上に乗って落ちる人とか、地震の時に川の様子を見に行って水に飲み込まれる人とかもいるから…」

 坂下は行く気か。頼むからやめてくれ。

「そこに行くということは坂下も危険な目に遭うかもしれないということだ。」

「そうかもしれないけど、気になるから。知りたいんだよ。だから、行ってみる。橘先輩も来てくれる?一人だと怖いから。」

 本当は行ってほしくない。けれど、ここで断るのは不自然だ。行けば死体が見つかるだろう。もう既に不在の不信感は抱いているから、行かなくても坂下が不安になっていることには変わらない、か?


 結局止められずに、防風にも関わらず二人で池へと向かう。

「え?これ…。羽良…?」

 坂下も見つけてしまった。

「そうみたいだな。」

「なんで。死んでる。じゃあ三津先輩は!?」

 池の周りを見回る坂下。北側に差し掛かったところでまた見つけてしまう。

「嘘だろ。なんで二人とも…。」

 ふと横を見ると、池側の花壇の煉瓦が欠けていた。それを坂下にも気付かれてしまう。

「橘先輩?」

「いや、なんでもない。」

 俺の見ていたほうを見る坂下。そこに近づき、何かを掲げて見せてくる。

「橘先輩、これ…」

 十字架だ。天川も三津も十字架を着けたりなどしていなかった。誰の物だろう。

「何かおかしい。ここは危ないから一旦、寮に戻ろう。」

「うん…分かった。」


 寮の入り口まで戻ったところで、何か納得していなかったらしい坂下が提案してきた。

「橘先輩、職員室に行こう。二人が、死んでたことを伝えなきゃ。」

 坂下はすぐさま校舎のほうへ駆け出して行った。一人で行かせるよりはましだろうと、その後を追いかける。


「失礼します。」

「坂下じゃないか。こんな天気の日にわざわざどうした?橘まで、珍しいな。」

「大変なことが起きてるんです。伝えなきゃと思って。」

 坂下の認識では、何も分からないが人が死んでいることになっているため、相当深刻そうな様子を見せている。原因不明で三人も死んでいるんだ。ただの事故だとは思ってもらえないだろう。そして、誰が殺したかという話になる。

「何があった。」

 素早く入り口近くの談話スペースに来ていた時任先生が坂下に詳細を聞いている。

「それが…」

 坂下は時任先生に先程見た光景を説明する。口を滑らせてしまうことを恐れて、俺は黙っていた。

「…と、いうことなんです。」

「そうか。」

 事態の異常さを認識したらしい時任先生が警察へと連絡を入れる。当然の判断だろう。

「台風が過ぎたら、警察が来てくれるそうだ。それまで身の安全を確保するようにと。何が起きているか分からないから、なるべく一人で行動しないようにな。」

「はい。それと、池の北東沿いの花壇にこんなものが落ちていたんです。」

 拾って来た十字架と切れたチェーンを見せる坂下。

「羽良も三津先輩もこんなものは着けていなかったし。誰のものか分かりますか。」

 これは俺にも分からないものだ。ただ、状況から分かることもある。

「花壇に落ちていたので、たぶん最近落とされたものだとは思うのですが。きっと三津が気付くので。」

 時任先生は坂下とは親しいが、三津とはそこまで親しくないから知らないかもしれない。三津が基本的に毎日花壇に行くことは。

「ああ、それなら古川先生のものかもしれないな。いつも着けているらしいから。」

「どうしてあんなところにあったんだろう。分からないことばかりです。羽良が天気の悪い日にわざわざ池に行くとは思えないし、三津先輩だってそうでしょう。」

 不思議そうな顔の坂下にただの事故だと言って、信じてもらえるだろうか。それでも、話せる範囲で話しておかなければ二人に怪しまれてしまうだろう。

「三津は一昨日、花壇を見に行くと言っていました。その前にも、古川先生と台風対策に向かっています。」

「今、この島に他に人はいるんですか。」

 坂下は他に人がいて、その人が犯人であってほしいのだろう。その希望は時任先生の発言は壊される。

「いや、いないはずだ。皆が帰省した後は、天川、三津、橘、坂下、そして古川先生と俺しかこの島にはいない。」

「二人ともが事故?そんなことがありえますか。古川先生だってどうか分からないのに。」

 さすがに古川先生は島に残った人間を把握していた。その人間を犯人にしないためには事故と思わせるしかない。

「実際そうなんだからありえるんだろう。」

 俺の言葉に二人ともこちらを見る。むしろ俺を怪しまれる原因となったか。

「誰かいるんじゃないですか。」

「それは警察に考えてもらおう。」

 二人とも事故とは考えていなさそうだ。警察に、ということは古川先生を俺を疑っている可能性もある。

「でも、あんなところに倒れてるなんておかしいです。事故じゃない。」

「そうかもしれない。気をつけろよ。」

 時任先生は坂下に対して言っているようだ。これは確実に俺がやったと思われているだろう。


 伝えたいことを伝えられたからか、大人しく寮に戻った坂下。しかし、何か言いたげではあった。

「橘先輩、本当に何も知らないんですか。二人も事故死するなんておかしいです。それなのにどうして断言したんですか。」

 やはりそこでの発言を間違えたか。

「坂下は事故の可能性はないと思っているんだな。」

「はい。古川先生は生きているかもしれない。けど、三津先輩は池の外に倒れていたし、羽良はそもそも用事なんてないはずなのに池の中にいた。あの状況で事故だと考えるほうが不自然だ。」

 意外と冷静だ。取り乱しているから、事故だという言葉に縋ってくれるかと思ったんだが。

「もっとよく死体を調べてみたら何か分かるかもしれない。」

「さっきは怖くて見られなかったんだろう。」

 見て気持ちの良いものでもない。なるべく坂下にあの衝撃的な映像は見せたくない。

「今度はしっかり見る。分からないままのほうが怖いから。じゃあ、行こう。」

「そんな必要はない。」

「けど、見ないと分からないだろ。」

 俺に事故じゃないと証明したいのか。俺が分かるはずの範囲で教えれば十分だろう。直接あの死体の様子を見せるよりはマシだ。

「もう、事故じゃないとは思ってるんだよな。」

「さっきからそう言ってるだろ。」

「本当に知りたいのか。」

「そうだよ。橘先輩はちゃんと見たのかよ。」

「ああ。」

 知っている。

「どんなのだった?」

「三津の頭には殴られた跡が、天川の首には絞められた跡があった。」

「…?さっき見た時は雨が激しくて、羽良の首の跡なんて見れる状態じゃなかったと思う。なのにどうして知ってんだよ。」

 まずい。自分で締めたから当然知っているが、先程見たことになっているから、今の情報は知らないはずのものだった。どう言い訳しようかと沈黙を返す。

「じゃあ質問を変える。それを見ていたのにどうして事故だなんて言ったんだ。」

「誰かに殺されたとなれば、坂下は怖がるだろう。」

 怯える姿を見たくないというもの本心だ。

「当然だろ!」

「だからだよ。坂下にはなるべく怖い思いをさせたくなかった。だから、殺されたんじゃなくて事故ということにしておきたかったんだ。」

 それが坂下に不信感を持たせてしまったようだけれど。

「そっ、か。でも、誰かに殺されたことは明らかだろ。」

「そうだな、俺たち以外の誰かがこの島にいるのかもしれない。」

 せめて、時任先生か俺が殺したとは思わないでほしい。知り合い同士で殺し合っていたなんて衝撃的すぎるだろう。

「そんなはずない。長期休みの時は基本的に先生が数人残るだけで、他には誰もいなくなる。事務員さんや食堂の人たちも。今回は俺たちがたまたま残っていただけで、他の生徒はみんな帰省してる。」

 忘れてくれていれば良かったんだけどな。

「それに、この島に出入りする方法は、学校の手配した帰省用の船か、食料とかを運んでくる船しかない。帰省は八月の上旬に終わってるし、食料とかを運んでくる船だってここ数日は台風の影響で海が荒れていて来れてない。」

 閉ざされた状況で起きたことが仇になっている。外部から人が来られる状況なら、外部の人間の可能性も考えられたかもしれない。

「その間、俺たちは誰も、不審な人影もその痕跡も見ていない。ということは他には誰もいないはずなんだ。つまり、俺たち六人しかいない状況で、そのうち二人が誰かに殺されている。」

 そして、その誰かが俺だと疑われてしまうような行動を、俺は自分でとってしまった。

「なあ、橘先輩。俺はどうしたらいい?誰がこんなことを起こしたんだ。」

「犯人が誰か分からないほうが怖いか。」

「うん。だって、どう気を付ければいいか分からないから。」

「そうか。」

 一呼吸入れて、俺も覚悟を決める。

「坂下、お前は天川なんていらないと言ったよな。」

「え、言ったっけ。」

「ああ、言った。」

 天川はいないほうが良い。そう三津と話し、天川が三津を殺したと暴露してしまいそうになったところで。坂下にとっても必要のない存在なら、これ以上苦しめる危険を放置しておく必要はない。

「でもそれだって、その時の勢いで言ってしまっただけで、本気で死んでほしいなんて思っていなかった。」

「天川に苦しめられることも多かっただろう。」

 それを見ていたから俺は、お前のその言葉を信じた。

「喧嘩することぐらい、誰にだってあるだろ!」

「そう、だな。ごめんな、坂下。」

 いつもはただの喧嘩だと思っていた。それで坂下は悲しんでいたが、あとで仲直りできると。三津のように天川を殺したいと思ったことなんてなかった。それを今回、数日前の三津との会話につられたのかもしれない。坂下が傷つけられることがなくなればいい、それが一番重視することだという、その会話に。

「…俺は羽良にも三津先輩にもいてほしかったし、橘先輩にもいてほしい。二重人格の俺とは関わり合いになりたくない人が多いみたいだから。」

 基本的には同じ性格の一人の人間なのにな。だからこそ、俺は二つの人格をなるべく区別しないようにしている。二重人格と捉えて、距離をとる人間と同じにはなりたくなかったから。特に片方は、もう一つの人格の記憶を持ち合わせているのだから。

「…でも、時任先生はたぶん、橘先輩が犯人だって疑ってる。警察が来ればさっきの話も伝えてしまう。そうしたら、警察もきっと疑う。ばれたら橘先輩はいなくなってしまう。」

「そうかも、しれないな。」

そうだとしても、俺が犯人だと証明できるとは限らない。天川も、凶器も池の中だ。

「そんなの嫌だ。羽良も三津先輩もいないのに。…橘先輩は俺のために殺してくれた。なら次は俺の番かな。」

「坂下?」

 暗い顔で言われる。それは坂下も罪を犯すということか。

「ばれないように、橘先輩のために、今度は俺が時任先生を殺すんだ。橘先輩だけに背負わせたりしない。俺もこれで一緒だ。」

「坂下がわざわざそんなことする必要はない。」

 俺のためにその手を汚さないでくれ。坂下にはいつまでも無邪気で純真なままでいてほしいから。

「したいんだよ。俺にだって何かさせて。怖いし、親しい先生だから悲しいけど、でもそれは橘先輩も一緒ろ。それなのにやってくれたなら、俺も同じことがしたい。」

「そう、か。」

 決意を固めた瞳をしている。もう俺がなんと言っても聞かないだろう。俺のせいで坂下が罪を犯すというのなら、せめてその瞬間は見届けよう。

「それに、今の俺がいるのは橘先輩のおかげなんだよ。女の子みたいで嫌いだった「愛音」っていう名前だって、名付けた人の愛が感じられるって橘先輩が言ってくれたから、嫌いじゃなくなったんだ。だからさ、何かさせてよ。」


 職員室のある建物の屋上で、坂下と時任先生を待つ。見つからないよう、物陰に隠れて。

 時任先生が坂下に連れられてやってくる。何かを疑うような様子はない。まさか先ほど伝えに来た坂下が自分を殺そうとしているなんて想像もしていないのだろう。警戒するような様子も見られない。俺が隠れていて見えていないからか。

「こっちこっち、あれなんですけど。」

 そう言って坂下はフェンスから身を乗り出し、その外側を指差す。

「どれだ?よく見えないな。」

 時任先生はフェンスに近づき、身を乗り出す。近づいた坂下が何かをして、時任先生の体はフェンスの外へと放りだされた。

 それを見送る坂下。

「橘先輩。できましたよ、俺にも。」

 体の前で握りしめているその両手も、声も震わせたまま、こちらを振り向く。

「ああ。」

 できなくて良かったことだけれど。




八月二十日


 いつものように、朝食の前に自室で勉強していた。すると、走っているような足音が聞こえた。来るのは坂下くらいだろう。この時間には、いつもはまだ部屋にいるのに、どうしたのだろう。

「おはようございます。」

 扉を開いたその先には包丁を持った坂下がおり、刃先はこちらを向いている。

「おはよう、坂下。どうした、そんな物騒なものを持って。」

「橘先輩は私のために殺してくれたんですよね。だったら今度は私のために死んでくれませんか。」

 俺の問いかけに答えることなく、坂下は意味の分からない話を始める。昨日は俺がいなくなっては嫌だからと言って、時任先生を殺したのに。

「何を言っているんだ。」

「そのままの意味ですよ。私のためと言って、頼んでもいないのに大切な人を殺したんです。愛音だって大切な人を失えばいい。それも「もう一人の自分」が殺したとなれば、どれほど苦しいことでしょうね。」

 昨日は気丈に振る舞っていたが、やはり辛くて耐えられなかったのだろうか。

「お前は、本当にそれを望むのか。」

「橘先輩の死をですか。」

「ああ、後悔しないのか。」

 昨日とは矛盾する主張だが、本当にそれを望んで、後悔しないと言うのなら受け入れよう。坂下には俺を罰する権利があるのだから。

「ええ、しません。だから、死んじゃえ!」

 坂下が包丁を構えて、体重もかけてこちらに向かってくる。けれど俺は躱さない。それで坂下の気が済むのなら。


 徐々に意識が遠のいていく。本当に死ぬまで刺す気らしい。これほどまでに、坂下が天川を大切に思っていたなんて。




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