依頼
ここは第5機ウィンビルド王国。
世界に7つある蒸気機関で形成される国の1つ。
この国は横割りで街がわけられていて、1番下から12345……と、最上階の53まである。
これは身分が高い人ほど高い所に住める、カースト制である。
マオルヴルフの機械工房があるのはNo.15。腕は確かだが、かなりの変人だったため、訪れる客を選んだ。
つまり、少し非合法な依頼も舞い込んでくる。
また彼も気まぐれに仕事を選んだ。
アウトローな賞金首の飛行型バイクや、貴族の古い時計。闇取引される機械製の人間のパーツ……
この国、他のほとんどの国もそうだが、人間改造を法律で禁止している。
つまり、人間のサイボーグ化。
10年ほど前。
かつて世紀の天才機械技師と呼ばれたある男が、
人であることを超えたサイボーグ人間をつくった。
それは失敗し、暴走したサイボーグが街を1つ破壊した事件があった。
慌てて国々は禁止の令を出したが、人の欲望心はあっという間に芽生え、今でも密かに人間改造技術を持つ【神の御手】と呼ばれる技師がいるらしい。
2日前の新聞を手に、書かれているウィンビルドの悲劇である「サイボーグ暴走事件」の記事を読み終えた彼は、やっと目の前に立つ女に目を向けた。
「何」
「依頼をしたいのですが」
マオルヴルフは作業用のゴーグルの下からじっと彼女の顔を見た。
深夜3時に訪れたこの客は、明らかにこの場に場違いな出で立ちだった。
(なんだ、この女)
マオルヴルフのごちゃごちゃした狭い工房に立つこの女は、見るからに上層部の者に違いなかった。
マオルヴルフは、ゴーグルを外しながら彼女を観察する。
薄いピンクのドレス(本人はきっと、目立たないように地味なものを選んだんだろう)に、我の強そうな、可愛らしい顔。
(この嬢さんはわざわざ深夜に来たんだろうけど、別に昼間来た方が自然だろうに……)
こんな工房に依頼しに来る人々は、何かしらやましいことを持っている奴らばかりだから、深夜に来ることはよくあることだ。
その女の方も、マオルヴルフを胡散臭げに見つめた。
腕は確かだと聞いてやって来たのだが、その店主の風体は酷いものだったからだ。
きっと何日も風呂に入っていないであろう、煤や機械の油で汚れた顔、元の色が分からない汚れた服にエプロン。
細かい作業をするのに邪魔なのか、前髪はおでこの生え際にガタガタに切られていた。
更に彼女が驚いたのは、この男の目だった。
左右で目の色がちがう。
恐らく右眼は正常な色なのだろうが、左眼の色が異常だった。
普通は光が入りハイライトがつくはずが、全くない。瞳孔もない。真っ黒だ。
その瞳からは、なんとも狂人的な雰囲気が感じられた。
(早く済ませよう……)
それにしても、この工房を早く離れたかった。
薄暗くて乱雑としている小さな部屋で、目の前にいる男は噂の変人。
彼女は鞄から、ハンカチに包まれた小さな依頼物を取り出した。
「この小箱を開けて欲しいのです」
彼女がおもむろにハンカチを解くとそこには小さな箱があった。
「!?」
マオルヴルフは咄嗟に小箱を手に取った。
「ちょ、ちょっと!これは大切な者なんです!
もっと丁重に扱って下さい!」
彼女はわめくが、そんなことは耳にも入らないようで、マオルヴルフは食い入るように小箱を触る。
彼は気に入った機械や複雑な回路には、どんな状況でも目が離せなくなる。
どんなに難しい依頼でも、自分が気に入った機械なら、3日間は不眠不休で作業に没頭する。
「この箱を必ず開けて下さい。中に入っているものについては、追求無用です。これは……」
彼女は、自分の主人に念を押された項目を伝えた。
「……本当に大切なものです」
「……」
(聞いてない……)
マオルヴルフはまだ鼻息荒く箱をみつめていた。
(どうしてあの方はこんな人を選んだのかしら)