選ばれてしまった男-1
新章です。2人目の主人公の視点になります。
召喚より数十時間前――――
深夜、関東のとある港にて。
海外からのコンテナ船がひっきりなしに入港しては大量の積荷を降ろし、輸出用の新たな積荷をたっぷり積んで旅立っていく姿が日常的に見られる日本有数の巨大港湾地区、その一角。
煌々と照明に照らし出されながらコンテナの積み下ろし作業を行っている貨物船が存在した。10メートル以上もの長さがある大型コンテナがガントリークレーンによって持ち上げられ、岸辺で待機していた大型セミトレーラーの荷台へと降ろされる。
一見よくある光景だが、トレーラーを取り囲む男たちは普通の作業員からは程遠かった。
妙に目つきが鋭く荒っぽい雰囲気が滲み出している者ばかりで、手首や首筋から刺青がチラチラと垣間見えている人物も少なくない。おまけに共通して胸元が服の内側から不自然に膨らんでいる。
男たちの中心には高級なスーツを着込んだ年長の男性が存在し、彼の前後左右を固め、付近に怪しい者がいないか目を光らせている。
トレーラーの付近には数台の乗用車が並んで止められており、全ての車が外からの視線を遮るためのスモークガラスを備えていた。
クレーンとの接続が解除された荷台上のコンテナへ男たちが取りつく。厳重に施錠されていた扉が開き、中身が露わになる。
コンテナの中身は大都市を戦場に変えられるだけの大量の武器弾薬と、大都市全体を汚染できるだけの大量の麻薬だった。
海上での長旅で痛まないよう入念に保護されていた積荷の状態を確認し、問題なしと確信した男たちの間に凶悪な笑みが広がる。
男たちは日本人ではなく、大半が密航船や偽造パスポートで密入国してきたチャイニーズマフィアの構成員だ。高級スーツを着ている男は本土の組織から送り込まれた幹部であり、今回の日本侵攻作戦の指揮官を務める。
異国の大都市とはいえこれだけの武器と商品があれば手中に収めるのは容易い。幹部はそう確信していた。
『よし、すぐにアジトへ運び込むぞ』
コンテナを施錠し直すと男たちは乗用車へ乗り込み輸送を開始する。
輸送団は2台のSUV、高級セダンとライトバン、護送対象のコンテナを積んだトレーラーの計5台で構成。
前後をSUVが固め、前方からセダン・トレーラー・ライトバンの順番で挟まれる形になる。セダンは幹部と運転手、それ以外の車には護衛の男たちが乗り込んでいる。
先頭のSUVの車内では護衛たちが雑談に興じていた。万が一襲撃を受けた場合に備え、また周囲の目が届かない車内という事で持ち込んでいた武器を露わにしている。
『お前、緊張してるのか?』
後部座席に座る護衛が、落ち着かない様子を見せている隣の若い男に声をかけた。
『び、ビビッてなんかいませんよ! ただこんな重大な仕事に加わるのはこれが初めてで……』
『安心しろ、例えこの国の警察やヤクザが襲ってきたって何もできやしないさ』
護衛は若い部下へ見せ付けるように、膝の上に置いていた中国軍からの横流し品であるアサルトライフルを手で叩き、
『日本の警官に採用されているのはちっぽけな拳銃がほとんど。ヤクザ連中が手を出してきたとしても、せいぜい密輸で手に入れた拳銃か猟銃、それか燃烧瓶ぐらいだ。軍用のアサルトライフルを持つ我々に敵いやしないさ』
彼の言う通り、今回参加している護衛は全員拳銃弾や散弾をストップできる防弾チョッキを着込み、懐へ拳銃を忍ばせている以外にも車内に積んでおいたアサルトライフルやサブマシンガンで武装済みだ。
仮に火力が足りなくなったとしても、その時はコンテナ内に積まれている更に強力な重火器を引っ張り出せば楽勝だろう。
『おまけに俺たちの車は防弾なんだぜ? ヤクザの拳銃程度じゃ窓ガラスだって貫けねぇよ。この車に乗ってる限り俺たちは無敵さ!』
前部助手席の仲間も話に加わり自信満々に断言した。先輩たちの言葉に安心した若者は両足の間に突っ込んである銃の位置を調整してから視線を外へ向ける。
車列は港湾区画を抜けて事務所や倉庫、駐車場が点在する区域へ。中央分離帯で区切られた片道2車線の道路が続く。
対向車を見かけないまましばらく走行していると交差点が見えてきた。
その手前に大きな影が存在した。箱型荷台の大型トラックが、車線の半分を塞ぐ形で停車しているのが街路灯にぼんやりと照らされている。2次事故防止用の停止表示灯が置かれているのも見えた。
にわかに護衛たちの間で緊張が走る。
『警戒しながら通過しろ』
先頭のSUVが停車しているトラック後部より十数メートル手前まで接近したその時、トラックの前方側から別の車両が急に飛び出して車列の行く手を完全に塞いだ。
大型トラックよりは一回り小さい中型のダンプカー。それでもSUVより幅も車高も大きく、このまま突っ込んだら当たり負けするのは間違いない。
SUVの運転手は急ブレーキ。乗っていた全員がダッシュボードや前の座席に体をぶつけそうになった。先頭に合わせて続く車列も短く横滑りしながら停止した。
急停止した先頭のSUVをダンプの荷台から照射された強烈な光が照らし出した。真っ白な閃光のせいで目が眩む。
次の瞬間、SUVのフロントガラスに大量の亀裂が生じた。防弾であるはずのガラスに次々と穴が穿たれ、一瞬で運転席と助手席の男が蜂の巣になった。
(何で防弾じゃ――――)
『襲撃だ! 襲撃――――』
その1秒後、続いて降り注いだ銃弾が後部座席の若者と上司の疑問と警告と命をまとめて掻き消した。
「今だ行け、GOGOGO!」
鷹谷徹が無線に接続したヘッドセットに吼えると、乗っているトラックが動き出すのが伝わってきた。
徹たちのトラックも箱型荷台付きのタイプで、普通のトラックと違い防弾処理が施してある。
駐車場で待機していたトラックの荷台には徹以外に武装した男たちが複数名乗り込んでいる。勿論徹も例外ではなく、完全武装だ。
トラックが動いていた時間はごく短く、急ブレーキがかかるのを感じ取った徹はバランスを崩さないよう腰を落として踏ん張る。トラックが止まったという事は目標の車列の退路を塞いだ証だ。
ここから先は徹たちの出番だ。
「こっからは戦争の時間だ。分かってるなはみ出し野郎ども、死にたくなけりゃ訓練通りにこなしてみやがれ! 」
「「「「「おおうっ!!」」」」」
荷台側面のスライド式扉を開くと、予想通り輸送車列の最後尾がすぐ目の前に存在した。車両編成も事前の情報通りだ。
徹たちの位置からでも、車列の行く手を塞いでいるダンプの荷台に搭載した武装――3脚付きのM240汎用機関銃によって先頭車に銃撃を加えているのが見えた。機関銃と一緒に据え付けたサーチライトと街灯のお陰で暗視装置がなくても事足りる程度に明るい。
「A班、俺が援護するから後ろから出ろ。流れ弾に注意。B班、機銃の弾ぁこっちに流すなよ。前2台だけ叩けば十分だからな!」
第1段階は順調だ。 襲撃されたチャイニーズマフィアの連中が大いに混乱しているのが手に取るように伝わってくる。
どうやら日本のヤクザ如きが軍用の機関銃を持ち出してくるとはこれっぽっちも予想していなかったらしい。
M240機関銃が使用する7.62ミリ×51ミリNATO弾は軍用の大口径弾だ。拳銃弾や散弾とは比べ物にならない威力と貫通力を誇る。この機銃掃射を耐えたければそれこそ軍用車両クラスの装甲車を持ってこなければなるまい。
開け放った側面扉より上半身だけ覗かせて銃を構える。
徹が使用する銃はMK47Kという種類の銃だ。各国の軍隊や警察で採用されているコルト社のM4カービンライフルを他の銃器会社が独自の改良を加えて開発した中の1つにあたる。
この銃の大きな特徴は大半のM4系列とは違い、ロシアの代表的銃器であるAK47の使用弾薬と同じ7.62ミリ×39ミリ弾を使う点だ。オリジナルのM4は5.56ミリ×45ミリ弾を使用する。
AK47は『世界最小の大量破壊兵器』とも称されるほど世界中の紛争地帯で用いられており、お陰で弾薬の補給が容易い(あくまで紛争地帯での話であって日本での調達はまた別だが)。また大口径なので威力もM4より高い。
全体的なシルエットはM4に近いが、マガジンの挿入口がAK系列に近く、かつ素早い装填が出来るよう改良が加えられている。AK47が使えるマガジンならこの銃も同様に使用可能なのも便利な点だ。
MK47を開発したCMMG社がこの銃に名付けたニックネームはその名も『ミュータント』――――言い得て妙だ。M4カービンの扱いやすさと安定性、AK47の威力と補給のしやすさが融合したこの銃を、徹は気に入っていた。
徹が使うMK47Kは通常よりも銃身が短く振り回しやすい。肉抜きされたハンドガードに銃を安定させるためのフォアグリップと目潰し兼用のフラッシュライト、照準器にEOテック社製のホログラフィックサイトを定番の組み合わせにしている。
加えて火力を高めるためにAK47用の75連発ドラムマガジンも装着済みだ。念には念を入れて持ってきた全てのマガジンには貫通力を高めたAP弾を装填してあった。生半可な防弾装備は通用しない。
徹はまず最後尾のSUVに狙いを定めた。目標は運転席。トラックの高低差の関係で運転手が見えないので、屋根越しに撃ち抜く。
セレクターはフルオート。ストックを右肩に押し付けサイトを覗き込む。一瞬だけ引き金を絞り、短い連射がMK47Kから放たれた。
SUVの天井に次々と弾丸が突き刺さった。狙い通りAP弾が天井を貫通した証に、後部ハッチの窓ガラスまでへばり付くほど盛大な血飛沫が車内に飛散するのが分かった。仲間の肉片を浴びてパニックになった護衛の悲鳴が徹の元にまで届いた。
これで死体をどかさない限り最後尾のSUVは動けない。それ以前にヤクザのトラックが道路の前後を完全に封鎖している。
「GOGOGOGOGO!!」
鳴り響く銃声に負けじと大声で指示を飛ばす。それを聞いた車内のヤクザたちも荷台の後部ドアから飛び出していく。
何も知らない一般人がこの現場に出くわしてトラックから現れた男たちを見ていたら、彼らの事をヤクザではなくどこかの軍隊が攻めてきたと勘違いしただろう。彼らはそれほどの重武装をしていた。
海外からの密輸品や在日米軍の不良軍人から購入した上でカスタマイズしたアサルトライフルを構え、サブアームとして拳銃やサブマシンガンも装備。武器だけでなく防弾チョッキとタクティカルベストも着込み、無線機に繋がったヘッドセットを装着と、装備面も充実している。
そして最もヤクザらしからぬ点は男たちの身のこなしだ。拳銃片手に雄叫びを上げて闇雲に突撃……といったよくある任侠映画の鉄砲玉からは程遠い。
全員がピタリと両手でアサルトライフルを構え、落ち着いた歩調で車列の側面へ回り込むその規律だった部隊行動は、完全に軍隊のそれだ。予想だにしていなかった火力を叩きつけられて泡を食い、車から出るのが遅れて迎撃態勢を未だ取れていない輸送部隊の護衛という比較対象が存在している分、彼らの動きはより際立って見える。
トラックから降りた男たちが車列の側面に移動し終えたのを確認した徹は、射撃をSUVへ加え続けながら無線のマイクに告げる。
「A班――――自由射撃許可。きっちり息の根止めるまでブチ込んでやれ」
直後、一際盛大な銃撃の大合唱が深夜の空に鳴り響いた。




