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選べなかった男-5

遅れた理由:手首に疲労蓄積&初めてのアレルギーで目がム○カ状態でした



「聞きたい事、知りたい事は山ほどあられるでしょうが、これから順番に説明させていただきマス――――とその前に、預からせていただいてました服をお返ししますネ」



 エルフの少女もそう言うと、テーブルの上に畳んで置かれていた涼の学生服をうやうやしい手つきで差し出してきた。



「ありがとうございます……」


「いえお気になさらズ」



 可憐な微笑を浮かべて椅子に腰を下ろす少女。直視できなくてそっぽを向きながら学生服の上着を着込む。ポケットへ入れっぱなしにされていた弾薬箱が脇腹にぶつかる感触がした。


 少女が椅子に座ると、ガゼルと呼ばれていた女騎士が少女から1歩分斜め後ろに陣取り、直立不動の姿勢を取った。配置としては少女とガゼルは2人並んで窓を背負う格好だ。


 最初は顔を見れなかった涼だが、学生服を着てからはエルフの少女に視線を固定せざるをえなくなった。


 あまりの美しさに目を奪われたとかそういうのではなく、他に視線の置き場がないせいだ。ちょっと視線を動かせば異様な雰囲気の外国人やエルフの男たちの姿が目に入ってしまって怖い。


 何よりすぐ隣に座る人物の存在が最も恐ろしい。


 地下空間に現れた男性2人組の片割れである凶眼の色男。元より涼の苦手な雰囲気の持ち主であるのもさることながら、あからさまに涼を警戒していたあの態度が脳裏に刻まれてしまっており、非常に気まずい。


 ちらりとさりげなく男性の様子を伺ってみる。即座に目が合った。涼はすぐさま視線をエルフの少女に戻した。心臓が止まりそうなほどの驚きだった。



「その前に……まず、お2人のお名前を教えていただけませんカ?」



 隠す事でもないので正直に答える。



「ま、槙村涼といいます」


「マキムラ・リョウ様……マキムラが姓で、リョウが名ですネ?」


「は、はいっ、合ってます」



 少女の視線が横へ動き、色男を捉えた。


 彼は左の肘をテーブルに載せ片頬を突きながら少しの間少女を見つめ、やがてこう答えた。



「名無しの権兵衛」


「ナナシノ・ゴンベエ様ですカ」



 男性の頭が手の上から滑り落ちて勢いよく天板に激突した。すぐに顔を上げ改めて少女の顔を見つめた色男は、心底不思議そうな表情をしている少女の姿を前に大きな溜息を漏らし、



「……今のは冗談だ。タミヤとでも呼んでくれ」



 と、訂正した。偽名なのか、それとも本名なのか涼には分からない。



「貴様、姫様を謀ろうとしたのか」



 彼の物言いが気に入らなかったらしい、ガゼルが血相を変えてタミヤを睨みつけた。


 タミヤとガゼルの間に挟まれる配置の涼は自分も一緒に睨まれた気分になって身を竦ませてしまう。長身の美人が殺気をこめて放つ視線はそれだけで凶器じみた鋭利さだ。


 睨んでいるのはガゼルではなく、涼とタミヤを取り囲む男たちも同様だった。涼は今すぐこの場から逃げ出ししたい衝動に駆られた。



「悪かったな、だが嫌味の1つでも言ってやりたくなるこっちの気分も分かって欲しいもんだがな、クソッタレめ」



 小さく呟かれた最後の悪態はすぐ前に座る涼にのみ聞き取れた。



「いいのですガゼル。こう言われてしまっても仕方がありまセン」


「……はっ」


「それでは貴方がたが今知りたいであろう事柄について、順番に説明させていただきます」



 目を瞑って深呼吸をする少女。次に目を見開いた時、透き通るような空色の瞳には決意と覚悟の光で輝いていた。



「確認させていただきますが、お2人のご出身はチキュウのニホンという国で間違いありませんカ?」


「ああそうだ」


「やはりそうですか。良かった……」



 タミヤの回答に少女は胸を撫で下ろす。



「まず、この世界は貴方がたが生まれ育ち、暮らされていたニホンではありまセン。ここは貴方がたからしてみればいわゆる異世界、というものになりマス」


「そんな――――っ…………」



 居並ぶ人々の人種やエルフ耳から薄々そんな気はしていたが、改めて言葉にして宣告されるとバットで強く殴られたような衝撃が頭を貫いた。めまいすら覚え、頭を抱えたくなった。


 打ちのめされる涼の後ろではタミヤが「そんな気はしてたよ」と吐き捨てた。



「んで、俺らみたいなのが異世界くんだりに召喚されたワケとそいつをやらかしやがった張本人はどこのどいつだ?」


「仮に教えたとしてどうなさるおつもりなのでスカ?」


「決まってんだろ? そいつの鼻っ柱をイヤってほどぶん殴って、すぐに俺たちを地球へ送り返してもらうのさ」



 真面目くさった顔でタミヤは宣言した。少女は困ったような顔をした。タミヤと彼女と涼以外に部屋にいる者全員がひどく殺気だった気配を放ちだした。


 そして涼は、今にも自分たちを殺しにかかかりそうな彼らの形相に小便を漏らしそうになった。



「あの……私なんデス」


「えっ、と、何がですか?」


「私が――――この私、アリーゼ・アグスタ・ウェストランドが貴方がたを召喚した張本人なのデス」



 申し訳なさと若干の恐怖を浮かべながらも己の所業を告白した少女に対し、殴り倒すとたった今まで息巻いていたタミヤがとった行動は。



「――――ブラディヘル」



 と、異国の言葉で罵倒しながら天を仰ぐことであった。


 しばらく顔を向けたまま考え込んでいる様子のタミヤは、やがて荒っぽく頭を掻き毟ってから少女に向き直る。



「今のは保留にしておいてやっから俺の気が変わらないうちにさっさと洗いざらいぶちまけやがれ、今すぐだ」



 周囲の空気がどんどん剣呑になっているのは分かっているだろうに、よくもまぁふてぶてしい態度を保てるものだと涼は感心してしまいそうになり、今や物理的に突き刺さりかねないぐらい刺々しくなったガゼルの目つきを見てすぐさま今の感想を取り消した。


 同時に、取り巻きがこれほどの反応を見せるほどの忠誠が向けられているエルフの少女の正体が気になった。


 召喚という名の異世界間誘拐をやらかした張本人であると告白した彼女は一体何者なのだろうか。


 タミヤから脅迫じみた言葉を向けられても毅然とした態度を保っていられる彼女の心の強さに、涼は少しだけ嫉妬と羨望を覚えた。



「オホン……そして貴方がたを召喚した理由デスガ」



 言葉を区切った少女は椅子から立ち上がると涼とタミヤ、2人の前まで移動するとおもむろにその場で跪いた。


 単に跪くのみならず、質素とはいえ清潔に保たれたドレスの裾が汚れるのもかまわず両膝を床に突き、重ねた両の手も床に当てると、最後は額が床に触れるほど低く平伏した。


 どこからどう見ても完璧な土下座であった。


 頭を床に擦りつけながら少女が懇願する。



「どうか貴方がたの御力でもって、この国を邪悪なる者たちから取り戻し、我が種族を救って頂きたいのデス」









 室内がにわかにざわめいた。男たちの動揺が手に取るように伝わってくる。少女がここまでするとは彼らは知らされていなかったのかもしれない。



「え、いや、あ、えっ?」



 麗しいエルフ少女にいきなり土下座された涼はといえば、反応に困ってうろたえるばかり。


 助けを求めるように視線をさまよわせているとガゼルと視線がぶつかった。彼女の目は「拒否すれば殺す」と明白に語っていた。恐怖のあまり涼の口の中は干上がった。


 蛇に睨まれた蛙そっくりに凍りついた涼の後ろからタミヤの溜息が聞こえた。



「……さっさとツラ上げな。んな恰好じゃ話すもんも話せやしねぇ」


「しかし……」


「アリーゼ様、彼らもこう仰っているのです。アリーゼ様がそこまでなさる必要はありませんよ。ああ御召し物が……」



 援護射撃とばかりにタミヤの尻馬に乗ったガゼルが言い淀む少女……アリーゼを椅子の上へ連れ戻す。



「つまり何か、邪悪な連中とやらから国を取り戻してテメェらが助かりたいがために、俺とそこのガキを異世界くんだりまで強制連行ぶちかましてくれやがったってことか、ああ?」


「そういう事になりマス」


「オーケイ、やらかしてくれやがった事について文句は山ほどあるから最後に回してやる」



 ガゼルに負けず劣らず剣呑な気配を放ちながらタミヤは質問した。



「それで、何で地球上に70億人もいる住人の中からわざわざ俺らを選びやがったんだ? しかも口ぶりからすっとある程度狙い撃ちしての召喚だ、そうだろ?」



 召喚者であるアリーゼは涼とタミヤが地球の日本出身であると知っていた。彼女とガゼルが今話している言語も日本語で、しかし流暢ではあるが発音に奇妙な訛りがある。


 涼が目覚めた際に解読不能な言語を口走っていた点から、近頃アニメやラノベで流行っていた異世界召喚系作品のように異世界でも当たり前のように日本語が使用されている、という展開も怪しい気がした。むしろ日本語を話せるアリーゼとガゼルこそ特別なのかもしれない。


 何故彼女たちは日本語を話せるのか。


 それが涼とタミヤが召喚された理由の根幹を成しているのではと、涼はなんとなく確信した。



「それにつきましては私から説明を」



 別の男性が日本語で会話に加わった。涼を囲んでいた男たちの中では最年長の、初老になろうかというロマンスグレーの男性だ。耳の形からエルフと分かる。



「話に横入り、失礼いたします。私はアリーゼ様の下で古参の従卒を勤めておりますエタンダールと申します」



 自己紹介するエタンダールの日本語は非常に流暢で訛りもほとんど感じられない。声だけを聞けば異世界人だとは思えない綺麗な発音だ。



「最初から事情を説明させていただくとなりますと少々お時間が必要になりますが、なにとぞ御寛恕ください」


「はぁ……」


「だったらさっさと説明してくれや」


「承知しました」



 ぞんざいな態度でタミヤから話を促されたエタンダールはアリーゼの隣まで移動してから話の口火を切った。



「話の発端は二十数年前……地球の暦ですと西暦199×年頃まで遡ります」



 異世界人の口から地球の暦の話が出てくるのは変な気分だ。


 エタンダールの発言に後ろに座るタミヤがぴくり、と僅かながら反応したのに涼は気づかなかった。



「我らが仕えておりました国、ウェストランドはエルフの王族の元、人々が幸せに暮らしていた平穏な国でした」


「ウェストランド――ウェストランド? それってまさか」



 ハッとなって涼はアリーゼを見た。少女は俯いてエランダールの話に耳を傾けている。



「しかし突如としてエルフと敵対関係にあったダークエルフ族とオーク族の軍勢がウェストランドの侵略を開始。侵略軍は瞬く間にウェストランドの大部分を支配下に置いたのです」



 そこまで語ったエランダールは顔を悲痛そうに歪めて黙り込んだ。すぐに話を再開する。



「侵略を受ける直前の話です。当時ウェストランドでは王家主導の下、新たな秘術が研究されていたのですが、その最中事故が発生し……結果、異世界からの人物が複数名この世界へ転移してくるという事態が発生しました」



 エランダールの瞳が涼を見据える。


 期待と憧憬が入り混じった複雑な視線だった。



「魔法実験中の事故でとはいえ誘拐したも同然。王家の方々は異世界からの来訪者たちを手厚く保護しました。

 ……そう、事故で召喚してしまった方々こそ、貴方がた2人と同じ地球の日本で暮らされていた異世界の方々だったのです」



 そこまで語り終えたエランダールの頭部に次の瞬間、窓から飛び込んだ銃弾が命中した。


 エランダールの頭の破片が涼へと降りかかる。即死したのは間違いない。






 それからの展開は怒涛のごとく進行した。


 人間の頭の中身を浴びてパニックに陥った涼をタミヤが椅子から引きずり倒し、周囲のエルフや人間たちはどこからともなく持ち出した銃器で武装しだしたかと思うと、アリーゼからこれまたどこから取り出したのか涼が召喚前に所持していた猟銃を手渡され、次の瞬間には爆発に襲われ。


 そして完全武装の兵隊が男たちを皆殺しにした。兵隊の正体は醜悪なオークだった。


 涼も戦おうと思えば戦えた。経緯はどうあれその手に武器を持った以上は戦いに挑む選択肢だってあったにもかかわらず、涼にできたのは悲鳴を上げて蹲る事だけだった。


 戦うという選択ができなかったせいで、涼も数秒後には男たち同様射殺される運命だ。


 ファンタジーの人種らしからぬ武器、短く切り詰めて銃剣を生やした中折れ式ショットガンへの弾込めを涼の見ている前で終わらせたオークが楽しげな凶悪な笑みに顔を歪める。


 逃げようとするでもなく、命乞いをするでもなく、そして戦おうともしない。


 生き足掻くという、本来生存本能的に動いて当たり前の選択すら、槇原涼には選べなかった。


 選択しないまま殺されようとしている自分自身に涼は絶望した。



(結局――何も選べないまま僕はここで死ぬんだ)



 何もできないまま。何も選べないまま。


 絶望を抱きながら死んでいくのだ。


 そして銃声が鳴り響いた――――














 ……なのに何故か、涼はまだ生きていた。


 銃声は確かにした。だけどまだ死んでいない。


 理由は目の前に立つオークが教えてくれた。



「え……?」


『Aa…………?』



 涼を処刑しようとしていたオークが首元に手を当てて立ち尽くしている。人間よりも太くごつごつとした指の間からドス黒い液体が漏れ出していて、液体はやがてオークの口からも溢れ出た。


 口の中で泡立つ液体の正体がオークの命の源である血液であると悟るまでしばしの時間が必要だった。涼だけでなくオークの仲間の兵隊たちも驚愕で凍りついている。


 撃たれたオークの視線が不安定に揺れながら横へと動いた。涼も釣られて視線を追いかける。横倒しにされた上、爆発によって天板の表面が黒く焦げたテーブルが鎮座していた。


 兵隊からは天板に遮られて見えないが、涼の位置からは天板の陰に屈んで息を潜めていた人物の姿が目に入った。





 涼と一緒に召喚された人物、タミヤがそこにいた。


 その手には、銃口から硝煙をくゆらせる拳銃。




次回より視点変更されます。

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