選べなかった男-2
微妙に投下宣言を守れてなくてごめんなさいorz
――――昔から、肝心な時に選択するのが苦手だった。
例えばアイスクリームが2つあり、選んで食べる事ができるのは1つだけだと言われたとする。
どちらの好物を選ぶべきか取捨選択しなくてはならないと頭では分かっていても、何時まで経っても迷い悩み続け、気がつけばどちらのアイスも手の中で溶けてしまいどちらも食べられずじまいに終わってしまう……槙原涼はそんな人生ばかりを送る人物であった。
例えば学校での委員決め。どの委員に立候補すればいいのか迷っているうちにどんどんクラスメイトが手を上げ、涼が見ている前でやりたい役職に就いていく。
空いている役職はどんどん減っていき、やがて何のためにあるのか分からなかったり、いかにも面倒そうで誰もやりたがらないせいで最後に残った役職が涼に押し付けられる事になる。
理由は彼しか残っていないから。事実だから文句もつけられない。
そんな、他人から貧乏くじばかりを押し付けられる人生がずっと続いている。
救いようがないのは貧乏くじばかりを惹く最大の原因が涼自身にあると自覚していながら、自分を変えられず、ずるずると同じ事を繰り返す人生を続けてしまっている点だ
押し付けられる前に行動を選択すればいいのにそれができない。己を改善するという行動すら選べない。
涼には双子の妹がいた。成績優秀、運動神経抜群、男女問わず人気があって校内有数の美少女という絵に描いたような完璧な妹。情けない兄とは大違いだった。
最も兄からかけ離れているのは妹は即断即決を美徳としている点だ。
それはきっと、うだうだぐじぐじ迷ってばかりの兄の背中を反面教師にしたからに違いないと、涼自身そう分析している。
だが兄妹仲は決して悪くはなかった。優柔不断で弱気な兄と完璧人間の妹。周囲からの評価もその程度に留まっていた。
転機を迎えたのは兄弟が中学に上がってしばらくした頃だ。
――――両親が事故で亡くなり、涼と妹は田舎に住む父方の祖父母に引き取られた。
引き取られてから知ったのだが(そもそも祖父母と顔を合わせるのも初めてだった)、祖父母、厳密には祖父と涼の両親は実は不仲だった。駆け落ち同然で家を出て行ったのが許せなかったらしい。
祖父母との関係は問題ではない。
新しく地元の学校に転校した直後から、涼はいじめの標的にされるようになったのだ――――……
ゆっくりと目が覚める。
光源がまったく存在しない洞窟の中にいるせいで、瞼を開けていようが閉じていようが見えるのは漆黒の闇だけだ。地面を感じる事はできても見る事はできない、そんな状態だ。
背中と右半身に感じる岩肌の感触から、涼は自分が今壁面に背を預け、右肩を下にして地面に横たわっている状態にあるのだとかろうじて自覚する事ができた。
背負っていた筈のライフルケースは知らず知らずの内に両腕の中に移動していた。ライフルケースを抱きしめながら眠っていた格好である。
ゆっくりを体を起こすとそれだけで全身が悲鳴を上げた。擦りむいた手のひら、ぶつけた肩や膝、無謀な山中放浪に痛めつけられた全身が苦痛を発し、上半身を持ち上げるだけでも一苦労だった。
喉がカラカラだ。空腹も酷い。
どのタイミングで意識を失ったのかも定かではなく、暗闇で何も見えないせいもあって自分がどの方向から来たのかも分からなくなっている。
にも関わらず、涼の精神は落ち着いていた。全身筋肉痛で飢えと乾きにもさいなまれている肉体だが、精神は逆にゆったりとした余裕すら覚えるようになっていた。
この暗黒の空間は妙に居心地が良い。洞窟の壁面は硬くはあるがつるりとしており、冷たくもなく暑くもなく、湿気も思ったより感じられない。過ごしやすい空間というのはまさにこの洞窟を指しているようだ。
ジッとうずくまっていると、まるで闇と一体化していく錯覚がした。それがまた心地良く、いっそこのまま分解されて溶けこんでしまいたいぐらいだった。
何故こんな空間に居心地の良さを覚えるのか、根本的な理由はまったく分からないが、いっそここで死ぬのであればそれはそれで幸せなんじゃないか――ぼんやりとそう思いすらした。
そんな、空虚な精神の深遠に沈みつつあった涼の精神をボロボロの肉体が現実へ引き戻す。
傷の痛みが治療を求め、痛みを覚えるほどの空腹感を覚えた胃が食料に飢えている。
そのどれもが辛く苦しかった。ずっとこの暗黒の揺りかごにひたっていたいのに苦痛が邪魔だった。
だが苦しみをどうにかしようにも、治療の手段も飢えを抑える食料も涼は持ち合わせていない。
いや。
苦痛と飢えから開放される手段ならあるではないか。
「………………」
ライフルケースを引き寄せると手探りでジッパーを見つけて下ろしていく。
中に手を突っ込み、ぎこちない動きでレミントンM700ライフルを引っ張り出した。続けて弾薬が入った紙箱も探り当てる。
祖父のレミントンM700が使用する弾薬は.300ウィンチェスター弾、またの名を7.62ミリ×51ミリNATO弾。数十発の弾丸が詰め込まれた手のひら大サイズの紙箱は大きさの割りにズシリと重い。
パソコンで猟銃の扱い方を調べた際(インターネット万歳)、銃をケースに入れて運ぶ場合は必ず弾薬を銃に装填したまま運ばないようにと書いてあったのを鵜呑みにした涼は、その通り猟銃と弾薬を分けてガンケースに入れていた。
今となっては説明通りにしてしまった自分が恨めしい。使い方はネットで覚えられても真っ暗闇の中で操作するとなれば話は違う。指先の感覚だけで紙箱から弾薬を取り出し、猟銃へ弾薬を装填しなければならないのだ。
(まずボルトを引いて……ボルトってどれだったっけ?)
疲労と空腹で記憶領域に活動が低下してしまっている自覚もないまま、どこから操作すればいいのか猟銃のパーツに指を走らせた、その時だった。
遠くで何かが震える音が、涼の元へ伝わってきた。
それは実際にはかすかな空気の振動にすぎなかったのだが、長時間暗闇で過ごす間に自然と互換が研ぎ澄まされた涼の感覚は的確に音を感じ取る。
変化は音だけではない。
「あれは……ひかり……?」
真っ暗闇の空間にぽつん、と光が生まれていた。
光は洞窟全体を照らし闇のカーテンを拭い去るにはあまりに小さ過ぎる。だからこそ逆に、暗黒空間で小さく輝くその光はより際立って見えた。
しばらくの間、涼は空のライフルと弾薬箱を手にしたまま茫洋となって光を見つめる。
光の正体が無性に気になった。小骨がのどに引っかかったような気分になった涼は、このまま自ら命を断つにしてもあの光が何なのか確かめてからにしようと考えた。
ライフル弾の紙箱を無造作に学生服の外ポケットへ押し込む。ライフルを杖代わりに体を支え、滑らかな壁面へもたれかかり半身をこすり付けるようにしながら、おぼつかない足取りで光へ向かって歩みだす。
1歩踏みしめるたびに痛む体に顔をしかめながらも足は止めなかった。これほど強固な意志で行動するのはこれが初めてかもしれなかった。おそらく最初で最後になるだろう。
歩けば歩くほど光は大きさを増す。目に分かる変化が、涼の体をより突き動かした。
疲弊した体を引きずって歩くこと数分、とうとう光の出所が見えてきた。
人ひとりが何とか通り抜けられるぐらいの隙間から白い光が射し込んできている。光の規模は今や暗闇に慣れた目には眩しく感じるレベルの光量にまでなっていた。
目を細めながら涼は隙間を通過した。向こう側の空間へ、ゆっくりと足を踏み入れる。
割れ目の奥に広がっていたのは――――