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プロローグ:ブラッドバス

サクサク進めていきたいと思います。

『行方不明の猟師、1名見つかる』  ~199×年××月××日~


 “先月×日頃より行方が分からなくなっていた猟友会所属の猟師3名のうち、○○町在住の――――さん(3×歳)が倒れているのを通行人が発見、保護されました。

 現場には――さん以外にも5歳前後の子供が意識を失っての倒れているのが見つかっており、――さんが意識を取り戻し次第、子供の身元と残りの行方不明者についての情報を――“






=======================================






 ――目の前で男性の頭が吹き飛んだ。






 外から飛来し窓ガラスに穴を穿った銃弾頭蓋骨を破壊し、反対側へと突き破り、飛び出した射出口から頭部の中身が飛び散る瞬間を、槙原涼(まきはら・りょう)は目撃した。目撃してしまった。


 それどころか飛び散った脳漿の欠片や鮮血は壁や天井、少年の前に配置された分厚い1枚板のテーブルを汚し、更に一部は少年の上半身へ降りかかりすらした。


それぐらい、間近での出来事だったのだ。



「な、ひ、…………っっっ!!?」



 引き攣った悲鳴を吐き出せたのは最初だけだった。


 誰かの頭部が吹き飛ばされる光景を見るのはもちろん初めてだ。高校生になったばかりの少年にはあまりにショッキングなものだから、涼は呼吸すら忘れて椅子に座ったまま呆けてしまう。


 ぽたぽたと、前髪から降りかかった鮮血が滴り落ちる。


 凍り付いた少年とは対照的に周囲の反応は迅速で激しいものだった。



『敵襲だ!』


『武器を集めろ、囲まれてるぞ!』



 叫び声が交錯する。


 周囲がどんな会話をしているのか、具体的な意味はこれっぽっちもわからない。涼の周囲の人々が発している言語は明らかに日本語ではなかった。学校や映画で聞き学んだ英語とも違う。


 ……正確には『人々』という表現も少々語弊があった。


 意識を取り戻してからこの数十分、見かけた人物の半数以上は人間――ただし日本人ではなく白人系ばかり――だったが、残りの数割は違う。



『姫様と彼ら(・ ・)を逃がすんだ! 早く!』



 凛々しい美貌の女性が指示を飛ばしている。彼女の耳は長く、歪な二等辺三角形をしていた。


 その女性に守られるようにして立つ少女もまた同じような笹の葉状の耳の持ち主だ。せっかくの可愛らしい美少女なのに、凛々しい女性ともども焦りに顔を歪めて美貌を台無しにしている


 ――エルフ。ファンタジー要素がある物語ではお馴染みの神秘的な存在。


地球では本来架空の存在なのだが、現在涼がいるのは地球ではなく異世界だ。少なくとも涼は彼女らからそう聞かされている。


 異世界さんのファンタジーな存在の割に、中身は人間と大差ないらしい。頭部の一部を破壊されて斃れた人物もまたエルフだった。エルフが流す血も人間と同じ赤色をしている。



『持ってきたぞ!』



 武器を取りに行っていた男性が戻ってきた。エルフが実在するファンタジーな世界なら魔法の剣とか杖とか弓が主流……かと思いきや、女性が受け取った武器はそのいずれでもない。


 長く黒光りする鉄の筒と引き金を備えた――銃。


 勝手に目が吸い寄せられる。彼らが持つのは狩猟やクレー射撃に使うような、中折れ式の水平2連銃だ。


 エルフが銃。ここはファンタジーな異世界なはずなのに銃。ミスマッチな組み合わせのくせに、女性が銃を構える姿は妙に様になっていた。


 古めかしい長銃を手に身を隠しながら外の様子を伺う女性の姿は、昔テレビで見た西部劇の主人公を想起させた。



「リョウ様、御身体は無事なのですか? リョウ様!」



 少女が心配そうに声をかけた。周囲のやり取りと違って、彼女の言葉は容易に理解できた。


 何故なら少女が発した言語は日本語だった。少々発音に訛りがあってつたない口調ではあるが、まぎれもなく日本語だ。



「――――――――――ぁっ、はっ、はっ、はっ……!」



 復活した肉体が一転して酸素を求め荒く早い呼吸を繰り返し始める。


 頭から他人の頭蓋骨の中身を引っ被っている事を遅まきながら自覚した涼は必死に学生服の袖で顔についた分を拭おうとする。布地がどんどん赤黒く汚れていった。



「ひっ、ひっ、ひっ、ひっ、ひっっっ」


「――いつまでボンヤリ座ってやがる!」



 別の方向から、今度は男性の日本語の声が聞こえたかと思うと、涼の身体は無理矢理椅子から引きずりおろされた。そのまま床の上に転がされてしまう。


 涼を引きずり倒したのは日本人の男性だ。長袖のシャツの上に釣り人や猟師が着ているような、ポケットを多数備えた黒色のベストを着込んでいる。


 顔立ちは率直に言って俳優かアイドルと言われても不思議ではない色男であるが、整った顔立ちをしている分チンピラじみた目つきの悪さが際立って目立つ。



「どっか撃たれたりはしてねぇか?」


「はっ、は、はひっ、多分!」


「……みてぇだな。このまま伏せてろ」



 色男は涼の状態を素早く確認すると次にエルフの死体を一瞥し、「糞が」と短く吐き捨てた。


 それだけ? 涼は心底不思議に思った。たった今人が、じゃなくてエルフが頭を吹っ飛ばされた上に、四散した頭の中身を涼は顔面から浴びることになったというのに。


 信じられないものを見るかのように愕然と色男を見つめてから、ふと涼は色男の名前を自分は知らないことに気づいた。


 ――そもそも彼は何者で、なぜ涼と一緒に居るのか。



「あなたは、一体……」


「リョウ様!」



 尋ねようとした涼の声が少女の呼びかけに上書きされてしまう。



「リョウ様もお武器を!」


「え?」



 少女の声に反応して振り返った涼の目に映ったのは、うやうやしく涼へ銃を差し出す少女の姿だった。


 彼女が持つ銃は、女戦士のエルフたちが持っている物とは別種の銃だ。涼はその銃のことに関してだけは他の銃器よりも知識を持っていた。


 レミントン・M700ライフル。


 ボルトアクション式で.308ウィンチェスター弾、またの名を7.62ミリ×51ミリNATO弾を使用するライフル銃。使い方をネットで検索した際に、必然的に銃の名称や仕様も自然と覚えこんでいた。


 この銃は元々は涼が自宅から持ち出した祖父の猟銃だった。


 そもそも何のためにこの銃を持ち出したのかを思い出して、涼の全身に冷たい汗が浮かんだ。身体がぶるりと震えた。思考とは裏腹に少年の両手は差し出されたライフルを勝手に受け取った。受け取ってしまった。


 ここから一体どうしろというのか。


 まさか――これを使って戦えとでも?


 部屋の外から、しゅぱぁ、という音が聞こえた。



「RPG!」


『逃げてください姫様!』



 男性が発した日本語と女性の意味不明な言語による警告の叫び。


 エルフの美女は逃げた。少女の腕を引っ張り、庇うようにして隣室へ転がり込むのが見えた。


 日本人の男性は伏せた。同時に両耳を手で塞ぎながらテーブルの天板を裏側から蹴り上げ、片側を押し上げられたテーブルは横倒しになった。


 それによりテーブルは這いつくばる男性と涼を守る壁と化した。倒れた瞬間の音がやけに重たかったので、もしかすると天板に何か仕込んであったのかもしれない。


 涼には何もできない。呆然となすがまま、事態に振り回されるばかり。


 槙原涼という少年はそういう存在だった。


 いつも選ぶことができずに流されるがまま。仮に選択しても、最後まで意志を貫き通すことすらできない情けない人間。


 ハンマーで殴りつけたような衝撃音。音の出所へ視線が向いてしまう。


 外へ続く玄関の扉の中心に鉄でできた円錐状の物体が新たに突き刺さっているのが見えた。扉の前で銃を構え、迎撃態勢を取っていた男たちがギョッと目を見開いたかと思うと、慌てて扉の前から逃げ出す。


 物体――ロケット弾が爆発した。


 閃光、そしてブラックアウト。


 見えない巨人の手で殴り飛ばされたかのように涼の肉体が突き飛ばされ、背後の壁に激突する。






 涼の意識が復活したのはほんの数秒後だった。爆発が起きた距離を考えると奇跡的な回復の早さだ。


 男性がとっさに横倒しにしたテーブルに守られていなければもっと酷い大怪我を負っていてもおかしくなかったが、吹き飛ばされた直後の涼の脳裏からは命の恩人である男性の存在など消え去ってしまっていた。


 とにかく背中が痛いし胴体側はもっと痛い。爆発時に生じた急激な圧力の変化により頭も腹も中身を激しくシェイクされた状態だ。


 激しい頭痛と耳鳴り、象に腹を踏みつけにされてるかのような圧迫感に苛まれた涼はうずくまって苦悶する。息が上手く吸えない。


 猟銃を手放さずにいられたのが不思議でしょうがなかった。



「が……っ、う゛え゛っ……」



 ダメージに耐えかねた胃から中身が逆流しそうになる。えずきながらも必死に酸素を取り込もうとかすれた呼吸を繰り返す涼の視界もまた爆発の影響で風景がかすんで見えた。


 ロケット弾の炸裂は扉だけでなく壁の一部も巻き込んで大穴を生み出した。特大の入り口から光が射し込み、瓦礫の中で倒れる男たちの姿を照らす。


 威力の割に人的被害は少なかったらしく、苦痛に顔をしかめて頭を振りながらも銃を手に彼らは立ち上がる。


 その時、光を背に大穴から巨大な人影が室内へ侵入してきた。


 目や光の錯覚でもなんでもなく、その人影は本当に巨大だった。背丈だけでも軽く2メートルは越している。縦にも横にも大きい。背後には同じぐらい大きな人影と普通サイズの人影が混合する形で複数続いていた。


 目を引くのは体格だけではない。最初に突入してきた大男は完全武装していた。


 掲げた左手に分厚い鋼鉄の盾。右手には銃身とストックを短く切り詰めたソードオフショットガン。それだけでなく銃口の下には大振りの銃剣(バヨネット)を備えていた。


 頭には目元だけを露出させる鋼鉄の仮面付きヘルメット。首から下も鉄製のプロテクターで各部の防護を固めている。まるで人の形をした装甲車だ。


 戦闘態勢を整え直そうとしていた男たちの顔色が青ざめた。



『オークのポイントマンだ!』



 大男のショットガンが火を噴いた。凄まじい銃声に涼の耳の痛みが余計に酷くなる、それほどの音量だ。


 近距離で散弾を食らった男が胸元から爆発的に血を撒き散らしながら倒れる。もう1発銃声が轟き、今度は別の男性の顔面が抉り取られた。拡散して命中しなかった散弾が涼の頭上の壁にめり込んで破片が降り注いだ。


 大男が構えるショットガンも2連発のダブルバレルモデルだったので今ので弾切れだ。また撃つには銃身から空薬莢を引き抜いて新しい弾薬を装填しなければならない。


 その事に気付いた残りの男たちがチャンスとばかりに銃口を大男へ向ける。


 男たちの発砲を阻止したのは大男の後に続いて突入してきた大男の仲間だ。彼らもまたソードオフショットガンを装備し、次々と生き残りの男たちめがけ引き金を引いた。散弾の嵐が室内を蹂躙した。


 室内に集まっていた男たちが皆殺しにされるまでのあいだ。


 涼にできたのは、耳を塞ぎ頭を抱えてうずくまり続ける事だけだった。



「あ、あ、ああああああぁぁぁぁぁぁぁ!!!」



 唐突に銃声が途切れた。


 室内が静寂に包まれている事に気付いた涼はゆっくりと、おそるおそる顔を上げた。


 部屋の中は今や死体だらけだ。先程まで銃を手に勇ましくしていたエルフや人間の男たちは、区別なく全員が血まみれになって倒れていた。弾丸によって無残に破壊された肉体、虚ろに瞳孔が開ききった瞳を見る限り息の根が止まっているのは間違いない。


 周囲の死体ばかりが目に付いたせいで、目の前に仁王立ちする巨体の存在に気づくのが遅れた。


 視線を更に上へ移動させていく。黒く塗装された防具に身を包み鉄仮面越しに涼を見下ろしていた巨漢は、おもむろにヘルメットに手をやった。隠されていた頭部の全容が涼の視界に晒された。


 鉄仮面の下にあったのは人のそれではなかった。



「ひ、いっ!!?」


『GFUuuuuuu……』



 豚のように潰れた鼻、獣のように発達した犬歯、凶悪な眼光の目元、短く尖った耳――


 大男の正体はオークだった。


 ファンタジー世界の代表格であるエルフがいるのだからオークだって存在していてもおかしくあるまい。


 だがエルフや人間をことごとく銃殺した完全武装の兵士が目の前で自分を見下ろしていて、しかもその正体が醜悪な凶相なオークともなれば、萎縮を通り越して震え上がっても仕方のない事だった。


 レミントンM700ライフルという名の抵抗手段は未だ涼の手の中にある。


 けれど銃を手に抵抗するという選択を選ぶ事ができぬ涼は恐怖に震え続ける事しかできない。


 オークの兵士は楽しそうに口元を歪めながら、手にしているショットガンの銃身を折り使用済みの薬莢を引き抜く。役目を終えた薬莢は鈍く煤けた鉄の色をしていた。


 腰から下げた袋へ空薬莢を押し込み、新しい弾薬をベルトのように腰へ巻きつけた弾帯から抜き取る。


 まるで動作の1つ1つを涼へ見せ付けるかのように、オークはゆっくりとした手つきで弾薬を銃身へ押し込むと元の状態に戻した。


 最後に撃鉄(ハンマー)を起こせば、オークの銃はいつでも撃てる状態になった。


 横並びになった銃口が涼の額へピタリと据えられる。


 行動を起こす猶予はあった。相手の思惑がどうであれ、向こうから行動を起こすチャンスを与えてくれたのは明らかだった。


 なのに涼は最後まで足掻く事も逃げ出す事もしなかった。ただへたり込んだまま、再装填の一部始終を見つめる事しかできなかった。


 死を覚悟した涼が最後に抱いた感情は絶望だった。


 数秒後に待ち受ける死に対してではなく、最後まで何もできない己に対しての絶望。



(結局――何も選べないまま僕はここで死ぬんだ)



 そもそもの話、何故こんな展開になったのかすら涼はまったく知らないし、自分がこんな所にいる理由も知らない。


 何も知らないまま、何も分からないまま、槙原涼はここで死ぬのだ。





 

 そして――――銃声が鳴り響いた。






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