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第五章 完全な人

現れた人物に向かい、マリオンは呟く。

「おとうさま」と。そして引き金を引いた。

ショウ・シャンは目の前の出来事を、茫然と見つめることしかできなかった。

第5章 完全な人


 長い足を黒いスラックスに包み、その人物は滑るような動きで現われる。

 よく整った顔立ちと、調和のとれた痩身はデューカ・ブラウンを思わせる。が、本人ではない。

 青い瞳は深く澄み、穏やかな微笑をきざんだ口元には年齢を示すラインが寄っていた。優雅に波打つ髪は品の良い白髪である。

 銃を構えたままで、マリオンは言った。

 「おとうさま」

 え、と、ショウはマリオンを見上げる。白いうなじが小刻みに震えていた。

 壊れた天井から、また細かな瓦礫が落ちてきて、ショウとマリオンの肩に降りかかった。

 優しげな笑顔を向け、大きく両手を広げながら、彼は言った。深い声で。

 「マリオン、おいで」

 ぐっと唇をかみしめ、震える足を踏ん張り、マリオンは表情を険しくした。銃の狙いは離さない。

 冷たい汗があごを伝い、白い首筋に落ちる。

 もう一度、彼は言った。

 「マリオン、さあ」

 「………や」

 やめろおおおおおおおおおおおお!

 悲鳴に似た叫びを上げながら、マリオンは引き金を引く。

 ズガン、ズガン、ズガン、ズガン…。

 何度も。

 「きゃあっ」

 ショウがしゃがみこみ、耳をふさいだ。

 

 パイオニア号、メインモニター室に続く広場にて――。

 ふてくされたように、アズが椅子にもたれ、足をPCデスクに放り上げた姿で仮眠を取っている。

 マリオンとショウ・シャンがエンゼリア学園にワープした直後、自室で眠ろうとするアズを捕まえ、威圧的な体つきのパイが鋭い光を目に宿らせて言ったのである。

 「今は起きていて。エンゼリアから脱出したら、二日でも三日でも眠ってもらって構わないから」

 お願いよ、と、一応は付け加えられたが、口調と声色はまさに脅迫だった。それで、アズはせめて広場に設けた自分の巣に目に見えないバリケードを張り巡らせ、顔の上に西部劇風の帽子まで乗せ、必死に周囲を寄せ付けまいとして何とか眠っているのである。

 「あれじゃあ、寝ているのか起きているのか微妙だわ」

 だって、声もかけられないじゃない、と、肩をすくめながらクリスが言った。

 いつものベンチに腰掛け、雑誌や菓子類を積んで、モニターの見張り番や掃除等、色々な当番が回ってくるまでの時間つぶしをしている。船が停泊している間は、戦闘が起こらない限り、暇なのだ。

その菓子の中から一つ選んで、ぼりぼりと噛みながらメアリが立ち上がった。次の見張り番なのだ。丸い大きな胸が目の前で揺れるのを、クリスはぼんやりと見上げた。

 「行くの」

 メアリは変な顔をした。

 「なによ、どうしたの」

 クリスはぼんやりとした顔をしていたが、やがてくしゃっと表情を曇らせた。がばっと体を丸め、膝の間に顔を埋め込んでしまったクリスを見て、メアリは困惑する。

 「変な子……」

 つかつかと足音が近づいて、ふいにメアリは肩を押された。体をよかしながら驚いた顔でメアリは振り向く。珍しくきつい目をしたカメオが、ずいっとクリスの前に出た。

 「ちょっと何よ」

 目を丸くしているメアリをよそに、カメオはいきなり、きのこ型にカットされたクリスの豊かな赤毛に手を伸ばした。およそ彼らしくない乱暴な様子で頭を上向けさせ、涙に汚れたクリスと視線を合わせる。カメオは言った。

 「まさかと思ったけど、何かしたんだね。たぶん時計に」

 はあ、とメアリは口を半開きにし、クリスは怯えたような目でカメオを見た。

 「言うんだ。何をしたんだ、マリオンに」

 がし、と肩をつかまれ、クリスは身をよじった。涙の跡が頬に光っている。

 「ねー、あたし行くわよ、時間だもん」

 言いつつ、チラチラ二人を眺め、メアリはメインモニタールームに歩いてゆく。

 メアリの大きな体が扉の向こうに消えると、広間は寝ているアズと、カメオとクリスの三人になった。

 「……ごめんなさい」

 クリスが言う。

 「何をしたんだ、言うんだよ」

 必死な表情でカメオがクリスの肩を揺らした。

 嗚咽をこらえながらクリスは答えた。

 「一時間、遅らせたの」

 カメオの表情が凍り付き、一瞬遅れて、寝ているはずのアズが、蛇が鎌首を持ち上げるように、むっくりと頭を上げた。ひくっ、とクリスはしゃくりあげる。

 「ヨー、痴話げんかかー」

 のんきそうに、見張り当番を終えたばかりのチャックが扉を開けて現われた。面白そうにカメオとクリスの取り合わせを見ている。

 だるそうに肩をもみながらアズが起き上がり、カメオの肩に手を置いてどかした。泣きじゃくっているクリスの前に膝をつき、奇妙にやさしく問いかける。

 「マリオンの時計を遅らせた、そう言ったんだな」

 ひくっ、とクリスがうなづいた。

 「チャーック」

 突然、稲妻のような怒鳴り声でアズが呼ぶ。タバコに火をつけようとしていたチャックは飛び上がった。

 「な、な、なん」

 「ガイを呼んでくれ。パイもだ。その他は広場に誰も入れるんじゃねえ、わかったか」

 「おい、一体、な」

 「早くしろクソヤロウ!」

 あー、こんちくしょう、と怒鳴りながらチャックは広場を飛び出していった。

 がくがくと震えているクリスを眺め、アズは溜息をつく。そして、立ち尽くしている相棒を見上げた。

 「カメオ、このバカ娘はお前の領分だ。とっとと連れていけ」

 「え、あ」

 意外に穏やかな口調なので拍子抜けしたらしいカメオが、いつもの調子で戸惑っている。

 「どうせ意味は分からんだろうが、俺の言うことをきいて、部屋でもコロニー部でもどこでもいいから、連れて行って慰めてやるんだな」


 銃声が途切れたので、恐る恐るショウは目を開いた。

 銃を構えた姿勢のままで、マリオンが立ち尽くしている。

 教壇の前に立つ「おとうさま」の姿は変わらない。

 困ったような笑顔で肩をすくめ、穏やかな声で言った。

 「そうか、奴らはおまえを、そういう娘に育て上げたのだな。可愛そうに、マリオン」

 「ホログラムよ」

 ちらっとショウを見て、マリオンが冷静な声で言った。

 「実体はここにはいないわ。足音までさせて、なんて手が込んでいるの」

 彼はゆっくりと手を差し伸べる。まるで本当にそこにいるかのように、彼は二人を見ている。

 のろのろとショウは立ち上がる。

 「そちらのお嬢さんは、事情を知るまい」

 彼は愛想の良い調子で言い、ショウにむかって頷いて見せた。

 「この、マリオン・ホワイトと、君も知っているデューカ・ホワイトは、わたしの子供たちだ。わたしはレイ・ホワイト」

 レイ・ホワイト、かつて世界で最も優れているといわれた、高名な学者。

 マリオンが小さな声で補足をつける。

 食い入るように、レイの姿を見つめるショウ。似ている、あの人に。……あの人、デューカに。

 「頭脳も容姿も身体能力も、完璧な人間をつくることがわたしの研究命題であり、それに成功したのが今から20年前――デューカが誕生したんだ。妻の腹の中が仮の宿だったが、わたしはそこから救い出してやった。そして」

 施したんだ、わたしの持てる技術のすべてをもって、デューカが完全になるよう、施してやったんだ。

 少し高くなった声で言うと、レイはわずかに紅潮した頬と輝きを増した青い瞳で二人を見つめた。

 「おぞましいから、言わないでいいわよ」

 ぼそりとマリオンは言った。蒼白な顔色である。

 レイは続けた。

 「すくすくと育ってゆくデューカを見て、実験(と、彼は言った)の成功を確信したわたしは、五年後、ようやく再度宿った生命にも同じことを施した。それが、マリオン――」

 ………ン。コーンカーンコーン…。カーン……。

 授業の終わりを示す鐘が鳴る。

 レイ・ホワイトの映像は、しかし、語り続けた。

 「ところが妻が」

 狂った妻が。

 「このわたしと別れたいと、そして娘のマリオンを寄越せと」

 あつかましくも、身の程知らずにも、あのブロンド女が。

 ………。

 「だが」

 レイの目じりが僅かに上がった。口元が嘲笑の形になる。そんな表情でも、彼の顔の調和は崩れない。

 「そんな要求に応じるものか。マリオンの7年分の記憶を引き抜き、空白の状態になった娘を見て、あてが外れたか、あの女は」

 目をさらのようにして、ショウは視線をマリオンに移す。

 冷たい汗を光らせた、ショート・ボブの美しい娘。

 「完全に狂ったあの女は、マリオンの抜け殻を抱いて夜逃げした。姿をくらました。だが、わたしにはマリオンのデータがあった。だから――」

 ………。


 だから、別に困らなかったんだ。いくらでも代わりを作ることができるから。

 

 かわ、り。

 小さくショウがつぶやいた。

 「帰るわよショウ、聞いていることないわ」

 マリオンがショウの手を引き、腰ベルトのワイヤーを壊れた天井に投げ上げた。

 手を引かれながらショウは振り向いた。

 まだ、ホログラムのレイ・ホワイトは立って微笑んでいる。

 さあ、とマリオンがショウを引き寄せた時、足音が聞こえた。

 コン、カン、コン、カン、コン………。

 「まやかしよ、気にしないで」

 怯えるショウを片腕に抱き、マリオンは上に登り始める。

 微かな音を立てて作動する腰の装置。二人の体は軽やかに屋上へと進み始めた。

 コン、カン、カン、カン、カン………。

 しかし、足音はやまなかった。次第に近づいてくる。

 「間に合いそうだな」

 嬉しそうに、楽しそうにレイ・ホワイトのホログラムが言い、唐突に姿を消した。

 するするとのぼりつめ、まず、ショウを屋上へあげ、次に自分がコンクリの床にまでよじ登ると、マリオンは眩しそうに青い空を見上げた。

 パイオニア号はシールドを張っている。肉眼では見えないよう姿を消しているのだが、件の空の破れ穴は明らかに小さくなっている。

 エンゼリアの修復機能が働いている。

 「さあ、ショウ…」

 小型船にショウを乗せ、自分も操縦席に飛び乗ろうとした時、マリオンは物音に気付いて振り返った。

 ショウも、窓から顔を出して目を凝らした。

 風が巻き起こり、二人の髪の毛が大きく乱れる。

 ギシ。ギシ。

 屋上の壊れた穴からだ。

 そして、ゆっくりと白い優雅な指が現われ、コンクリに手をついた。

インフルエンザ予防接種を受けて、体調を崩してえらいことになった、まるでダメなおかあさん、略してMADAO。

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