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第三章 空の穴

「思い出したら教えてほしい、エンゼリアのことを」

かいざんされた記憶に手を入れられ、まだ自分を取り戻せずにいる娘に男はそう言い、力強く励ました。

エンゼリア。

現実につながる悪夢の海におぼれながら、その言葉をつぶやく娘であった。

第3章 空の穴


 陰鬱な夢から目覚めた時、そこは見知らぬ部屋だった。

 マリオン(と、仮に呼ぶが)は、ゆっくりと起き上がると、身体にかけられていた毛布に気づいた。

 そして、茶と白を基調にした、エンゼリア学園の制服ではなく、灰色のスエットスーツを纏っていることに気づき、はっとした。

 肩とすねの傷も手当てされ、ガーゼが施してある。

 (どこだろう)

 知っている場所だろうか、と目を凝らして部屋のあちこちを見回す。

 ぼんやりした照明に、白い壁で四方を閉ざされた窓のない部屋だ。扉のノブが鈍い色で光っている。

 そろそろとベッドからはだしの足を下ろす。ひんやりとした床を踏みしめ、そっと壁に近寄って触ってみる。無機質な手触り。天井に目を向ける。四角い小さなライトが規則正しく配置されている。

 そのライトの一つが、チカチカと瞬きを始めている。

 チカチカ、チカチカ、チカチカ………。

 (ううん、知らない、こんな場所は)

 重苦しい夢の延長にいたマリオンは、ライトの点滅に合わせるように、ゆっくりと現実に戻ってくる。

 顔に手を当て、髪に触れる。そばかすのざらつきと、固い三つ編みの手触り。おさげの穂先を鼻先にもってきて眺める。黒い、黒い髪の毛。黒い………。

 ふいに、心臓が早打ちを始める。

 舞い上がる身体、空に舞い上がる。そして銃声。割れたガラス。

 「…き」

 きゃあああああああ。

 悲鳴を上げた。叫んでも叫んでも足りないかのように、悲鳴を上げ続ける。

 その場にしゃがみこみ、目を閉じ、耳をふさいで叫び続ける。

 ガチャンと扉が開き、誰かが駆け込んできた。

 肩をつかんで揺さぶられてもマリオンは目を開けずに叫び続けた。

 落ち着きなさい、目を開けて、と言われるが、全身が拒否をしていた。

 ばたばたと何人かが入ってくる音がして、ふいに体を床に押し付けられ、むき出しにされた片腕にちくりとした痛みが走る。

 そして、唐突に暗黒の中に落ちた。


 「偽物ちゃんは、どう」

 仮眠を終えて、広間に出てきたガイは、コーヒーを受け取りながら欠伸交じりに聞いた。

 熱いわよ、と注意をしながら鉛色のマグを渡してしまうと、パイは眉毛をぎゅっとひそめて見せる。

 褐色の健康そうな肌をした、体操教師みたいな風貌のパイは、恰幅の良いガイと並んでもつり合いが取れている。

 「………まあ、しょうがない」

 パイの表情から察して、ガイは肩をすくめてコーヒーをすすった。苦そうに顔をしかめる。

 「さっき暴れてね、鎮静剤を打ったからしばらく寝てるわ。見てられない、最悪だわよ」

 うーん、と顔をしかめてガイはマグをパイプ椅子に置いた。

 端っこでPCを使っていたアズが、髪をかき上げながらこちらを振り向いた。

 「モルモットもいいところだよ」

 見てよこれ、とアズが体をずらすので、広間に溜まっていた連中がわらわらと集まってきて画面を覗き込んだ。

 迷彩柄のつなぎを着たチャックと、ふっくらとしたクリス、いかにも肝っ玉母さん、といった風貌のメアリ。

 仲間は他にもいる。めいめい、船のどこかにいるはずだ。

 ずずず、とコーヒーをすすって、ガイは黙りこくっている。

 酷い、とパイがつぶやき、チャック、クリスは無表情で口を噛みしめ、メアリは瞳に怒りをみなぎらせた。

 画面には、(本物の)マリオン・ブラウンの記憶データが取り出され、読み込んだ結果が表示されている。

 「七歳の夏の、このラインはなんだ」

 チャックが太い指で画面を指し示すと、アズは神経質そうに眼鏡を小指で押し上げた。

 「ここで天然データが終わっている。これから先は、創作データだ」

 薄い唇ときゅっと噛みしめ、アズは眉をしかめる。

 「世にも優れた頭脳が全神経を使って練り上げた、傑作だよ。大したシナリオライターじゃないか」

 しいん、と重苦しい沈黙が落ちる。かちり、とチャックが煙草に火をつけた。

 押し黙っていたガイが、突然アズの肩に手をかけた。

 「それで、偽物ちゃんの頭の中には、異物はもうないんだな」

 「ああ、ないよ、大手術だったんだ、俺とカメオでぶっつづけ12時間。カメオはまだ寝てるよ」

 旧時代の外科医のように両手をすっと上げてみせて、しかめつらしい顔を作る。

 メスのかわりに、PCレーザーを通し、スキャンした脳データをPCに読み込ませ、癌となっている異物を除去する。言葉にすれば簡単だが、難解な記号を短時間で読み解き、素早く作業するには慣れと技術が必要だ。

 「まさか、対面はまだだよな」

 ガイが言うと、アズは肩をすくめた。

 「まさか、いくら俺とカメオでも、そこまで冷酷じゃない。『本物』のほうも遠慮して出番待ちって感じだよ。ただ」

 「ただ?」

 アズは片方の眉を上げ、溜息をついた。

 「本人、えらく同情しちゃってて、何かしてやりたくてたまらん様子なんだな」

 お姉ちゃん体質だからな、と付け加えると、大きく伸びをして立ち上がる。肩をごりごりと回しながら悲壮な声色を作った。

 「なんにしろ疲れたよ、大将。俺も寝ていいか。用があればカメオを叩き起こしてくれ」

 「おつかれさん」

 みんなからねぎらいの声をかけられて、一応満足したらしくアズは広間を出て自室に行った。

 「たぶん、今日一日起きないわよ」

 ぼそりと言って、クリスも元いたベンチに戻り、チャック、メアリも銃の手入れに戻る。

 マグの中身を飲み干して広間を出ようとするガイに、パイが背中越しに声をかけた。

 「空の穴は、あと10時間でふさがるわ。『パイオニア号』がつぶれないうちに号令を出して」

 ガイは片腕を立てて答えながら、廊下に出る。

 「あなたの号令まちよ、みんな」

 パイの気がかりそうな声が追いかけてきた。


 ……ん、ええーん………。

 えーん、ええーん、えーん。

 首のとれた人形を抱いて、泣きじゃくっている。

 前髪と木漏れ日が揺れている。

 取れちゃったよお、取れちゃったよお。

 可愛がっている人形が壊れてしまった悲しみで、胸がふさがりそう。

 そこに、優しい手が差し伸べられる。

 顔を上げると、綺麗な、優しい笑顔があった。

 「貸してごらん、大丈夫、なおるから」

 黒髪がさらさらと風に揺れる。

 きょとんと見上げると、はははと笑われ、涙をぬぐわれた。

 温かい指。

 安心して、壊れた宝物を彼にゆだねる。

 本当、本当になおしてくれるの、本当に?

 「ああ、本当だ。大丈夫だよ、だから泣かないで」

 本当に?

 ………。


 「本当に?」

 という、自分の声で目覚めてしまった。

 ずきんと頭に鈍い痛みが走り、後頭部をおさえながら起き上がる。はっと横を見ると、ベッドの側に足を組んで座っている人がいた。

 (あのエレベーターの人)

 と、記憶がスムーズにつながる。

 そのエレベーターの男は、今はカーキ色の作業服を着て、気がかりそうな顔でこちらを眺めているのだった。

 「あ、あの」

 何から聞けばよいのか分からない。

 男は身を乗り出すようにして、気づかわしげに見つめた。

 「あのう、あなたは。そしてここは」

 (………ガチャン)

 (窓ガラスが割れたのよ、そしてこの人が)

 「俺はガイ・タカラダ。ここはパイオニア号。宇宙船だ」

 笑うと人懐こい感じになる。ガイ・タカラダ、黄色い肌の、気さくそうな人。

 (………今は逃げるんだ、あんたこのままじゃ殺される)

 (そしてお兄ちゃんが銃口を)

 (お兄ちゃん?)

 思わず額に手を当てる。

 その言葉の何という空虚さか。お兄ちゃん、と思い浮かんだ部分は冷たい空洞のようだ。

 「悪かったとは思うが、君の記憶を探らせてもらった。異物になっていた部分を取り出したから、しばらくは名残があるかもしれないが、じきに正常になると思う」

 ガイは言い、探るように目を覗き込んでくる。

 「で、君は思い出したか、自分が何者であるのか、どうしてエンゼリアに関ることになったのか」

 え、と聞き返すと、ガイはがっくりと肩を落とした。

 そうかまだか、と口の中でつぶやき、気を取り直したように言う。

 「いや、ごめんな。まだ手術から時間がたってない君に酷なことを聞いた。思い出したら教えてほしい。君は我々にとって、とても貴重な人材なんだ」

 まだはっきりしない目をして視線をさまよわせている娘に向かい、ガイは言うのだった。

 「エンゼリアのことを、なんでもいい、教えてくれないか、我々に」

 「エンゼリア…?」

 おうむ返しに問い返す。

 頭の中にもやがかかっていて、うまく考えることができない。

 エンゼリア、エンゼリア学園、エンゼリア新聞。

 もやの奥で、その言葉が躍る。日常的に使われていた、あまりにも日常的なそれ。

 エン…ゼリア。

 「ああ、そうだ、エンゼリア人にもてあそばれているんだよ、我々は」

 娘の様子を見つめながら、ガイは言う。

 「パイオニア号の主砲がぶちぬいた空の穴、君も見たはずだ。ここは作り物の楽園、地球のちっぽけなイミテーションだ」

 「空の…穴」

 ふっと思い出す。

 あの日、爆音で教室が崩れ、突然誰もいなくなり、鏡に自分の姿が映った瞬間にパニックが訪れ。

 学校の外に出てみたら、空が破れていた。

 青空の外に広がる無限の夜空――。

 ぐっと肩をつかまれ、耳元に口を寄せられてささやかれる。

 「思い出すんだ。できるだけ早く。情報が不足している」

 茫然と目の前の男を見つめ返す。

 ガイはしばらく娘の黒い瞳を見てから力強く頷くと、彼女の肩を三度、軽くたたいてから立ち上がり、部屋を去った。

 かちゃん、と扉が閉まったあとに、鈍い音でカギのがかかる音が響く。

 その閉ざされたドアを見つめながら、娘はもう一度、呟いた。

 「エンゼリア…」

エンジェリアではなくエンゼリアにしたのは、某お菓子と名前がかぶるから。

でも美味しくて好きなんです。でもなぜか最近見かけない。なぜだろう、まさか販売中止、そんなはずは。だってあんなに美味しかったのに。

きっと見つかる、どこかのスーパーかドラッグストアかコンビニで。

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