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第十二章 天使たちの昇天

マリオンはショウ・シャンに案内され、デューカのもとへ行く。

一方クリスとカメオは、大量の裸体の少女たちに追いつめられていた。カメオは力尽きて失神し、クリスは一人、戦う。

第12章 天使たちの昇天


 暗い階段を下りた先には、瓶詰になった少女たちが、うつろな目を開いて立っている。ガラスの中に詰め込まれた液体は、赤い照明に照らされて、微かに気泡を揺らしていた。

 その少女たちの森の中央に、玉座がしつらえてある。

 二つ並んだ黄金の椅子の片方に腰かけているのはデューカだった。

 白く薄いリネン一枚をまとったショウ・シャンは、ゆっくりと振り向き、ここまでついてきたマリオンを見上げた。無邪気だが悲し気な黒い瞳は、涙ぐんでいるように見えた。

 「ショウ」

 マリオンが戸惑いを隠せずにいる。

 ショウは軽く首を左右に振った。

 「大丈夫だよマリオン」

 マリオン。その名を口にした瞬間、苦いものを飲んだような表情をする。ショウは素早く目をそらし、あふれてくるものを隠しながら横を向いた。

 マリオンはけげんな面持ちで前に進み出る。手には銃が光っていた。

 「ようこそ、マリオン」

 優雅な動きでデューカが立ち上がり、するりと手招きした。

 「この玉座は、僕と――マリオンのものだ」

 はっ、と鼻で笑いながらマリオンは肩を竦めた。軽蔑のまなざしで兄を見る。

 「正気じゃないわね」

 そしてマリオンは、銃を構えた。アクアマリンの瞳に決然とした光が宿っている。

 デューカは涼し気な微笑みで、マリオンを見つめていた。

 (でゅーか、まりおんハ、ヒトリデジュウブン)

 突然、デューカが頭痛をこらえるような表情をする。眉をひそめ、何かを耐えるように片手をこめかみに当てた。

 いぶかしげに見つめるマリオンの前で、デューカは独り言を言った。

 「お父様、それはどういう――」

 そして、目を泳がせながら、ひっそりとマリオンの背後でうつむいて立っている、小さなショウを見た。

 (まりおんハ、フタリイラナイ)

 デューカの異変に気づき、ショウが顔を上げた。

 端正な顔を歪ませ、汗を伝わらせている。蒼白な顔色で、デューカは頭を抱え、そして、突然なんでもなかったかのように顔を上げた。美しい微笑みを口元に刻んでいる。

 「僕には逆らえないよ」

 まるで詩を朗読するような調子で言うと、デューカは両手を広げた。

 バン。バン、バン――。

 ふいに激しい音が鳴り響いた。ガラスの中に閉じ込められた少女たちが、まるで生命を吹き込まれたかのように、内側からガラスの壁を叩いているのである。

 バン。バン、バン――。

 いくつかのガラスの円筒が大きく揺らぎ、音を立てて倒れた。ガチャン、とガラスが割れる音が続き、びしゃびしゃと液体がカーペットの上に広がった。

 「マリオン、君は僕の妻になる」

 デューカは言い、ガラスの割れる音が次々に続いた。

 ずる、ずるり。

 何人もの裸体の少女たちが、カーペットの上を這い、やがてぎこちなく立ち上がり、白い腕を前に差し出しながら向かってくる。

 マリオンは銃の引き金を引いた。


 素足でひっそりとその部屋を去りながら、ショウ・シャンは目を伏せた。

 スカートのひだに隠しながら握っていた銃を、そっと胸の前に出す。

 (お兄ちゃん、デューカ)

 涙があふれそうになり、ショウは強く目を閉じた。

 

 あなたが望むなら、マリオンになっても良いと思った。

 だけどあなたは、わたしを捨てようとしている。

 まるで、壊れた人形のように。

 …壊れた人形(大丈夫、なおしてあげる…)のように。


 ショウは、口をぽっかり開けて、その赤い内部を露にしている正方形のちっぽけな部屋の前にいる。

 もう一度、銃を握りしめると、ショウは部屋の中へ入った。

 黄金の台に、小さなガラスの箱が乗っている。そして、無数につながれた線と管。

 静かに、ショウはそのガラスの中身を見つめる。

 レイ・ホワイトの頭脳――。

 (これがあるから。これがあるから、デューカは)

 震える手で銃を構える。引き金に指をかける。

 ぬるい汗が鼻の横を伝った。

 (これがあるから――)

 「思いあがるのも、いいかげんにしたまえ」

 その時、唐突に声がした。

 ショウ・シャンは背後から腕をつかまれ、驚いて目を見開いた。

 レイ・ホワイトの実体が、凄まじい表情でショウの体を捉えている。片手で腕を捉え、もう片腕はショウの細い首を締めあげている。

 肘を締め上げながら、レイは黒い目をぎらつかせた。

 「君ごときが、この場所に足を踏み入れるなど」

 ああ、とショウが微かな声をあげ、銃を握る手をだらりと落とす。

 「君ごときが。そんな醜い姿でマリオンになろうだなどと。そんな貧相な体でデューカの妻になろうだなどと」

 かたん、と、銃が音を立てて床に落ち、くるくると回る。

 レイが残忍な笑みを浮かべた。三日月形にゆがめた唇から、愉快そうな笑い声が漏れる。

 「お前は、エンゼリアを守るエンゼルの一人にしてやる。それが最大の慈悲。光栄に思うがいい」

 目の前がかすみ始め、ショウはもうろうとなった。

 「人形じゃないわ」

 それでも、ショウは絞り出すように言った。

 大量の汗が顎から床に滴り落ちる。ショウは歯を食いしばった。息ができない。もうだめだ。

 「人形じゃない。壊れても、人形じゃないわ。エンゼルになったとしても、わたしは」

 あの、可愛そうなエンゼルたち。

 ショウは目を閉じた。

 頭がぼうっとしている。耳鳴りが始まった。


 廊下に転がり出たクリスとカメオは、蒼白になって走り出した。何度か転ぶと、もう立ち上がっている余裕もなく、四つん這いになって逃走する。

 ざわざわとした気配は確実に背後に迫っており、やがてクリスは足首をつかまれて悲鳴を上げた。

 「いやよもう、気持ち悪いっ」

 足をけり上げて、白い裸体に抵抗する。相手は弱弱しく、「ああっ」と言いながら手を放し、悲しそうに腕をかばいながら、すうっと宙に浮く。

 カメオは息も絶え絶えになっていた。唐突に停止すると、その場でばたんと倒れてしまう。

 「もうだめだ。クリス、君は逃げろ」

 「ばっ」

 クリスは振り向くと、四つん這いのままばたばたと向き直った。真っ赤な顔で息を切らせているカメオの胸倉をつかむと、いきなり平手打ちをかました。

 「ばかっ、このばか、ばか、ばか、ばかっ」

 パン、パン、パン、パン。

 派手な音を立てて平手打ちが続き、カメオはもうどうでもいいというような表情で、ぐらぐらとされるがままになっている。

 クリスはやがて涙ぐみ始めた。それでも容赦なく、平手打ちを続けている。

 「この、根性なし、この、この、この、このっ」

 だからマリオンに振り向いてもらえないのよ。

 犬みたいに尻尾を振ってるだけで、哀れな姿で。

 本当に、この――。

 突然、はっとした。クリスは平手打ちをやめ、つかんでいた手も放した。

 カメオはごとんと頭を床に打ち付け、今度こそグゥと音を立てる。

 クリスは目を見開いて、白い裸体たちが自分たちを取り巻いているのを眺めた。

 「なにこれ」

 床を這うもの。立っているもの。宙に浮かんでいるもの。

 そのマリオンの姿をしたものたちは、ただ自分たちを取り巻き、凪いだ海のような目で見つめている。手出しすることもなく。

 クリスの視線を受けて、彼女たちはいっせいに人差し指を天井に向けた。

 「4Fに行けってことね」

 何だかわからないままクリスが言うと、一斉に頷かれる。クリスは面食らって座り込んだ。

 美しい裸体たちは、ふわりと上昇すると、マンションの通路に規則正しく作られている、ガラスの窓にむけて一気に加速した。

 とっさにクリスは身を伏せ、カメオの頭をかばう。

 ガラスは一斉に破られ、天使たちは切れた皮膚から血を流しながら外に飛び出した。

 

 パイオニア号では、アズとマイクがメインモニタールームで暇つぶしをしていた。

 何かしていないと眠ってしまいそうなアズが、たっての希望でマイクを呼び出したのである。

 二人はモニターの前で向き合い、ババ抜きをしていた。

 二人ババ抜きなので、面白いものではない。

 「つまらんな」

 マイクがぶすっと言うと、アズがあくびを噛み殺しながら言った。

 「悪いな。何かしないと寝てしまうんだよ。もう限界なんだ、こんちくしょう」

 相手の持ち札から一枚抜き取り、顔をしかめながらマイクが言う。

 「おっと――ババだ。せめて他の遊びにしてくれると助かるんだが。チェスとか将棋とか、あんた好きだろう」

 「そんな気分じゃないんだよ」

 アズが機械的にマイクの札から一枚抜き取った。ハートの2である。なかなか揃わない。

 「ゲームに集中する気力もねぇ。かといって、眠り込んじまう場合でもない。ババ抜きしかないだろう」

 「そうかね」

 マイクが仕方なく、次の札を抜いた。

 しいんとしたメインモニタールームは、なまぬるく、確かにこのままでは寝てしまいそうだ。

 マイクはもう一度、盛大な欠伸をした。

 かばのように口を開き、大きく伸びをし、そして目を開く。

 「おいアズ」

 そのままの姿勢でマイクは目を見開いていた。

 はあ、とアズが眉をひそめると、マイクは視線を動かさないまま、ゆっくりと顎をしゃくった。

 アズは振り向き、そして、残りの札を床に取り落とした。

 ばらばらと、スペードの女王とダイヤの8、クラブのエースが散らばる。

 「こりゃ夢か」

 どこから侵入してきたのか、白い裸体の少女たち――みな、マリオンの姿をしている――を眺め、アズがぼんやりと呟く。

 「いんや」

 マイクはゆっくりと立ち上がると、そろそろと後ずさった。

 少女たちはアクアマリンの瞳で、ものいいたげに二人を見つめている。

 「…とりあえず、服を着てからにしてほしいもんだ」

 寝ぼけたようにアズが言うと、マイクは脱力した。

 「…だな」

 実際、二人に何ができるわけでもない。少女たちと向き合ったまま、二人は茫然としていた。

 しかし、大量の裸体たちが宙に浮き、自分たちめがけて殺到してきた瞬間、二人の自己防衛本能が目覚めた。マイクはパイプ椅子を持ち上げ、アズはファイルをかざして、迫ってくる白い腕を払いのける。

 なぎ倒してもなぎ倒しても、裸体たちは迫ってくる。

 「なん――なん――だ」

 固い素材のファイルで少女の横っ面をはたき、息を切らしながらアズが言う。目の下の隈が死人のように紫色になっている。

 マイクは椅子を振り回して少女たちを追い払っていたが、ついに腕をからめとられ、情けない悲鳴を上げた。

 「マイク、うわくそっ」

 一瞬の隙をつき、何本もの細い白い腕がアズの体に巻き付いた。

 二人を拘束している少女たち以外の裸体は、一斉に体を浮かし、メインモニタールームを出てゆく。

 「エンジンルームに行くつもりかもしれん」

 ぐいぐいと押さえつけられながら、マイクが言った。

 「宇宙船ジャックかよ」

 小さくてよくしまった乳房たちに顔をもみくちゃにされながら、アズはぶすっと呟いた。

 

 ティン。

 エレベーターが開く。

 まだへたばっているカメオを引っ張り出すと、クリスは長く続く4Fの廊下を眺めた。

 一室だけ、玄関のドアが開きっぱなしになっている。おそらくあそこだろう。

 ずるずるとカメオを引きずっていたが、しまいに疲れてきて、その場で手を放す。がくん、とカメオは首を横に向け、気持ちよく失神していた。

 「しょうがないわね」

 あきれたように呟くと、カメオをそのままにして走り出す。開いた玄関に飛び込むと、銃を構えながら室内を歩く。

 驚くほど静まり返っていた。

 (もうすべて終わったのかしら。それとも部屋を間違えた…)

 壁伝いに進み、そっと覗く。キッチンだった。カップや新聞が床に飛び散っているのが見える。

 そっと顔を出すと、そこにガイがいた。呻きながら胸をおさえ、それでも立ち上がろうとしている。

 「船長」

 慌ててクリスはその体を支えた。驚いたようにガイが振り向く。

 「何があったんです。マリオンは?」

 ぐう、とガイは唸った。見ると、相当な深手を負っている。服の前が真っ赤に濡れており、ぽたぽたと赤い滴が床に滴った。

 「動かないで。動いちゃダメです」

 「書斎だ」

 苦痛をこらえながらガイは言った。

 「多分書斎だ。用心してくれ」

 そっとガイを床に寝かせると、クリスは立ち上がる。

 そろそろと進むと、開きっぱなしの扉があった。中に進むと、茶で統一された、薄暗い書斎だった。

 誰もいないようだ。

 用心しながら中を見回す。書棚には大量の書物と、旧式のステレオがある。アンティークだ。

 書棚が、ぱっくりと左右に分かれているのが気になって近づくと、壁に暗い入口が開いていた。中に進めるらしい。

 (ここに行けってこと?)

 背中に冷たい汗が流れる。クリスは唾をのむと、銃の安全装置が外れているのを確認し、ゆっくりと中に入っていった。


 マリオンは銃を打ち鳴らした。

 悲し気な声をあげて、白い裸体たちは傷ついた体を舞わせた。しかし、次々に、後から後から迫ってくる無数の少女たちは、たった一丁の銃で防ぎきれるものではない。

 じりじりと少女たちはマリオンとの距離を縮め、やがて何本かの腕がマリオンの体に巻き付いた。

 「離れなさいっ」

 ズガン。

 マリオンは一人を撃ったが、別の腕が伸びてきて、銃を持つ手をからめとってしまった。

 両足、両腕、そして頭、胴体。

 全身に縋りつかれ、動きを封じられた形でマリオンは唇を噛んだ。

 涼し気な微笑を刻んだデューカが、そっとポケットから何かを取り出す。

 注射器だ。

 赤い照明に照らされ、とろんとした液体が満たされているのが分かる。

 マリオンは歯を食いしばり、身体に力を込めた。しかし、細い腕たちは強靭だった。針金のように絡みつかれ、動くことすらできない。

 「マリオン」

 デューカが近づいてくる。美しく微笑みながら。

 「僕の……マリオン」

 注射器の針先から液体が滴っている。

 マリオンは目を見開き、兄の暗闇のような瞳を睨んだ。


 ショウ・シャンの意識が完全に途切れようとしたとき、レイは驚愕に目を見開いた。

 ばさり、とショウは床に倒れ落ち、とたんに息を吹き返して、げほげほとせき込んだ。

 涙をこぼしながら喉に手を当て、這いつくばりながら振り向く。

 レイ・ホワイトが目を見開き、眉を吊り上げ、頬をひくつかせていた。

 「おの、れ、この、地球人……」

 銃床で相手の後頭部を強打したクリスが、息を切らしながら飛びのいた。蒼白である。

 「あんたっ、冗談じゃないわっ」

 状況が飲み込めないなりに怒りをこめて、クリスが銃を構える。

 ショウ・シャンはまだ朦朧とする頭を振って、床に落とした銃を探した。それはすぐに見つかった。急いで取り上げると、よろめく足をふんばって立ち上がる。

 レイ・ホワイトは怒りに満ちたまなざしでクリスを睨んでいたが、彼女が細かく震えているのを見てニヤリとした。

 「撃つわよ、ねえ、撃つわよっ」

 怒鳴り散らすクリスの前から、唐突に姿を消してしまう。

 そして、銃を構えたクリスの背後に再度姿を現し、そっとささやいた。

 「お嬢さん、あなたにわたしは撃てないよ」

 ひゃあっ、と叫びながらクリスは振り向く。レイはクリスの腕をつかみ、銃をもぎ取ってしまった。

 甘ささえ含んだ口調で、レイは言う。

 「勇敢な人だ。あなたもエンゼリアの守護天使になるといい……」

 「い、意味わかんないわよっ」

 思ったままを怒鳴り散らし、クリスは足をけり上げた。すねを蹴られたレイが顔をしかめている。

 「意味など分かる必要は――」

 ない、と言いかけて、レイは動きを止めた。目を見開き、眉をひそめている。

 「な、なに」

 クリスが戸惑っていると、レイはふいにクリスから離れた。

 凄まじい叫び声が部屋に満ちる。

 「よせええええええええ」

 まるで瀕死のけだもののような咆哮だった。放り棄てられた銃を、クリスは慌てて拾い上げ、とりあえず構える。

 そしてクリスは見た。

 白いリネンをまとったショウ・シャンが、部屋の中央に安置されたガラスケースに銃口をつけ、引き金を引くのを。

 がああああああっ。

 端正な面立ちが歪み、怨念に満ちた目を燃え上がらせながら、レイ・ホワイトの姿は消えた。

 苦痛に体をねじらせ、業火に焼かれ、一瞬で灰になったかのように消滅し――後には、不気味な静寂が残る。

 ショウは、粉々に弾けたガラスで腕を傷つけ、血を流している。更に中に詰め込まれていた溶液、そして銃弾を受けて破裂したレイ・ホワイトの本体で、赤くリネンが染まっていた。赤い飛沫で汚れた顔をあげ、ショウはクリスを見つめる。

 クリスは肩で息をしつつ、とにかく頷いてみせた。

 「行かなきゃ」

 ショウは言い、傷ついた姿で歩き出した。

 どこへよ、とクリスがその背中に向かって言うと、歩みを止めずにショウは答える。

 「デューカのところへ」

 「待ちなよ、ちょっと」

 慌ててショウの腕をつかんで引き留めると、ショウは黒い瞳でじっとクリスを見上げた。

 「マリオンを、連れて帰って」

 「え」

 「マリオンと、それと、台所で倒れてる人を連れて帰って、そして、逃げて」

 こっちだよ、というと、ショウはまた歩き始めた。

 クリスは迷ったが、それ以外の選択肢がないことに気づき、しぶしぶ少女の後を追う。

 正方形のちっぽけな部屋は、いまやただの空間である。

 ショウ・シャンはその部屋を出ると、ぺたぺたと歩いた。


 マリオンは自分をからめとる腕たちが、唐突にほどけ始めたのを感じた。

 ふわり、と白い裸体たちが宙を舞い、マリオンの周囲を漂っている。

 デューカは注射器を持ったまま、立ち止まっていた。

 目を見開き、動きを完全に止めてしまっている。

 「お、とうさま………」

 ぼそりと呟くと、注射器をぽろりと落とした。

 ころころと床を転がったそれは、マリオンの足元まで来る。

 マリオンは素早くそれを踏み砕いた。そして、ゆっくりと目の前の敵に銃口を向ける。

 ぷるる…ん。

 その時、奇妙な目まいがマリオンを襲った。

 それは、足元が崩れるような、身体全体のバランスが狂うような、不気味な目まいだった。

 ぷるる…ん。ぷるる…ん。ぷるる………ん…。

 (違うわ)

 立っていられず、床にひざを着きながらマリオンは周囲を見回した。

 裸体の少女たちはふわふわと浮き、ゆっくりとデューカの周囲に集い始めている。まるでデューカを守ろうとするかのように。

 (違うわこれ、眩暈じゃない…)

 地盤が巨大なゼリーになり、大きく振動しているような揺れが来ている。

 ガタガタガタ、と派手な音をたててものが倒れる音が聞こえてきた。天井からパラパラと木っ端が舞ってくる。

 ゆっくりと座り込んだデューカを天使たちが抱きかかえるようにしている。まるで幼子を守っているようだ。

 そして天使たちは、一斉にマリオンを見つめた。

 マリオンと同じ顔で、同じアクアマリンの瞳で。

 その唇は、声をそろえて言った。

 「ニゲテ」

 マリオンがあっけにとられていると、クリスが飛び込んでくる。大きくよろけながらマリオンに縋った。

 「行こうマリオン、船長が倒れてる」

 「エエッ」

 驚いてマリオンは立ち上がった。

 クリスにせかされ、しつこく続くゆるい振動の中、よろけながら歩き出す。

 二人の横を白いものが通り抜けた。

 血で汚れたリネンをまとったショウ・シャンである。

 ほどかれた黒髪をなびかせ、穏やかな微笑みを浮かべながら、軽い足取りで駆けてゆく。

 思わずマリオンは振り向いた。

 ショウ・シャンは踊るような動きで、かがみこんで動かないデューカの元にたどり着くと、彼の頭を胸に引き寄せた。まるで母親が赤子をあやすように、優しく包み込んでいる。

 ばらばらと次第に落ちてくる木っ端が大きくなってきている。

 天使たちは、体をからませあい、まるでドームのようになってデューカとショウの二人を守った。

 そして、天使たちとショウは声をそろえて言った。

 「逃げて。逃げて、マリオン」


 パイオニア号メインモニタールームでは、もうどうでもよくなったアズが裸の少女にもたれて居眠りをこいていた。

 「一体なにがしたいんだ、お前ら。ああん?」

 一方、マイクは悪態をついている。もがくことはあきらめたが、どうにも納得できずにぶつぶつ言っているのだ。

 突然、裸体たちは捉えている腕をほどいた。

 アズはがくんと倒れ、頭を打って目を覚ました。

 自由になったマイクは、アズを助けながらあっけにとられている。

 少女たちは宙に浮くと、一斉にメインモニタールームを横切り、扉の外に出てゆく。

 「お、おい…」

 マイクがどもりながらモニターを指さした。

 パイオニア号の外、エンゼリアの上空。

 そこに、大量の白い裸体が飛行していた。

 船の中でひしめいていた少女たちが、続々と外に出て行っているらしい。

 「こりゃどういうわけだ」

 「知らねえよ」

 投げやりにアズは答え、ゆっくりとモニターの前に腰を下ろした。

 パイオニア号の外に出た少女たちは、やがて一斉に地上に向けて降りてゆく。

 流星のように、髪をなびかせ、素晴らしい速さで。

 「…まずいな」

 と、アズがそれまでとはがらりと変わった声で言った。

 モニターの下部に赤い点滅が出ている。そして、突如、赤く数字が表れた。

 マグニチュード。

 「エンゼリア全体が揺れ始めている」

 呟くと、アズは手元にトランシーバーを引き寄せ、呼び出しをした。

 プププ…プププ…プププ。

 なかなか出ないのはどういうわけか。

 (チャック。もし居眠りをこいているのなら、貴様)

 プププ…プププ…プププ。

 呼び出し音はなり続け、数十秒して、ようやく相手が反応する。

 怒鳴りつけたいのをこらえなくてはならない。アズは深呼吸をし、冷静に指示を出すべく努力した。

次回終章になります。

読んでいただいた皆様、心から感謝いたします。

本当にありがとうございます。

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