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第十章 攻防

エンゼリアに降り立ったガイたちは、デューカたちのアジトであるマンションに向かう。戦いが始まろうとしていた。

第10章 攻防


 パイオニア号はエンゼリアのバリアー内まで引き寄せられ、大気圏に入ったところで停止した。

 「止まりましたぜ」

 チャックが振り向く。

 ガイはアズと顔を見合わせ、頷きあうのだった。

 モニタールームには、残ったクルー達が集合している。

 マリオン、彼女に付き従うようなカメオ、マイクと数名の技師たち、そして――。

 微かな音を立て、クリスがモニタールームに入ってくる。それを見て、ガイが苦々しく眉をひそめた。

 アズがカメオに向かい、あごをしゃくって見せる。

 「今から、エンゼリア攻略を始める」

 低い声でガイが言った。

 「こうやって喋っている内容も、例の亡霊には筒抜けだとは思うが――」

 

 茶で統一された書斎は、ほどよい空調でゆったりとしていた。

 重々しく流れ続けていたチャイコフスキーの組曲は終盤を迎えようとしている。どっしりとした机の前で椅子に腰かけていたデューカは、石造のように目を伏せたまま動かなかった。

 (でゅーか、クル、まりおんガえんぜりあニ)

 ゆっくりと、デューカは目を開いた。暗闇のような瞳は何も映してはいない。

 (でゅーか………)

 「承知しています」

 ぽつりと言うと、ぐっと眉をひそめた。

 クライマックスのオーケストラが響き渡り、やがてレコードは演奏を終えた。

 ちょうどその時、微かな物音が壁をはさんだところで鳴った。

 コツン、コツン、コツン。

 するり、と滑らかな動きでデューカは立ち上がる。

 唇には微笑が刻まれていた。

 ノックのように壁を叩く音は続いている。

 コツン、コツン、コツン、コツン――。


 アズとマイク、そしてマイクの配下のエンジン技師数名が船に残ることとなり、その他の者はエンゼリアに降り立った。

 小型機を操縦するのはチャックである。

 「近いですぜ」

 雲の間から見える建物をモニターに映し出しながら、チャックは言う。相変わらずガムをくちゃくちゃと噛んでいるが、注意するものは誰もいなかった。

 かちり、と銃の安全装置を外す音がする。

 後部座席ではクルー達が各々、支度に余念がない。

 ガイは、愛用のサバイバルナイフの切れ味を確認している。

 カメオは銃の具合を確認し、マリオンは気がかりそうにガイを見ていた。

 「船長、ほんとうに……」

 ちらっとガイが視線を上げる。マリオンのアクアマリンの瞳と目を見合わせ、ちょっと笑って見せた。

 「例のマンションに行ったことがあるものは、俺しかいないだろう?」

 「危険すぎます」

 「万一のためにアズを残したんだ。コロニー部にはパイもいる」

 会話を切り上げると、ガイはナイフを畳み、腰のベルトに収めた。

 「目標の上空に来ました」

 チャックがくちゃくちゃと言った。

 ガイはマリオンとカメオの二人を見ると、頷いて見せる。

 小型機のハッチが開き、突風が五人を襲った。

 「打ち合わせたとおりだ。頼むぞ」

 言いおくと、ガイは立ち上がり、空中に飛び出した。大の字になり、マンションの屋上を目指す。

 パッと、パラシュートが開き、途中からゆっくりと降下し、そしてガイは屋上に体を降ろした。

 体からパラシュートを外してしまうと、ガイは上空を見上げた。

 小型機がゆっくりと下降を始めている。エンジン音を消し、ひそやかに、ゆっくりと。

 目の前を通って機体が下降してゆく時、窓からマリオンの気がかりそうな顔が見えた。

 (グッドラック)

 仕草でメッセージを送り、笑って見せる。

マリオンは頷き、その一瞬の間に、下降を続ける小型機はガイの視界から姿を消した。

 「さて、と」

 マリオンとカメオの二人は階下から4Fへ上がり、玄関を破って中に入ることになっている。

 ガイは腰ベルトのワイヤーを屋上の手すりに巻き付けると、勢いよく弾みをつけて、手すりからダイブした。

 

 通路に着陸した小型機から、マリオンとカメオは降りる。

 二人は銃を抜き、顔を見合わせて頷きあうと、素早い身のこなしでマンションのエントランスに飛び込む。

 運転席に残されたチャックは、速やかに上空で待機する。その予定だ。

 ところが、操縦を始めようとするチャックの肩を叩くものがいた。

 「ふぇ」

 目をむき出して振り向くと、そこにはクリスがいた。赤毛をぼさぼさに乱し、息を切らしている。

 「座席の後ろにいたのよ。苦しかったわ」

 「クリス、おま…」

 「いいからハッチを開けてよ。わたしも行くんだから」

 チャッ、と銃をちらつかせてクリスは言った。冗談を言っているような顔ではない。

 「いやだって、クリス、おま」

 「さっさとしてよ、バカね」

 びしりと言われて、チャックは口をへの字に曲げた。言われる通りハッチを開けてやったが、納得できない顔でクリスを睨んでいる。

 船から降り、にやっとしてクリスは肩を竦めた。

 「サンキュ」

 肉付きのよいお尻を振りながらマンションのエントランスに駆け込んでゆく。

 すっかりクリスの姿が見えなくなってから、チャックは事の重大さに気づき、青くなった。

 とりあえず小型機を上昇させ、待機モードにしてから、トランシーバー型のボタンマイクを手に取る。

 ちょっと迷ったが、仕方なくチャックはボタンを押した。

 (胃が痛くなるんだよなあの人の声を聴くと――)


 体を丸く折りたたむようにし、頭をかばいながら、ガイはガラス窓を破った。

 マリオン・ホワイトの部屋である。

 女の子らしい色のカーテンが、ガラスの破片と一緒に巻き上がり、ガイは柔らかなじゅうたんの上に転がり込んだ。

 かなり大きな音が響いたはずである。

 素早く立ち上がり、腰のワイヤーを巻き取ると、ジャックナイフを握り、刃をこじ開ける。

 身構えながら、部屋の中を見回す。

 小さな飾りが垂れ下がり、ささやかなシャンデリラ風に装飾された照明が派手に揺れている。

 しゃらん、しゃらん、と小さな音を立てている。

 そのまま視線を下げ、ぐるりと横を見ると映画のポスターが貼ってあった。

 旧時代の地球の有名な古い映画だ。

 オードリー・ヘップバーンの、「シャレード」。

 (今時の女の子の趣味にしてはクラシカルだな)

 そんなことを思っている場合じゃないのだが、感想を抱いてしまう。素早くガイは視線を横に回す。

 薄く花柄がプリントされた壁紙が続く。カバーがかかったドレッサーがあった。瀟洒な造りだ。そして勉強机には綺麗にテキストが並んでおり、繊細なデザインの写真たてが飾られている。優しいお兄さんと世界一可愛らしい妹の笑顔が映りこんでいる。そしてベッドはアラベスク模様が彫り込まれており、ベッドカバーにはレースと小さなリボンがちりばめられていた。

 すべて淡い色調で統一されている。まるでプリンセス仕様じゃないか?ガイは口元をゆがめるようにして笑い、注意深く扉の横に体を滑り込ませる。

 壁に背中をつけ、扉の外の気配を伺う。

 何も聞こえない。

 何も――。

 完璧な、静寂だ。

 しかしガイの鼓動は早鐘のように打っている。予感がする。そして冷たい汗が一筋、鼻の横を滑って行った。

 目を閉じて、ゆっくりと開き、天井を見る。シャンデリラが揺れる。しゃらん、しゃらん。ゆっくりと揺れが収まりつつある。――しゃらん。

 奇妙なスローモーションのように、揺れる飾りの動きが余韻を残した。

 そしてガイは、足元が揺らぐような錯覚を覚える。

 ぷるる…ん。

 まるで、ゼリーを皿に落とした時のような。

 (なんだ、今のは)

 その時、ガイは半ば本能的に体をひるがえして扉から距離を取った。

 鈍い銃声が続く。

 ズガンズガンズガンズガン――。

 扉はたちまちハチの巣になり、ボロくずのようになって飛び散った。

 ガイは体を伏せるとナイフを口にくわえ、銃を抜いた。

 ズガンズガンズガン。

 まだ続く銃声。細い廊下の先には角がある。そこから顔を出しては打ち続けているのは、黒髪の痩身の男だ。

 「デューカ・ホワイト」

 ナイフをくわえたまま呟くと、ガイは体をローリングさせて部屋を飛び出すと、廊下の壁に背中を付けた。

 唐突に銃のお見舞いが止む。

 きな臭い煙が漂った、不気味な静寂が廊下に落ちた。

 しかし、時折、ごく微かに物音が聞こえる。物を動かすような、足音のような。

 背中を壁につけながら、ガイはゆっくりと進んだ。

 すぐそこに、敵はいる。


 マリオンとカメオはエントランスで別れることになっていた。

 エレベーターで昇るマリオンと、屋外の非常階段から4Fに入るカメオ。

 …ティン。

 エレベーターが1Fまで来て停止し、滑らかな動きで開く。

 マリオンはちらっとカメオを振り向き、頷いて見せてからエレベーターに乗り込み、上昇を始めた。

 (無事で、マリオン)

 カメオはそれを確認してから、精一杯の速さで非常口に走り、そこから上へらせん状に続いている、鉄骨がむきだしになった非常階段を駆けのぼり始めた。

 カン、カン、カン、カン。

 足音が響く。

 息を切らしながら走るうちに、その足音が二重になっていることに気づき、カメオははっとした。

 カン(コン)カン(コン)カン(コン)――。

 (誰かがいる)

 カン(コン)カン(コン)カン(コン)――。

 「誰だ」

 走りながら怒鳴る。誰も答えない。しかし足音は続いている。

 カメオは突然走るのをやめる。

 しかし、もう一つの足音は続いていた。

 コン、コン、コン、コン――。

 下からだ。

 自分を追っている誰かがいる。

 カメオは銃を構え、相手が現われるのを待つ。

 足音は次第に近づいてくる。ゆっくりと息を吐きながら、カメオは自分の緊張と戦っていた。

 コン、コン、コン、コン――。


 一方、パイオニア号メインモニタールームでは、アズがディスプレイの前に陣取り、腕を組んでじっと目を閉じていた。

 彼の役割は待つこと。少なくとも今は。

 寝ることではない。睡眠不足は限界をとうに超えており、アズは超人的な意志力で活動している。

 目を閉じて体を休めてはいるが、その耳はウサギよりも敏感に研ぎ澄まされており、どんな些細な変化でも聞き逃さなかった。

 そこに(ププププ…)トランシーバーの呼び出し音が鳴り響いた。

 カッとアズは目を開く。

 がしっとヘッドホンをつかむと耳にあて、相手がチャックであることを知ると、明らかに不愉快そうな顔をした。

 「なんだ貴様か」

 不倶戴天の敵にでも出会ったような声を出す。

 どうせろくな知らせではあるまい。それも、しょうもない類のことだ。チャックとはそういう奴だ。

 受話器の向こうでは、焦って舌を噛みそうになっているチャックが、まくしたてるように言った。

 「クリスがいるんだよアズ。どうすりゃいいんだ。マンションに入って行っちまった」

 「ああん?」

 眉を吊り上げてアズは言い返した。

 「何のことだ。クリスが?」

 「だから、カメオたちを追っかけて行っちゃったんだよ。俺どうすりゃいいんだ?」

 なあおい、やっぱり俺も追いかけるべきなのか。

 チャックが弱り切った声でまくしたてているのを、アズは口を開けて聞いていた。やがて大きく溜息をつくと、肩の力をがくんと落とす。

 「…放っておきな。断じてお前はそこから動くんじゃねえ」

 低い声でそう指示を出すと、アズはヘッドホンを置いた。

 (全く、バカばっか――)

 と、アズは肩に冷たいものが置かれたことに気づき、表情を凍り付かせた。

 手のようなものが、アズの左の肩に乗っている。

 男の手のような。

 「マイクか」

 言いながらも、そうではないことは分かっていた。マイクの手は温かく分厚い。しかしこの手は。

 ゆっくりと振り向いて、そこに立っているものを確認する。冷たい汗が顎から首筋へ流れた。

 「実体を持つことも、できるんですよ」

 エンゼリアの機能が完全に修復しましたからね、と、レイ・ホワイトの亡霊がにこやかに言った。

 アズの肩においたその手をゆっくりと離し、そして胸の前で十字を切る。

 「アズ…副船長?」

 丁寧な口調で、首を微かにかしげながら言う。口元には柔らかな微笑が刻まれていた。

 「お祈りを、一緒に」

 「やめろ」

 「あなたの仲間たちが、もうじき、エンゼリアの土になろうとしておられます」

 「やめやがれっ」

 怒鳴りながらアズは腕を突き出し、相手の胸倉をつかんだ。

 がしっとレイのジャケットの前をつかんだが、唐突にその手ごたえは消える。

 にわかに薄く色あせながら、微笑みながらレイは言った。

 「きっとあなたも、我々の一員になりたいと思うはずなのですが。頭脳明晰な、アズ――」

 うわあっ、と怒鳴りながらアズが拳を振り上げた。

 笑い声だけを残してレイの姿は消え、ほの暗いメインモニタールームは、またアズ一人だけになる。

 (何が起きている)

 肩で息をしながらアズは目を怒らせた。

 (何が起きているんだ、エンゼリアでは…)


 カメオは茫然とした。

 息を切らしながら階段を上ってきたのは赤毛のクリスだった。

 目を潤ませて腕に抱き着かれた時、カメオは全身の力が抜けそうになった。

 「クリス、なんてことを」

 それだけ言うのがやっとだった。

 「これくらいしないと、あんた分かってくれないじゃない」

 必死になってクリスが言った。

 「見てたのに、ずっとあんたを、わたし――」

 しっ、とカメオが口に指をあてた。

 上の階から誰かが降りてくる足音が聞こえてきた。

 クリスはぎょっとして立ちすくみ、カメオは銃を構えた。

 足音は複数聞こえる。二人や三人ではない。

 次第にカメオの顔色は白くなってゆき、汗が滝のように流れ落ちてきた。

 「カメオ」

 心配そうにクリスがささやいた。

 「しっ」

 カメオは目をぎらぎらと光らせながら、上を睨んでいる。 

 その時、二人は(ぷるる…ん)奇妙な眩暈を感じた。足元が揺らぐような、身体全体が不安定になるような、不快な感じ。

 「なに、今の」

 クリスが額に手を当てている。

 カメオはぐっと息をつめて眩暈をこらえ、上方に銃を向けていた。

 足音はすぐそこに迫り、やがてその者たちが現われた時、カメオは目を皿のようにした。

 「なに、この、人たち」

 クリスがかすれた声でつぶやく。

 一糸まとわぬ姿の少女たち。

 黒髪。赤毛。ブロンド。

 体型、肌の色も様々だ。

 共通しているのは、うつろな表情と瞳。みな、ロボットのような動きで階段を下りているのだ。

 ぷるる…ん。

 また、あの奇妙な感覚が波のように寄せてくる。

 立っていられず、手すりにもたれながら、カメオはそれを見ていた。

 様々な国籍、顔立ち、髪の色の少女たちが、一斉に同じ姿に変貌した瞬間を。

 クリスは息を飲み、カメオは銃を取り落としかけた。

 少女たちは二人の直前まで来ると行進を止め、ぴたりと静止し、一斉にカメオを見つめた。

 金に光る柔らかな髪の毛。

 アクアマリンの淡い瞳。

 ギリシャ神話の女神を思わせる、完璧な顔立ち。白い肌。冷たいほど美しい微笑。

 「マリオン…」

 カメオは呟き、クリスは「違うわ!」と鋭く悲鳴のような叫び声をあげた。


 薄いリネンを一枚まとっただけの姿で、少女はテーブル席につき、温かいココアを飲んでいる。

 そうしながら、銃を撃ち続ける黒髪の貴公子の後姿を見つめていた。

 ズガンズガンズガンズガン。

 何度か打ち鳴らし、少しの間の静寂が訪れ、そして今度は、別の誰かがこちらに向けて銃を打ち鳴らしてくる。

 ズガンズガンズガンズガン…。

 「気分は、どう」

 銃撃の合間に、デューカはそっと振り返り、柔らかな笑顔で言った。

 ココアを飲みながら、ショウ・シャンは頷く。とびきりの笑顔で、自分が最も可愛らしく映るはずの、そんな笑顔で。

 「なんともないわデューカ。わたし、大丈夫みたい」

 「そう」

 良かった、マリオン。

 そう言い、優しい微笑を送ってから、またデューカは銃撃に戻る。

 次第に銃撃の合間は短くなってくる。相手が、近づいてきている。

 (美味しい)

 ショウはココアを舌の上で転がすと、テーブルを上を眺めた。

 兄と妹が毎朝ここで朝食を摂る、見慣れた、懐かしいテーブルだった。

アズのペットのハムスターが、とっとこハム太郎で、エンゼリアにこっそり侵入してはむちゃんずと大冒険を繰り広げるとか、そういうパロディを考えたり考えなかったり。

個人の事情で申し訳ないが、今日は大変疲れたでござるよ。いつかおちゃらけた話に書き換えて、この憂さを晴らしてやろうと思っている次第でございます。

合掌。

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