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社交界【2】













 翌日。レグルスは本当にドレスを借りてきた。さすがに人の物なので細かいサイズを直すために、二人メイドを連れてきていた。局長室を間借りし、ついたてを立てて着替える。


「ど、どうですかね」


 衝立の後ろから出て、レグルスとエヴァンに意見を求める。こんなにちゃんとしたイブニングドレスを着るのは三年ぶりである。

 レグルスが借りてきたのは、淡い紫のドレスだった。スカートは膨らみ過ぎず、腰から下をきれいに見せてくれる。夜会用のドレスなので、デコルテは広く開いているが、これは上にショールでも羽織れば隠れるのでこの際気にしない。


 夏用なので袖はない。気になるのなら、こちらも肘位までの手袋をする手がある。


 そして、一番問題の裾だが、思ったより不自然ではない。これの持ち主も背が高いのだろう。それに、この国の女性はドレスの時はハイヒールを履くので、スカートはもともと長めなのだ。さすがにエレアノーラがハイヒールを履くとレグルスの身長に迫ってしまうので、履かないけど。

「うん。ばっちり。よく似合ってるわ」

「エリー、やっぱり君、美人だよね」

 レグルスとエヴァンが手放しにほめるので、エレアノーラは赤面してうつむいた。この格好も慣れないし、なんだかむず痒い。

 合わないところはメイドたちが簡単に直してくれる。その様子を見ながら、レグルスは言った。

「本当なら、オーダーメイドであつらえたかったのよね。きっと、エリーなら淡い色が似合うわ」

「確かに。むしろ、何でも似合いそう」

 二人からの賛辞がくすぐったくて思わず身をよじる。すると、「動かないでください」とメイドに言われた。申し訳ない……。


「そ、そう言えば、誰から借りてきたんですか、これ」


 話をそらすように尋ねると、レグルスは微笑んで教えてくれた。

「王妃様」

「……」

 さしものエレアノーラとエヴァンも沈黙した。王妃様、だと? つまり、レグルスの兄嫁だ。

「彼女も背が高いのよね。部下のためにドレスを貸してくれって言ったら、快く貸してくれたのよ。ちなみにそれ、一度しか着ていないから、エリーさえよければあげるって」

「あ、あげると言われても」

 これはもらっていいものなのか!? 駄目なフラグしかないんだけど! どう考えても仕立てがよく、生地もいいし、デザインもこっている。そもそも王妃自身のためにあつらえたはずの物だろう。

 でも、一度エレアノーラが着てしまったら使い物にならないのか? うーん……。


「それと、装飾品も持っていないようなら貸すって言っていたけど」

「さ、さすがにそこまでは」

「エリー、アクセサリーとか持ってるの?」


 エヴァンに尋ねられ、エレアノーラは視線をそらす。ドレスよりかさばらないので、いくつか持っているが、こんなに立派なドレスに見合う装飾品はないと思う。


「な、なんでそんなに至れりつくせりなの」


 エレアノーラは思わずレグルスに尋ねた。彼は笑う。


「頼られるとうれしいタイプの人間なのよ。王妃様は」


 それはいい王妃様だ。エレアノーラは国王の戴冠式の時に一度見かけたことがあるが、落ち着いた風情のきれいな人だったと記憶している。

「せっかくだから借りれば? エリーに任せると適当になりそうだし」

 それは否定できない。エヴァンの指摘は鋭い。レグルスはざっとエレアノーラの全身を眺めると、一つうなずく。

「じゃあ、装飾品は私が選んでおくわ。エリー、自分で化粧とか、できる?」

「か、簡単なものなら……」

 ナチュラルメイク、と言うやつならできるが、夜会用の化粧は無理だ。そんな技術はエレアノーラにない。練習すればできるようになるかもしれないけど。だが、夜会は明日である。

「じゃあ、メイドを何人か連れてくるわね」

 レグルスが笑顔でそう言った。エレアノーラは硬い表情で「ありがとう」と礼を言うが、内心、どんな重装備になるのだろうかと戦々恐々としていた。


「エリーのドレス姿を見られるなら、夜会に出る価値はあるかもしれないわね」


 楽しそうなレグルスを前に、エレアノーラは自分はとんでもない目に合うのかもしれない、と思った。
















 夜会当日。午後の早めの時間に仕事を終え、エレアノーラは王宮の方に連れて行かれて着替えさせられた。昨日の王妃から借りた淡い紫のドレスを着て、肩にショールを羽織っている。髪は結い上げ三つ編みをカチューシャのようにしている。髪飾りはシンプルに銀とエメラルドの髪飾りをつけていた。それが、エレアノーラの知的な雰囲気を増加させている。

 化粧もしてもらい、準備はばっちりに見えるが、そうでもない。心の準備の方はまだだ。

 みんなが見たい、と言ったのでレグルスはエレアノーラを連れて一度特務局の事務室の方に来ていた。彼もちゃんと正装だ。長い黒髪はうなじで束ね、黒のコートを着ている。もともと女装癖はないレグルスであるが、そうしているといつもよりいい男であり、思わず局員たちから感嘆の声が漏れたほどだ。


「似合ってるよ、局長。いい男っぷりです」


 若干ふざけた様子で言ったのはエヴァンだ。緊張を和らげようとするかのような言葉である。実際、その目的はあった。賛辞を受けたレグルスも笑う。

「あら、ほめても何も出ないわよ」

「……しゃべらなければ、完璧なのに」

 しゃべったとたんに残念になる。見かけはいい男なのに、口調はオネエだからだ。


「まあ、局長はなんだかんだで大丈夫だよね。あっちは大丈夫なの?」


 と、エヴァンが示したのはエレアノーラだ。彼女も自身によく似合うドレスと化粧をしていたが、その雰囲気が何とも言えない。休憩用のソファに腰かけ、祈るように手を組み、それを口元に当てて呪文をぶつぶつとつぶやいている。その顔は蒼白で、どう見ても危ない人だ。


「……うーん。エリーって、人見知りだったかしら?」

「というか、人が多いところが苦手なのかな」


 レグルスもエヴァンも首をかしげている。エレアノーラは愛想の良い娘に見えるが、あまり人と接することが得意ではないのかもしれない。そう言う人は、意外に多い。

「まあ、彼女が夜会に出るのも久しぶりだし。局長がちゃんとエスコートすれば大丈夫なんじゃない?」

「……だといいわね」

 レグルスは肩を竦め、苦笑いを浮かべた。それからエレアノーラに声をかける。

「エリー。そろそろ行きましょう」

「は、はい」

 震える声でエレアノーラが返事をした。ふらふらと立ち上がるのを、レグルスとエヴァンが両脇から支える。支えた手も震えていた。安易に大丈夫と言ったエヴァンだが、少し不安になってくる。

「エリー、しっかりね」

「うん……」

 エレアノーラをレグルスに預け、エヴァンはゆっくりと歩いて行く二人の背中を見送った。

「……大丈夫かな?」

 そう何度もつぶやいてしまうほど、エレアノーラの雰囲気は異常だった。
















 エレアノーラは社交界があまり好きではない。貴族の令嬢として生まれた以上、エレアノーラも何度か夜会に参加したことはあるが、それは何年も前の話だ。特務局に所属するようになってからは一度も参加していない気がする。

 レグルスにエスコートされながらホールに足を踏み入れたエレアノーラはぐっと唇を引き結んだ。そうしないと震えてしまいそうだった。いや、実際に震えているかもしれない。


「そんなに緊張しなくても大丈夫よ、エリー」


 耳元にレグルスがささやいてくる。低い、聞き心地の良い声なのに相変わらずのオネエ口調だ。いつも通りの彼の様子に、エレアノーラは幾分ほっとする。

「……すみません。大丈夫」

「ならいいけど。もう少し我慢してね」

 もうすでに帰りたいエレアノーラである。しかし、特務局の代表として着ている以上、関係者には挨拶して行かなければならない。

 その上で、国王は外せない。なぜならレグルスは国王の弟であり、エレアノーラは国王の妻にドレスを借りているからだ。


「レグルス」


 彼は背が高いので見つけやすいのだろう。レグルスは周囲を見渡し、それから微笑んだ。

「兄上」

「元気そうだな。相変わらず引きこもって出てこないかと思ったぞ」

「兄上のお招きを無視したりはできませんよ」

 敬語になると、レグルスのオネエ口調も隠れる。そうしていると、確かにただのいい男だ。

「口がうまいな。楽しんでくれ――――。と、そちらが例の副局長だな」

 国王の視線がエレアノーラに向けられる。国王も黒髪で、薄紫の瞳をしていた。何となくレグルスと似ていた。やはり兄弟だな。


「魔法特殊業務執行局副局長、エレアノーラ・ナイトレイと申します。本日はお招きいただき、ありがとうございます」


 声がやや震えていたが、何とか挨拶できたことにエレアノーラはほっとする。

「国王のジェイラスだ。春の任命式の時にも見かけたが、きれいな子だな」

「でしょう」

 レグルスが何故か嬉しそうにうなずいた。まるで自分がほめられたかのような喜びようである。まあ、妹がほめられたのと同じ感じだろうか。たぶん。


「ミラナのドレスも良く似合っているな。雰囲気も似ている」


 やはり国王もエレアノーラが王妃のドレスを借りたことを知っているらしい。この淡い紫のドレスは国王の目の色に合わせて作ったのだろうし。幸いと言うか、エレアノーラの隣にいるレグルスも紫がかったグレーの瞳なのであまり違和感はないけど。

「そうですね。何となく似ているかもしれません。エリーもスヴェトラーナ帝国の血が入っているはずですから」

 レグルスがそう言った。やはり知っていたか。エレアノーラは、祖母にスヴェトラーナ帝国貴族令嬢を持つのだ。王弟であるレグルスが知っていても不思議ではないが、改めて言われると複雑な気分になる。

 スヴェトラーナ帝国は大陸の北に位置する巨大帝国である。エレアノーラの父方の祖母は、その国から嫁いできた公爵令嬢だ。帝国皇妃を輩出したことがある家系であり、エレアノーラは血筋だけならかなり立派なのである。

「ナイトレイ、と言っていたな。なら、カルヴァート公爵のご令嬢になるのか」

「は、はい」

 国王に問われ、エレアノーラはうなずく。カルヴァート公爵長女がエレアノーラの貴族としての身分になる。

 ジェイラスは考え込むようにふむ、とうなずいた。レグルスが「またろくでもないこと考えてません?」とか割とひどいことを言っている。


「まあ。楽しそうですわね。わたくしも混ぜてください」


 そう言って今度は王妃が乱入してきた。













ここまでお読みいただき、ありがとうございました。


言ったかどうか記憶がないのですが、エレアノーラは公爵令嬢です。


国王ジェイラスはレグルスの兄。というか、弟がレグルスなら、兄はシリウスにすべきだったのだろうか。


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