社交界【1】
「そういえば、近衛騎士に化けていた男、口を割ったみたいなのよ」
「へえ。そうなの」
「昼食をとりに食堂に行ったら、ちょうど近衛騎士たちと一緒になって、少し話を聞いたの」
「なんて言ってた?」
「やっぱり、アヴァロン島の国家魔導師を殺したのは彼みたい。彼はイグレシア王国出身で、王立研究所に侵入しようと思っていたみたいね」
「ほう。またなんで?」
「『マーリンの魔導書』を奪いたかったみたいね」
「ははあ。なるほど」
『マーリンの魔導書』は、この国を建国した初代国王を助けたと言われる偉大な魔導師だ。古の魔法や魔法の神髄について書かれており、現存するのはキャメロット城にある一冊のみ。魔導師垂涎の魔導書で、閲覧は許可制。めったに許可は下りない。
そのため、近衛騎士に化けていた魔導師は侵入を試みたのだろう。
「わかってみればあっけないね。それで、下級官僚たちを買収して回ってたんだ?」
「そうみたい。関わっていた八人はすでに書類送検されているしね。何でも、官舎に住んでいる官僚たちが狙われていたみたい。ちゃんと鍵をかけていたはずなのに、部屋の中にブレスレッドとメモ。しかも、脅し文句。私は今も君を見ている。やらなければ永遠に口をふさぐ」
「それで、本当に様子を見ていたのか。ま、透視魔法があれば難しくないしね」
「そうそう。それに、念写魔法を使ってメモ用紙には今の自分の様子が浮かびあがらせる。この国では魔導師の恐ろしさが知れ渡っているからね。みんな、怖がって言うこと聞いちゃったと言うわけね」
「しかも、大金を用意されてたらなぁ。確かに、官僚になって一・二年目なら、給料は実際大したことないしね」
安定していることはしているのだが。ちなみに、エレアノーラは副局長になって少し給料が上がった。といっても、あまり使い道がなくて困っているのだが。
イグレシア出身の魔導師は、近衛騎士に化けた。化けられた近衛騎士も殺されて、裏庭に埋められていたのが発見された。そして、近くで官僚たちが警報を鳴らす様子を見ていたのだ。そして、鳴らさなければ始末した。三人ほど、始末された官僚たちがいる。こちらは官舎の方から見つかっている。これらは管轄外なので、情報は入っていたが気には留めていなかった。
たった一人の魔導師にここまでやられるとは、不覚である。そのため、今、警報魔法を含めたすべての魔法警備について見直している最中だ。エヴァンとエレアノーラは絶賛執務中で、互いに口は動いているが手も動いている状況。
「何もないのに警報が鳴り続ければ、次第にみんな鳴っても誤報だと思うようになる。それではまずい、と僕たちは動き、それに伴って王立魔法研究所も調査に入る。その間に、研究所に侵入しようとしていたのか」
「まあ、そう言うことみたいよ。踊らされた感はあるけど、わかってみたら単純よね」
「むしろ、ばれずにそこまでできた彼がすごいよ」
「認識阻害系の魔法でも使ってたのかしら」
これらの会話を、執務を行いならがしているのだ。二人の有能さは推して知るべし。
ちなみに、あのブレスレッドは殺された魔導師のものと判断された。免許の方もイグレシアの魔導師から取り上げている。証拠品として厳重保管される予定だ。
ちなみに、イグレシア王国は大陸の南の方にある国。島国のログレスから見て、南東の半島にある国になる。
警報魔法陣の調査の方も、魔法研究所から報告が上がっている。すでにほとんどの作業が終了し、警報音も変えたらしい。警報を鳴らすための徽章に組み込まれた魔法式は、いくつか調整が必要なものはあったが、特に問題なしとのことだ。むしろ、徽章にそんな効力があったという事実に驚かれたと言っていた。それもどうなのだろうか。
何か飲み物を淹れようと、立ち上がると、エヴァンが手をあげた。
「エリー。僕も」
「私、ココアにしようと思うんだけど」
「じゃあ、僕もココアで」
「わかったわ」
エレアノーラが了承すると、他の局員からも「俺も!」という声が飛んだ。
「あんたたちは自分で淹れろ。エヴァンとカレンだけ淹れてあげる」
「わぁい」
カレンと呼ばれた二十代半ばほどの女性が手を上げて喜ぶ。特務局には何人か女性の局員がいるが、カレンはその一人だ。他の女性局員は、今この事務室にはいない。
「カレンとエヴァンさんだけ贔屓!」
「副局長に淹れさせる方がおかしいわよ!」
すねた局員にそんなツッコミを入れる。いくらお飾りであっても、肩書は副局長に給仕をさせるのはどうかと思う。まあ、エレアノーラが好きでやっているだけだけど。
宣言通りエヴァンとカレン、自分の分のココアを淹れ、彼女は自分の席に戻る。ちょうどその時ノックがあった。
「局長と副局長にお手紙ですよ」
一番ドアの近くにいた局員が応対し、封筒を手にして戻ってきた。エレアノーラにまず封筒を渡すと、彼は奥の局長室に向かう。レグルスに封筒を渡すためだ。
白い、王族のみが使うことが許される封筒。とても嫌な予感がする。
ペーパーナイフで封を開け、中身を見ると、思った通り。
「エリー! 来た!?」
「来ました! ついに!!」
局長室から飛び出してきたレグルスに、エレアノーラはそう返す。彼女は立ち上がってレグルスの側による。
「国王主催の夜会の招待状! そう言えば私、副局長だった!」
ついさっき、自分で言ったばかりである。そう。エレアノーラとレグルスに届けられたのは夜会のお知らせだった。貴族だけでなく、それなりの地位にいる官僚には、個人あてに届けられるのだ。そして、よほどのことがない限り断れない……。
「あと二日……! 兄上、早めに言えば私が逃げると思って言わなかったな!」
レグルス、ちょっと素が出ている。確かに、彼は半分引きこもりだから、早めに招待状を出していれば雲隠れした可能性が高い。さすがは兄。自分の弟のことはよくわかっている。もちろん、王弟であるレグルスの兄は、今回の矢蟹の主催・国王だ。
「ふぉお。給料上がって喜んだけど、よく考えたらこういうのにも出なきゃいけないんだ……!」
「エリー。一緒に逃げる?」
「逃げたい……!」
エレアノーラは切実に訴えた。だが、逃げる前提な局長と副局長に、補佐官エヴァンの声が飛ぶ。
「せめてどっちかは行け」
まったくもってその通りである。エレアノーラはレグルスとにらみ合った。
「局長。兄君の夜会を欠席するのはまずいんじゃない?」
「エリー。副局長になって初めての公式行事に出ないのはいかがなものかしら?」
どちらも正論だ。だが、どちらも行きたくない。エレアノーラはため息をついた。
「どうせ行くなら、二人で行かない?」
「そうね……」
一人より、二人の方がましだ。二人ともそう判断した。落ち着いて少し冷静になったのもある。
「にしても、あと二日って……私はともかく、エリー、準備できる?」
レグルスに尋ねられ、エレアノーラは「準備?」と首をかしげる。
「ほら。ドレスとか、アクセサリーとか」
「……そもそも、夜会に着ていくようなドレスがないかもしれない」
普段用の外出着ならいくつかあるんだけど。エレアノーラが最後に夜会に出たのはいつだろうか。エレアノーラはあまり夜会などのパーティーが好きではないので、積極的には出ていない。十三歳からは学校に行っていてほとんど行かなかったし。特務局に入局してからは、少なくとも一度しか出ていないはず。あれは……十八歳の時か。
「……十八歳の時に着たやつなら、あると思う」
「兄上の戴冠式の時のやつよね?」
そう。三年前、戴冠式があったのだ。そのため、貴族であるエレアノーラは出席せざるを得ず、その時のドレスが一着だけある。
「何色だっけ?」
「ネイビーブルー」
「却下」
「ええっ!?」
エレアノーラが眉をひそめる。他にドレスがないのに、何を着て行けと言うのだ。
「私の隣に並ぶのだから、それなりの恰好をしてもらうわよ。今からオーダーメイドじゃ間に合わないから、既製品で……」
「私、背が高いから既製品だと丈が足りないんだけど」
エレアノーラはこの国の女性の平均身長より確実に三インチは背が高いため、既製品だとくるぶしが丸見えになってしまうのだ。気軽な夜会ならともかく、王家主催の夜会でそれはないだろう。
彼女の訴えを聞き、レグルスはまじまじとエレアノーラを見た。
「確かに、私が背が高いからあまり気にしたことないけど、エリー、かなり背が高いわね。ちなみに、身長どれくらい?」
「正確なところはわからないけど、確実に五フィート七インチはあるわね」
この国の女性の平均身長は五フィート二インチちょいくらい。明らかに、エレアノーラは大きい。実際、局員の誰かが「でかっ」と叫ぶのが聞こえた。
「お、思ったより長身ね……」
動揺したレグルスに、エレアノーラは笑う。
「局長、確実に六フィートは身長あるもんね」
だから、エレアノーラがあまり長身に見えていなくても不思議はない。
話を戻して。
「もういっそ、制服で行っていい?」
黒の素っ気ない特務局の制服。レグルスは首を左右に振る。
「ダメ。既製品がダメなら、借りてくるわよ」
「……借りてくるって、エリーと同じくらいの体格の人いるの? 長身で細身で」
エヴァンが眉をひそめた。彼はエレアノーラよりも背は高いものの、レグルスよりは低い。まあ、レグルスはかなりの長身だから仕方がない。
「いるわよ」
レグルスはにやりと笑った。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
5フィート7インチ、大体171cmくらいです。この時代の女性にしては長身でしょう。
気付いた方がいるかもわかりませんが、イグレシア王国という国が出てきたということは、『背中合わせの女王』や『とある侯爵令嬢の恋事情』と同じ世界観だったりします。