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神は我が光【5】

今回はエヴァン視点です。











 ひとんちの部屋のドアを思いっきり開け放ち、入ってきたのは思った通り、レグルスだった。急いできたのだろう。結われていない黒の長髪が乱れていた。

 彼はびくっと肩を震わせたエレアノーラを認めると、ほっとした表情になった。


「ああ、無事なのね。よかったわ」


 レグルスは笑ってエレアノーラの隣に腰かけた。エヴァンは膝に頬杖をつき、レグルスに尋ねた。

「局長、仕事は?」

「ルーシャンに任せてきたわ」

「わぁ」

 エレアノーラが連れ戻され、エヴァンは忘れ物を取りに行ったまま帰ってこない。レグルスも退出する。特務局は今ごろどうなっているのだろうか。もともと無法地帯であるが、よりひどいことになっていなければいいが。


「ルーシャン、荒れてるだろうな……」


 比較的常識人であるルーシャンだ。彼に任せてくるのは間違いではないが、正解でもない気がする。しかし、他に任せられる人はいないけど。

「エヴァンがエリーを保護したっていうから、あわててここまで来たのよ。っていうか、エリー、意外と逃げてくるの遅かったわね」

 そうなのだ。エレアノーラなら逃げるのに丸一日もかからないはずだった。転移魔法を使えば、すぐに逃亡可能なのである。彼女を閉じ込めておける牢獄などないに等しい。


 ホットミルクのマグカップを両手で持っていたエレアノーラは、もう寒くはないはずなのに、震える声で言った。

「魔法……使えなくて……」

「使えない……消魔石しょうませきの部屋にでも閉じ込められてたの?」

 彼女は実際に、外交に行ったレドヴィナで消魔石で覆われた部屋に閉じ込められ、魔法が使えない事態に陥ったことがあるらしい。だが、彼女の力は魔法だけではない。魔法が使えずとも、彼女がただの屋敷から脱走することなど簡単だっただろうに。

 エレアノーラは首を左右に振った。


「違……っ。本当に、使えなくて……」


 エヴァンはレグルスと目を見合わせた。レグルスががたがたと震えるエレアノーラの手を握った。

「ただ魔法が使えなくなった、と言うこと?」

 レグルスの問いかけに、エレアノーラがうなずいた。エヴァンとレグルスはもう一度目を見合わせる。

 魔法、と言うのは使用者の精神状況に左右されるところがある。動揺すると、それだけで魔法がぶれることがあるし、悲しみゆえに魔法が発動しないことだってある。

 今回、エレアノーラの場合は恐怖ゆえに魔法が使えなくなったのだと思われた。エレアノーラは家族との折り合いがよくない、と元から聞いていたし、父親にたたかれても反論しなかったところを見ると、父親が怖かったのかもしれない、と考えることができる。

 エヴァンは彼女の手首を飾る武骨なバックルを見た。先ほど、レグルスがエレアノーラの手を握ったときにそれに気がついたのである。

「エリー、それは?」

 エヴァンが尋ねると、エレアノーラはあっ、という表情になった。

「ち、父に……」

 さきほどからずっとそうだが、震える声でエレアノーラが答えた。何とか話を聞き出すと、どうやら暗示の要であるようだ。これをつけられるときに、「魔法が使えない」と言われたそうである。

 一見、ただのバックルに見えるのだが。レグルスがバックルをはずしそれを眺める。

「ただのバックルね」

 魔法工学を専門とするレグルスが言うのならそうなのだろう。だが、バックルをはずしてもエレアノーラは魔法を使えなかった。


 つまり、彼女が恐怖心を乗り越えない限り、彼女は魔法を使えないままだということだ。


 だが、少なくとも屋敷から逃げ出す気概があったと言うことは、それなりに見込みがある。少なくとも、逃げる算段を立てるときは冷静だっただろうから。

 レグルスがエレアノーラの髪を撫でた。

「とりあえず、宮殿に行きましょう。さすがのカルヴァート公爵も、王族に逆らおうなんて思わないでしょう」

「あ、そうだね。うちだと、公爵家には強く出られないし」

 ウェストン伯爵家は伯爵家だ。公爵家より下位になるのだ。レグルスがかくまってくれるのなら、その方が安全だ。

「でも、特務局には顔を出さない方がいいかも」

 また公爵が現れるかもしれないし、今の彼女の精神状態では職場にいても、はっきり言って邪魔である。

「そうねぇ。ミラナに預かってもらおうかしら。彼女も心配してたし」

 レグルスの言葉に、エレアノーラがびくっとした。いや、エレアノーラが王妃に気に入られているのは知っているが、エレアノーラは逆に苦手なのだろうか。

「あー。いいんじゃない。姉妹ごっこができるよ」

 エヴァンが適当に相槌を打った。むしろ、本当に妹になってしまえばいいのではないだろうかと、ひそかに思う。そうすれば、公爵はエレアノーラに手出しできなくなる。彼女が王族になると言うことだから。


 その後、何とかエレアノーラから話を聞きだしたところ、彼女はたどたどしく話してくれた。

 簡単に言うと、父親である公爵に脅されて魔法が使えなくなり、勝手に決められた婚約者に迫られて逃げてきたようだ。脈絡が不明であるが、つっこまないでおく。とりあえず、魔法が使えないことと、一回り以上年上の婚約者に迫られたことは事実らしい。っていうか。

「オグレイディ侯爵って色狂いで有名じゃん」

「そうなのよねぇ。決定的瞬間をつかめないけど、異常な性癖で有名よね」

「それ、決定的瞬間をつかんだらトラウマものだよ」

 エヴァンはレグルスに突っ込みを入れた。エレアノーラを保護した翌日、特務局内での会話である。

「局長、エリーは?」

「ミラナが預かってるわよ。嬉々として面倒を見てるわね」

「……そう」

 まあ、王妃の側なら安全だろう。遊んでいる、の方が正しい気がするけど。


「エリーのやつ、大丈夫なのか?」


 ルーシャンが口を挟んできた。昨日、エヴァンが戻らず、レグルスが外出するためにすべてを押し付けられた彼は、エヴァンが戻ってきた時点で灰のような状況だった。しかし、気を取り直したのか今日は元気である。

「うーん。僕が見た限りでは大丈夫ではなさそうだったけど」

 エヴァンが首をかしげる。彼が知る限りでは、いくらか落ち着いているように見えたが、それでも『大丈夫』ではなかったと思う。

「私が今朝見てきたときは、ミラナに髪を弄り回されていたわね」

「……」

 それは完全に遊ばれている。しかも、エレアノーラが通常営業の状態でも、ミラナには逆らえないので参考にならない状況だ。エヴァンは計算尺で計算をしながら言った。


「やっぱり、エリーも女の子なんだねぇ。迫られたのが怖かったのかな」


 その割にはレグルスと引っ付いても平気な様子。やはり、『※美形に限る』と言うやつだろうか。エレアノーラの場合、レグルス相手だと女友達感覚だと言う可能性もある。だが、そろそろ気付け、エレアノーラよ。彼は確信犯だ。

「いいえ。そうじゃないわね。彼女は魔法が使えなくなったことが何よりショックなのよ」

 レグルスが確信ありげに言った。彼よりエレアノーラとの付き合いが長いエヴァンはちょっと面白くない。だが、それで思い出したことがある。

「そう言えば、エリーって、学術院に入学したばかりのころはもっとおとなしい性格だったんだよね。おとなしいっていうか、臆病っていうか」

「じゃあ、今のふてぶてしい態度はどこから来たんだ」

 ルーシャンがツッコミを入れる。彼女の図太さは彼女の生来のものだろうが、それが開花したのはこの変人貴人の集まり、特務局に入局してからだろう。


「これだけ変人に囲まれてたら、開き直らざるを得ないよ」


 エヴァンはそうツッコミを入れた。特務局は、並大抵の精神力ではやっていけない。

「臆病っていうか、自分に自信がないってことだったのかもしれないけど」

 ひとまず、ルーシャンは無視してエヴァンが話を続けていく。

「カルヴァート公爵は外国人嫌いで有名だしね。自分の母親がスヴェトラーナ人なのにね」

 エレアノーラの父方の母親はスヴェトラーナ帝国の人間だ。エヴァンの言葉に、レグルスは苦笑する。

「だから、かもしれないわよ。ログレスは閉鎖的だし、子供のころにそのことでからかわれたりしたのだとしたら、原因である母親に似た娘を虐げるのも理解できるわ」

 エヴァンとルーシャン、さらに話を聞いていた他の局員たちもげんなりした表情になる。

「……わからないではないけど、理解はできないよ」

「自分がされたことをそのまま娘にやり返しているってことだろ」

 エヴァンもルーシャンも否定的だった。特務局でエレアノーラは慕われているので、みんな彼女に同情的なのだ。


「もちろん、だからと言って彼がエリーにしたことが許されるわけではないわよ」


 そのせいで、エレアノーラは一時的だろうが、魔法が使えなくなってしまったのだから。

 エヴァンにとって、エレアノーラは妹にも等しい存在だ。助けたいと思うのは当然であるし、それに、もっと差し迫った問題もある。

「もしこのままエリーがオグレイディ侯爵と結婚したら、侯爵はエリーに仕官を許してくれると思う?」

「いいえ」

 レグルスが即行で否定した。エヴァンもそう思う。カルヴァート公爵も侯爵令嬢であるエレアノーラが仕官していることにいい顔をしなかったが、オグレイディ侯爵も同類であろう。つまり。

「局長がいなくなる。エリーもいなくなる。僕に特務局をまとめ上げろと!?」

「いや、意外とできると思うぞ」

「無理だから!」

 ルーシャンが無責任なことを言ってくるが、それは難しい。確かに、これまでエヴァンはレグルスとエレアノーラの不在を預かってきた。しかし、だからと言って彼に特務局をまとめ上げられるか? それは否であろう。


 エヴァンはどちらかと言うと後ろで糸を引くタイプ、参謀・宰相タイプだ。表に立つタイプではない。それは、レグルスやエレアノーラの役目。言ってしまえば、エヴァンとエレアノーラは二人でひとつなのだ。

 このままエレアノーラが万が一結婚するようなことになれば、特務局が回らなくなる。そして、父親ほどの年齢の妙な性癖のある男に嫁がされるエレアノーラも不憫すぎる。

「局長。どうにかなんないの」

 エヴァンが尋ねると、レグルスは「そうねぇ」と笑った。

「何とかなるかもしれないわね」

「そうかあ」

 適当に返事をしたエヴァンであるが、すぐに「なるの!?」と驚きの声をあげた。

「ええ」

「……」

 頼もしいが、なんだかろくでもないことになりそうな気がするのはなぜだろうか。














ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


特務局(宮殿)から連れ出され、カルヴァート公爵邸に行き、公爵邸からウェストン伯爵邸に保護され、再び宮殿に戻るエレアノーラです。


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