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神は我が光【4】













 すっかりおとなしくなったエレアノーラに両親は満足したらしい。翌日、早速オグレイディ侯爵と会うことになった。まだエレアノーラは結婚を了承していないのに。

 エレアノーラは、おとなしく侯爵と会うことにした。とりあえず従っておけば、カルヴァート公爵も満足するだろう。

 魔法が使えなくなって混乱したエレアノーラであるが、朝起きるといくらか落ち着いていた。相変わらず無愛想な使用人たちに着替えさせられ、現在、客間でオグレイディ侯爵を待っている状況だ。


 両親も、妹たちも。みんな、エレアノーラは魔法が使えなければただの無力な女性だと思っている。だが、そうではない。エレアノーラの力は、魔法だけではないのだ。


 洞察力も剣術も、エレアノーラが魔法学術院に入学してから磨いた力だ。だから、両親もエレアノーラが魔法以外の力を持っていることは知らない。おそらく、祖父母は知っていただろうが、二人ともすでにこの世の人ではない。

 部屋にノックがあり、メイドがオグレイディ侯爵の来訪を告げた。父とオグレイディ侯爵が部屋に入ってくる。エレアノーラは無言で立ち上がり、スカートをつまんで頭を下げた。


「娘のエレアノーラです」


 父の声がした。視線を感じたかと思うと、侯爵が「顔を見せてもらえるか」と横柄な声で言った。エレアノーラはゆっくりと顔を上げる。

 オグレイディ侯爵はそれほど背が高い人物ではなかった。まあ、エレアノーラが長身であるだけかもしれないけど。髪は所々白髪が混じっているが、剥げてはいないし、多少太っているものの見られなくはない。一般的な中年の男性に見える。

 だが、その顔は高慢そうで、視線はエレアノーラを値踏みするようだ。侯爵の視線が、エレアノーラの顔に止まり、続いて開いた胸元に向かった。


「……なるほど。なかなかの美人ですなぁ」


 にやにやといやらしい笑い方をしながら、オグレイディ侯爵が言った。エレアノーラはぐっと唇を引き結ぶ。

「エレアノーラ、挨拶を」

 父に促され、エレアノーラは口を開く。

「……カルヴァート公爵が一女、エレアノーラ・ナイトレイです。どうぞお見知りおきを」

「ああ。よろしく頼むぞ、エレアノーラ嬢」

 野卑な笑みを浮かべた侯爵が言った。エレアノーラはうつむく。そこで、父が席を外すと言った。

「エレアノーラ。無礼のないように」

「……はい」

 エレアノーラがうなずいたので、父は出て行った。オグレイディ侯爵と二人きりになる。


 父がいなくなると、オグレイディ侯爵はエレアノーラに歩み寄り、その顎をつかみ顔を近づけた。エレアノーラは後ろにさがろうとしたのだが、その前につかまってしまったのだ。


「……っ」


 間近で生臭い息が顔にかかり、エレアノーラは思わず顔をしかめた。オグレイディ侯爵はにやりと笑い、醜悪な笑みを浮かべる。

「その嫌がる顔がたまらんな。壊してみたくなる」

 狂気じみた言葉に、エレアノーラは無理やり侯爵の手を振り払う。なのに、侯爵は笑うだけだ。

「そうだ。抵抗しろ。でないと、つまらんからな……!」

 エレアノーラは後ろに後ずさる。すぐに、先ほどまで自分が座っていたソファにぶつかり、その上に倒れ込んだ。侯爵がエレアノーラに覆いかぶさるようにソファに乗り上げてくる。


「……いやっ」


 侯爵の肩を思いっきり押し返す。抵抗すればするほど、侯爵は楽しげに笑う。

「お前が屈服するときを見るのが楽しみだ」

 侯爵の手がエレアノーラの胸元に伸びた。それに気づいたエレアノーラは、とっさに侯爵に足払いをかけて体勢を入れ替え、侯爵の腕を後ろにひねりあげた。ソファに突っ伏す形となった侯爵が暴れる。

「な、何をする! 放せ!」

「同じようなことを私にしようとしたのに、よく言うわ」

 エレアノーラが冷たく言うと、侯爵は怒鳴った。

「無礼な! 誰に向かって口を聞いている!」

「勝手に人に触ろうとした無礼な男」

「!」

 エレアノーラは自分の髪を束ねていたリボンできつく侯爵の手を縛りあげる。特殊な縛り方なので、簡単には解けないだろう。

「これでも私、戦闘訓練を受けてるのよ。相手が悪かったわね。ご愁傷様」

 エレアノーラが腰に手を当ててそんなことを言ったとき、部屋の扉が開いた。


 やってきたのは、ウィレミナだった。おそらく、エレアノーラが襲われているのを笑いに来たのだろうが、立場は逆転している。部屋の中の状況を見て、ウィレミナが驚愕に目を見開いた。

「……」

 エレアノーラは、この妹が苦手だ。震える唇を開き、エレアノーラは言った。

「……じゃあ、ウィレミナ。私は行くから、お父様とお母様によろしく」

「はあ!? 何言ってんの? お父様が怒るわよ」

 ウィレミナの指摘に、エレアノーラはびくっと震えた。だが、彼女は言った。

「勝手に怒らせておけばいいのよ。それじゃ」

 エレアノーラは早口に言うと、自分の心がぶれないうちに窓を開け、そこから飛び降りた。


「お姉様ぁっ!?」


 さしものウィレミナも驚いた声をあげた。声は聞こえたが、エレアノーラはすでに飛び降りてしまっていたので彼女の顔を見ることはできなかった。

 飛び降りた、と言っても、エレアノーラがいた客間は屋敷の二階にあった。魔法がなくても、二階から飛び降りたくらいでは死なない。怪我をする可能性はあるが、エレアノーラはうまく飛び降りることができた。足元がかかとの低い靴であったことが幸いした。バランスがとりやすかったのである。

 ふわりと広がったドレスの裾が落ち着く前に、エレアノーラは駆け出した。この屋敷の大体の地図は頭に入っている。なので、逃げることは簡単だった。


『お前をいつも監視していることを忘れるな。逆らえば閉じ込める。逃げようとすれば、足の指を切ってやろう』


 唐突に父の言葉を思いだし、足がすくみそうになる。だが、ここでもし捕まれば父の思うつぼである。後ろを振り返らなければ逃げきれる。彼女にはその自信があった。

 驚く門番や使用人たちの間をすり抜け、エレアノーラはあっさりと屋敷を出た。まさかあれだけ怯えていて逃げ出す、とは思わなかったのだろう。だが、人の予想の斜め上をつくのがエレアノーラである。実際に、彼女はさくっと屋敷から逃げ出してしまった。


 逃げ出したが、そこで震えが襲ってくる。父につかまるかもしれない、そうなったらどんな目に会うかわからない、と言う恐怖。それに、単純な寒さだ。

 人に会う格好をしていたとはいえ、外出用の装いではないエレアノーラはこの時期に外に出るには薄着だ。当然、寒さが襲ってくる。まだ積もってはいないが、最近は雪が降ることも多いのに。それなのに彼女は、胸元を露出したドレスを着ている。いや、決してエレアノーラの趣味ではないが。

 そして、こんな格好でうろついていたらどんな目に会うかわからない。屋敷から逃げ出せても、うっかり人買いにつかまったりしたら目も当てられない。

 にしても、寒い。思わず二の腕をさすっていると、唐突に声がかかった。


「エリー!?」


 すぐそばで聞こえた声に振り返ると、何とエヴァンがいた。なんとタイミングの良い……ではなく。

「な、なんで……」

「あ、いいよ、しゃべらなくて」

 声が震えていたので舌をかむかと思ったのだろう。エヴァンが優しく微笑んでそう言った。いつも通りの彼の優しそうな顔を見た途端、エレアノーラは自分の目が潤むのを感じだ。

「え、ちょ、泣かないでよ?」

 とりあえず自分の外套をエレアノーラの肩にかけながらエヴァンが言った。彼がエレアノーラの肩を押す。ウェストン伯爵家の家紋が描かれた馬車に彼女を押し込み、そのまま御者に馬車を出すように指示する。


「……逃げてきたんだ?」


 エヴァンの問いにうなずく。馬車の中は外よりは温かいが、それでもドレス一枚では寒く、エレアノーラはエヴァンの外套を胸元で掻き合わせる。

「……ごめん。迷惑を……」

「いや。それはいいんだけど」

 エヴァンは軽く笑って、それから首をかしげた。

「聞いてもいいかな。魔法を使えば、寒空の下、薄着でうろつく必要はなかったと思うんだけど……って、うわ!」

 エヴァンが悲鳴をあげた。エレアノーラの両目から涙が零れ落ちたためだ。何とかこらえようと唇をかみしめたが、一度泣きだすと止まらなかった。

「えー、どうしよう。困ったな」

 エヴァンが向かい側からエレアノーラの隣にうつってきて彼女の背中をたたく。何とかエレアノーラをなだめたころ、ウェストン伯爵家に到着した。


「エヴァン様、どうし……仕事をさぼって女性を連れ込むとは、エヴァン様もなかなかやりますなぁ」

「何言ってんの。いいから、侍女を手配してくれない? 彼女、冷えてるから」


 にやにやとからかってくる執事に、エヴァンは容赦なく指示を飛ばす。執事は「失礼いたしました」と執事は頭を下げて近くの者にこまごまと指示を与え始めた。

「はい、エリー。すぐに局長に知らせるけど、少し、うちで待っててね」

「……ありがと」

 エレアノーラが何とか礼を言うと、エヴァンはにっこりと笑ってうなずいた。

 ウェストン伯爵家の侍女に手伝ってもらい、体を温め湿った服を着替える。例によってエレアノーラに身長にあう女物はなかったので、エヴァンの服を借りた。つまりは男装だ。

「忘れ物に気付いてうちに引き返してきたんだけど、君を拾えてよかったよ」

 特務局のみんなも心配してたんだよね、とエヴァンは微笑む。エレアノーラは肩をすくめて「ごめんなさい」と震える声で謝った。エヴァンは困ったように息を吐く。


「そうしていると、魔法学術院に入学したばかりのころを思い出すね」

「……」


 エレアノーラも、何も初めからあんなにふてぶてしい性格だったわけではない。家族のこともあり、むしろ控えめな性格だったと言っていいだろう。

 だが、学術院での生活が彼女を変えた。だが、再び家族の影響を受け、入学当初のように戻ってしまったのかもしれない。

「それで、どうして魔法で逃げてこなかったのか、そろそろ聞いてもいいかな?」

 優しい口調でエヴァンが再び尋ねた。エレアノーラが答えようと口を開く。その時。

「エリー!?」

 とても聞き覚えのある声が聞こえた。













ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


年末ですねぇ。そろそろ仕事納めですかね。


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