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神は我が光【3】

ちょっと気分が悪くなる人が出そうな表現がありますので、ご注意ください。












 一方の、父カルヴァート公爵に執務室から連れ出されたエレアノーラは、カルヴァート公爵家の馬車に押し込まれ、実に数年ぶりとなる帰宅をしていた。

 帰宅と言っても、領地ではなく王都にあるカルヴァート公爵家の屋敷だ。というか、まだ領地に帰っていなかったのか……。


 貴族はオフシーズンになると領地に帰っていくことが多いが、稀に帰らない人もいる。カルヴァート公爵家も今年は帰らないようだ。

 連れ戻されたエレアノーラは、リビングの椅子に腰かけたまま憮然としていた。同じテーブルに父である公爵と母親である公爵夫人、妹のウィレミナに十五歳になる弟オーガストがついていて、さながら家族水入らずの様相である。だが、その空気は殺伐としていた。主に、エレアノーラが。


 エレアノーラにとって、実家にあたるカルヴァート公爵家には楽しい思い出がほとんどない。領地にある領主館のほうでは、祖父母が可愛がってくれた記憶があるが、両親にかわいがられた記憶はほとんどない。

 使用人のように扱われていたとか、そこまでひどい扱いを受けていたわけではないが、無視されることは当たり前。弟妹達に与えられるのに、エレアノーラには与えられないことも当たり前。食事を抜かれたこともあったし、理不尽に殴られたこともあった。


 ……もしかして、虐待されていたのかもしれない。


 そう思わなくもなかったが、考えないことにしておこう。


「お前の結婚相手が決まった」

 公爵の言葉に、エレアノーラは「は?」と思わず素で返す。父だけでなく母からも冷たい視線を向けられ、さすがのエレアノーラも視線を逸らした。

「お前のようなものでもよいと言ってくれる方だぞ。ありがたく思え」

 恩着せがましい言い方に、エレアノーラは一度目を閉じ、開いてから言った。

「手紙を読まなかった私も悪いけど、勝手に決めないでよ」

「貴族の婚姻とはそう言うものだろう。家にとって有益となりうる人間と婚姻を結ぶものだ」

 公爵が言った。まあ、それは否定できないが、カルヴァート公爵家は貴族の中でもかなり上の方にいる公爵家だ。選ぶ側ではなく、どちらかと言うと選ばれる側だ。


 現在ウィレミナの婚約者であるフラムスティード公爵子息のアラン・ローガンは、もともとはエレアノーラの婚約者だった。エレアノーラが十六歳で魔法学術院を卒業し、特務局に入局したころ、アランはウィレミナに乗り換えた。平たく言うと、そういうこと。

 魔法学術院の寮で暮らしていてまったく会えない婚約者より、身近にいる美少女を選んだわけだ、アランは。エレアノーラは捨てられた形になるが、まあ、ウィレミナもアランが好きなようだから、これでいいかな、と言う気はする。エレアノーラは彼に未練などないので。


 フラムスティード公爵家も、カルヴァート公爵家と同じく王族の血を引く古い家系だ。典型的な貴族らしく、この家の人間は権力と金が大好きなのである。

「相手は、オグレイディ侯爵だ」

「……」

 権力、ときたので、今度は金だ。オグレイディ侯爵家の領地は海に面しており、貿易でかなりの利益を出している地域なのだ。


 そして、オグレイディ侯爵と言えば、すでに五十歳近い。昔は普通だったらしいが、年を取って少し腹が出ている。まあ、そこまでは頑張れば耐えられなくはない。だが、女好きで妙な性癖があると言う。二度結婚し、二度離婚しており、すでに三十歳になる息子もいるはずだ。

「あのねぇ。そんなに無理して婚姻を結ぶような相手じゃないでしょう」

「侯爵から望まれたのだ。光栄だろう?」

「まだ私は結婚すると言ってないわ」

 エレアノーラが公爵とにらみ合っていると、公爵夫人が口をはさんだ。


「エレアノーラ。お前は一度、婚約を破棄された問題のある娘なのですよ。望まれているだけありがたく思いなさい」


 典型的な貴族女性の思考を持つ公爵夫人は、結婚することこそ公爵令嬢の喜び、と考えているきらいがある。エレアノーラは、そんな母親と合わない。それに、外国人嫌いである母は、スヴェトラーナ人である祖母オリガに似たエレアノーラを煙たがっている。

「別に結婚しなくても、私は生きていけるわ」

「カルヴァート公爵家に泥を塗る気ですか」

「なら、勘当でもすればいいわ」

 縁を切られても構わない。むしろ、その方がありがたいかもしれない。エレアノーラは、本気で公爵がうなずいてくれないかな、と思った。

「お姉様。お姉様、今まで散々迷惑かけてきたのよ? 最後くらい、役に立てばいいじゃない。出来損ないでもいいって言ってくれているのよ?」

「……ウィレミナ」

 エレアノーラは思わずウィレミナを睨み付ける。すると、母がまた声をあげた。


「エレアノーラ。ウィレミナの言うとおりです。正しいことを言っているこの子にあたるとは何事ですか」


 いつでも、母は妹の味方だった。そして、父は母を味方する。家長である父がエレアノーラを雑に扱うから、使用人たちもそう扱う。

 だから、エレアノーラは魔法学術院に入学することにかこつけて、この家を出たのだ。

 もしかしたら、祖父母が生きていればもう少し、エレアノーラの待遇は違ったのかもしれない。だが、それは言っても仕方のないことである。

「迷惑を、かけた? 私が?」

 エレアノーラは絞り出すように声を出した。その声は震えていた。

「私を無視してきたくせに、よく言うわ」

 エレアノーラは席を立つ。ぐるっと家族を見渡すと、言った。


「私、出て行くわ。ありがたいことに、私は今、特務局で副局長をさせてもらっているから、居場所があるの。さようなら」


 くるりと身をひるがえしたエレアノーラだが、公爵が「待て」と声をあげた。

「まだ何かあるの。結婚しないって言ってるでしょ」

「いや。お前には結婚してもらう。金が必要だからな」

 まさかこの男、経済などの才能はないとわかっていたが、先祖の財産を食いつぶしたのだろうか。


 公爵は立ち上がり、エレアノーラの前に立った。エレアノーラはぐいっと顎を持ち上げて腰に手を当て、公爵を睨みあげる。

「残念だけど、私には魔法があるわ」

 魔法がエレアノーラの味方をしてくれる。魔法がある限り、エレアノーラはこの家に縛られることはない。

「……」

 公爵は無言で彼女の手首に無骨なバックルをはめた。

「このバックルをしている限り、お前は魔法を使えない」

「何言ってるの?」

 エレアノーラは鼻で笑った。公爵は続ける。

「お前をいつも監視していることを忘れるな。逆らえば閉じ込める。逃げようとすれば、足の指を切ってやろう」

 そう言う公爵の眼は本気で、エレアノーラは我知らず恐怖に震えた。頭では、わかっている。公爵がそう言っていても、ここにいる使用人を含めた全員が一度に襲ってきても、それでもエレアノーラの方が強い。だが、幼いことから植え付けられた恐怖心と言うのはなかなか克服できないものだ。

「また狭い暗闇の中で過ごしたいか? 痛い目にあいたいか? 望むなら、足の爪をはいでから切ってやろうか」

 エレアノーラののどから「ひっ」とか細い悲鳴が漏れた。真っ青になり、震えるエレアノーラを見てもう逆らわないと思い、満足したのだろうか。公爵はエレアノーラから離れた。ウィレミナが満足そうにうなずく。


「やっぱりお姉様はお姉様よね。虚勢を張ってても、結局愚図なんだから」


 言い返したいと思う。だが、言葉が出なかった。
















 異変に気が付いたのは、久しぶりに入った自分の部屋の中でだった。


 逃げられないと言われようが、エレアノーラには究極の最終奥義、転移魔法がある。それを使おうとしたのだが。


「……っ。どうして……!?」


 魔法が発動しなかった。魔力がなくなったわけではないし、座標も計算できている。魔法式も間違っていない。なのに、魔法が発動しない。

 焦ったエレアノーラは、他の魔法も使ってみる。だが、どれ一つとして発動しなかった。


「魔法が……っ」


 思い当たるのは、公爵の脅しだ。確かに公爵も魔法が使えるが、だが、洗脳系の魔法は使えないはずである。なのに、何故。

 訳が分からず、エレアノーラは混乱する。魔法が使えない。奪われた。それは、エレアノーラのアイデンティティが消失したにも等しかった。


 魔法が使えなければ、自分には何の価値もない。何もできない。


 それを思い知り、エレアノーラは床にくずおれた。


 どうしよう、どうしよう、どうしよう。


 エレアノーラはバックルを外そうと手をかけた。だが、手が震えて外れない。

 逃げたら、爪を剥がれて、指を切られる。そうなったら、どこにも行けない。


『エレアノーラ。あなたには力がある。だから、あなたはいつでも自由なのですよ』


 祖母の言葉を思い出す。三年前に亡くなった祖母。祖父は六年ほど前に亡くなっていて、祖父が亡くなってからの三年間、祖母もつらい生活だっただろう。何しろ、嫁どころか実の息子からも邪険に扱われていたのだ。

 エレアノーラに読み書きを教えてくれたのは祖父母だった。マナーを教えてくれたのも、魔法を教えてくれたのも、全て祖父母。祖父母がいなければ、今のエレアノーラはいないだろう。

 魔法学術院の学費を出してくれたのも祖父だ。祖父は、エレアノーラが卒業する前に亡くなってしまったが、学費は最初に一括で払ってあったので、エレアノーラは無事に卒業できたのである。本当に、祖父母には頭が上がらない。

 両親が可愛がってくれない代わりに、祖父母はエレアノーラをかわいがってくれた。両親の外国人嫌いを受け継いでしまったウィレミナが祖父母になつかなかったので、懐いてくれるエレアノーラをよりかわいがったと言うのもあるのだろう。

 エレアノーラはベッドにうつぶせに倒れ込むと、硬く目を閉じた。そうしないと、涙があふれそうだった。


「……おばあ様、おじい様、どうしよう……」


 せっかく二人が与えてくれた道だったのに。
















ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


家族と折り合いが悪いというエレアノーラですが、実際のところは父親が怖い。


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