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エマージェンシー【4】













 暗い部屋の中央にぼんやりと浮かび上がる光に照らされているのは三人。おなじみ、特務局長レグルス、同じく副局長エレアノーラ、補佐官エヴァンである。


「この七日の間に、八回の誤報がありました。すでに、皆、警報が鳴ると誤報であると考えるようになったようですね」


 いつもはやや砕けた言葉遣いのエヴァンであるが、正式な報告だと言うことで堅苦しい言葉遣いになっている。エレアノーラとレグルスは彼の報告を聞きながら部屋の中央に浮かび上がっている立体図を見ていた。

 これは、この城、キャメロット宮殿の立体見取り図になる。魔法石に立体的な図面を取り込み、魔力を流し込むことによって立体的に映像化するのだ。もちろん重要機密の一つであり、さらに、かなり難しい魔法であるのだが、エヴァンはこういった情報系魔法が得意なのだ。


「魔法研究所に調べてもらいましたが、魔法陣が壊れている、と言うことはありませんでした」


 魔法研究所に調査依頼をしてからまだ二日だ。正確には、一日半くらいだろうか。研究所の魔導師たちは、その短い期間でこの広大な城に設置された警報魔法陣を調べてくれたらしい。本当に頭が下がる。


「とりあえず、わかったことは過去七日間に鳴った警報魔法陣の発動位置です。まず、ここ。近衛騎士の第三練兵所が一回。次に財務省会計課前が二回。さらに、内務省行政課前で二回。あとは、第二食堂、王宮書庫、宮殿エントランス付近ですね。何日、何回目にどこで警報が鳴ったのか、一覧もありますのでご覧ください」


 エレアノーラはエヴァンの声につられて手元の資料に目を落とした。最初に警報が鳴ったのは、第三練兵所である。一番最近は昨日の午後で、エントランス付近。

 その場所を、エヴァンは指棒で示していく。ついでに立体図に魔法でしるしもつけて行き、三人で考えてみる。

「うーん。統一性はないように見えるけど」

「しいて言えば、だんだん外に近づいてきていますかね」

 レグルスとエヴァンが言った。確かに、しいて言えばだんだん外に近づいてきているが、最初に警報が鳴らされた第三練兵所は奥、と言うより野外にある。


「当たり前ですけど、警報が鳴っているのは宮廷内ですよね。王宮ではなってませんよね」


 エレアノーラがレグルスとエヴァンを交互に見る。王宮も宮殿の意味であるが、キャメロット宮殿には政治を行う場と王族の住居が存在するため、便宜上、行政場は『宮廷』、王族の居住区は『王宮』と呼んでいるのである。

「王宮にも警報魔法陣はあるんですよね?」

「ええ。あるわよ」

 エレアノーラの問いに、レグルスがうなずいた。まあ、王族が住んでいるところにこそ警報はいるだろうと思う。

「財務省と内務省の前では二回ずつ鳴っているのよね。行ってきたのはエリーだったかしら」

「ええ。というか、私は全部見回ってますけど」

 エレアノーラがそう訴えると、レグルスは微笑んで「そうだったわね」と答えた。この特務局に置いて、最もフットワークが軽いのがエレアノーラなのだ。


「ここ、どう考えても人通りが多いわよね。しかも、特定の人物が多い……見なれない人はいなかった?」


 レグルスの指摘は鋭い。それは、エレアノーラやエヴァンも感じていたことだ。財務省、内務省は重要な行政組織であるために所属人数が多く、その周囲は人通りが多い。しかし、用がある人物は限られており、見慣れない、珍しい人物は結構目につく。

 だが、エレアノーラはそれらしい人物を見かけなかった。彼女は自分の記憶力はいい方だと思っているが、さすがに宮廷に勤める官僚の全員を記憶しているわけではない。徽章を見て何となく、『あ、どこそこ所属の人』とわかるくらいだ。


 ……待てよ。徽章か。


「正直、私はこの城に出入りしている官僚全員を覚えているわけではないんだよね」

「……うんまあ、僕もだけど」

 エレアノーラよりも記憶力の良いエヴァンですらそうなのだから、彼女が覚えていなくても不思議ではない。というか、この膨大な人数を覚えている人間はいないだろう。

 つまり、それっぽい恰好で徽章をつけていれば、だいたい役人に見えてしまうと言うことだ。

「と言うことは、すでに何者かが官僚に成りすましているということ?」

「その可能性はあると思います」

 レグルスの言葉に、エレアノーラはうなずく。この二人が相手だと、話が早くて助かる。

「でも、官僚や騎士の誰かが買収されているという可能性も否定できないよね」

 エヴァンが慎重に言った。誰かが宮廷に侵入し、官僚に成りすましていると考えるよりは、もともと官僚である者が買収されて警報騒ぎを起こしていると考える方が自然だからだ。


 だが、エレアノーラは一つ思うところがある。


「前に、国家魔導師が殺されて、その免許とブレスレットが奪われた事件があったでしょ」


 エレアノーラがアヴァロン島まで調査に行った事件だ。その後、まだ犯人は見つかっていない。

 国家魔導師には、エレアノーラたちのように役人として働いているものも多いが、市井で独自に研究しているものも多い。アヴァロン島の殺された魔導師も、そこで古い魔法を研究していた市井の国家魔導師だった。

 そんな市井にいる国家魔導師であっても、いくつか特権がある。国家から資金援助を受けられることなどが有名であるが、もう一つ、とても大きな特権がある。



 国家魔導師は、宮殿への出入りを認められている。



 通常、有力な貴族でもない限り、宮殿への出入りの手続きは煩雑だ。しかし、国家魔導師であればそう言った煩雑な手続きを省いて宮殿に入ることができる。

 だが、エレアノーラが指摘したいのはそこではなかった。


「確か、この国家魔導師を示すブレスレッドには、魔法石と同じくいくつか魔法式が組み込まれているはずよね」


 左手首にあるブレスレッドを示しながらのエレアノーラの指摘に、レグルスとエヴァンが顔を見合わせた。エヴァンが口元を手で覆う。

「確かに……僕たちは基本的に徽章の方を利用するから気づかなかったけど、このブレスレッドも確かに、警報魔法陣を使うための魔法式が組み込まれているはずだね」

「魔導師免許で宮殿に出入りできる、という事実の方に目をとられ過ぎたわね。すごいわ、エリー」

 レグルスの賛辞にエレアノーラは首をすくめて左右に振った。エレアノーラが主導して調査していた事件であるし、たまたま気が付いただけだ。

「一応、国家魔導師が宮殿に入ったかどうかを確認しているけど……そもそも、国家魔導師として宮殿に入ってくるとは限らないな」

 一連の犯人が誰かにもよるが、国家魔導師として宮殿に入るとは限らない。例えば、商人や貴族として入城すればエヴァンが張った網にはかからないことになる。


「同じ人間が頻繁に出入りしていると怪しまれるわよね。なら、宮殿にずっといるか……それとも、人を変えているか」

「私は後者だと思う。それに、宮殿の外で受け渡しをするより、宮殿の中でやる方がいいと思うの」


 レグルスの意見に、エレアノーラはさらに意見を上乗せする。レグルスもなるほど、とばかりにうなずいた。

「官僚たちの徽章は調べられる可能性があるから、奪ったブレスレッドを隠し持って使った方がいいよね。協力者が多くいるのなら、自分が調べられている別の人にブレスレッドを預ければいいし」

「結構な知能犯ですこと」

 エヴァンの冷静な指摘に、レグルスが腕を組んでため息をつく。エレアノーラも腰に手を当てて首を傾けた。

「まあなんというか、裏を突かれた感じではあるけど」

 知能犯であるかは微妙なところ。それに、狙いもわからない。だから、決定的な対策がうてないでいる。


 三人で「うーん」と首をひねっていると、来た。


 警報が鳴り響く。エヴァンが立体図を消し、部屋に明かりをつける。魔法光だ。エレアノーラは眼鏡を押し上げつつ言った。

「じゃ、私は行ってきます」

「僕も城門の方を見に行ってきます」

 レグルスはエレアノーラとエヴァンに手を振り、「行ってらっしゃい」と言った。仮にも王弟である彼を行かせるわけにはいかないので、この二人が行くことになる。

「副局長ぉ、エヴァンさん。めっちゃ警報なってます」

「わかってるわよ。私とエヴァンは行ってくるから、局長をよろしく」

 事務室の方に出ると、局員がそんなことを言ってきたのでエレアノーラは軽い調子で後を頼む。ちなみに、彼は『副局長』『エヴァンさん』などと言っているが、二人より年上だったりする。

 事務室を出たところで、エレアノーラとエヴァンは別れた。警報が鳴っているのは、内務省の資料庫のあたりか。特務局の執務室は他の行政組織の執務室から離れているので、少し歩くことになる。


「おお。お嬢ちゃん」


 最近よく遭遇する年かさの近衛騎士だ。と言っても、まだ三回目だけど。

 とりあえずエレアノーラは警報を止める。それから周囲を見渡した。

「……異常はないようですね」

「ああ。本当に、よくなるなぁ」

「まあ、そろそろ何とかしようかと思っています」

 エレアノーラは魔法陣が描かれているはずの壁に触れた。やはり、壊れている感じはなしなかった。誰かが鳴らしたのだろう。

「何とかするって、何とかできるのか?」

 近衛騎士が声をかけてくる。内務省の官僚たちも様子を見に出てきていた。エレアノーラは振り返り、近衛騎士を見上げ、それからざっと官僚たちを見渡した。何人かと目が合う。


 最後に目があった青年。エレアノーラとさほど年が変わらないだろう官僚が、突然こちらに背を向けて逃げ出した。エレアノーラもとっさにその彼を追う。


「ちょっと失礼!」

 官僚たちを押しのけ、エレアノーラは青年を追う。余談であるが、エレアノーラは自分自身が長身であるため、履いている靴はかかとが低いものである。そのため、安定して走りやすい。

「待ちなさい!」

 エレアノーラは手を前にだし、魔法を放つ。青年が急速に減速した。エレアノーラは走った勢いのまま青年にとび蹴りを食らわせ、地面に伏せさせた。


「おまっ、何しやがった!」

「突然逃げるからでしょう! ちょっと職質よろしいかしら!?」


 そう言いながら、エレアノーラは徽章を確認して彼が内務省の官僚であることを確認する。それからポケットをまさぐった。指の先に固いものが当たり、それを引っ張り出す。


「あたりね」


 エレアノーラの手首にあるブレスレッドと同じだ。国家魔導師に与えられるブレスレッドである。この青年は、国家魔導師ではない。

「これ、どこで手に入れたの?」

「し、知らない! 朝起きたら官舎の部屋の中に置いてあったんだ! メモが入ってて、指示が書かれていた!」

「その指示に従ったということ!? 何の見返りもないのに!?」

「す、すでにサイン済みの小切手が……!」

「……」

 エレアノーラは目を細めた。一応国家官僚である内務省の役人なら、それなりの給料をもらっているはずだが。


 しかし、こちらは後だ。犯人が別にいるだろう。


 おそらく、メモには脅しの言葉も書いてあったはず。だとしたら、真犯人は、実行者が本当に警報を鳴らすか観察しているはず。そう思い、エレアノーラは周囲を見渡した。


 ふと、エレアノーラの上に影ができた。













ここまでおよみいただき、ありがとうございます。


敬語とタメ口が入り乱れて私にもよくわからない状況に。

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