失われた聖剣【12】
猟奇的な表現が出てきます。ご注意を。
転移したエレアノーラが出現したのは、とある貴族の屋敷だった。かなり大きな屋敷であるが、人気はなく静けさだけが漂っている。
エレアノーラは周囲を見渡すと、何も考えずに歩き出した。何しろ、エレアノーラには探査系の能力がないのだ。
「……エヴァン」
探している人物の名を呼んでみるが、当たり前だが反応はない。なので、構わずに廊下を進み、手当たり次第に部屋をのぞいて行く。そして、見つけた。
童話の眠り姫の如くベッドで寝かされているのは、エヴァンだ。エレアノーラはずかずかとその部屋の中に入っていくと、やや乱暴にエヴァンを揺さぶった。
「エヴァン。エヴァン、そろそろ起きなよ」
何度か揺さぶると、エヴァンが眼を開いた。だんだんと焦点が合いはじめ、彼は「うわっ」と声をあげて飛び起きた。
「エリー? というか、ここどこ?」
「グレンフェル侯爵家」
「……」
エレアノーラの言葉で、エヴァンは沈黙した。どうやら、自分がグレンフェル侯爵令嬢たるクレアに攫われたらしいと言うことを思い出したらしい。
「……いや、ホントにごめん」
「別にいいわよ。放っておいても、エヴァンだから自力で戻ってこられるような気もしたけど、私が迎えに来たかっただけだから」
「おお。さりげなくハンサムなセリフ」
今のセリフのどこがハンサムなのだろうか。という、どうでもよいことはともかく。
「エヴァンはさ。何に気が付いて攫われたの」
一気に核心に迫ることにした。クレアによく似たあの少女は、エヴァンが「気づいた」から攫ったのだ、と言った。だから、エヴァンは何かを握っているはずなのだ。
「と、言われてもね」
エヴァンは首をかしげながらベッドから降りた。靴は履いたまま寝かされていたらしい。
「どうやら、クレアによく似た少女がいるってことぐらいしか。双子っぽいけど」
エヴァンも彼女らが双子だと感じたらしい。エレアノーラと同意見なので、あの子たちが双子である可能性はかなり高い。そもそも、魔法で似せるにしても限度があるので、初めから双子、少なくとも姉妹の可能性が高かったのだ。
「う~ん。それだけなら私も気が付いたんだけど。他にも聞きたいことはあるけど……」
エレアノーラは、一度言葉を切って周囲を見渡した。
「まず、この趣味の悪い部屋はどういうことか聞いてもいい?」
エレアノーラが『趣味が悪い』と言い切るこの監禁部屋は、壁一面に文字が書かれていた。
「……いや、僕に聞かれてもわからないから。魔法文字だけど」
そう言ってから、エヴァンは「ああ」と納得の声をあげた。
「そう言えば、クレアが魔法言語学が専門だったなぁ」
「なるほど」
エレアノーラは目を細め、壁に書かれた文字を読む。
「反対魔法かしらね。あまり居心地はよくないけど」
と、壁の魔法文字がゆがんだ気がした。そのまま文字が動き、新たな単語を作る。
「すべて終われば、エヴァンさんは解放するって言ったのに」
「ようこそ、エレアノーラ様」
似たような少女二人の声。二人とも栗毛に碧眼だが、並ぶとそっくりなわけではない。右手の少女の方が背が高いし、左手の少女は目がやや釣り上がり気味だ。個別にみると同じように見えるかもしれないが、その実、そんなに似た姉妹ではないのだろう。
エレアノーラが少し身をかがめて尋ねた。
「右の方がクレア?」
「うん。そう思うけど」
エヴァンもさすがに自信がないようだ。エレアノーラも自信がないので尋ねたのだが。だが、二人の意見が一致したので、右手の背の高い方がクレアであろう。
だが、一応聞いておく。
「こんにちは。念のため尋ねるのだけど、あなたがクレアでいいのよね?」
と、向かって右側の少女を示す。その少女は「さすがはエレアノーラ様!」と称賛の声を上げる。
「お察しの通り、私たちは双子で、私がクレア。こちらが双子の妹でダリア。以後、よろしくお願いします」
「ダリアです。よろしくお願いします」
双子は、似たような笑みを浮かべて笑った。
「でも、予定外ですねぇ。何もなければすべて終わった後、エヴァンさんの記憶を消して解放するはずだったのに」
「エレアノーラ様には、あたしたちの魔法があまり効かないのですよねぇ」
クレアとダリアが口々に言う。確かに、世界の理をつかさどるエレアノーラに認識変化系精神感応魔法は効きにくいが、それはエヴァンも同じことだ。
「……話を聞くのは後でいいわね? 拉致監禁の疑いで任意同行願うわよ」
「現行犯で逮捕じゃないんだね」
誘拐された張本人であるエヴァンが言った。そう言いながらも、彼は戦闘態勢だ。と言っても、彼は戦闘魔法があまり使えない。
「エリー、その剣」
代わりに接近戦で対応しようと言うのだろう。しかし、鞘に入っていないこの剣は。
「これ、聖剣アンサラーなんだけど」
「なんでそんなもん持ってるの!?」
「成り行きでねー。でも、大丈夫。私一人でも戦力過剰だから」
エレアノーラが自信たっぷりにそう言うと、クレアがむっとした表情になった。
「私たち二人をなめないでください!」
そう言うと、クレアが衝撃波を放った。風魔法と思われたクレアの魔法が、空気を振動させる振動魔法の一種であることは予測できていた。魔導師は自分の魔法を知られるのを嫌うが、だからこそ、魔法を予測することができる。
さらに、クレアが専門だと言う魔法言語学。だとすると、使用するのは。
クレアの隣で、ダリアが歌いだした。エレアノーラはアンサラーでクレアの振動魔法を斬り裂きつつ、左手を頭に手を当てた。やはり、歌の魔法を使用するのだ。空気の振動、言葉、とくれば、歌魔法が導き出される。
歌魔法は基本的に精神感応魔法だ。脳を直接揺さぶるような、そんな不快感。基本的に魔法的感受性が強いエレアノーラであるが、理を正しく理解している彼女にはあまり精神感応魔法が効かない傾向がある。
一方、やはり精神感応魔法に適性のあるエヴァンも頭を押さえて顔をしかめていた。彼もあまり効かないタイプなのだ。たぶん、レグルス相手なら威力をいかんなく発揮できただろうに、相手が悪い。
歌魔法を使うのはダリア。クレアは魔法文字を操り、エレアノーラとエヴァンを拘束しようとする。蛇のように壁や床を動く文字に、エレアノーラは狙いを定めてアンサラーを突き立てた。
「分裂」
短く唱えると、その文字列が解体された。クレアが「なんで!?」と声を上げる。その間も、ダリアは歌い続ける。
「なんでと言われても、そういう魔法だもの。仕方がないわ」
エレアノーラにも仕組みがよく理解できないのだ。聞かれても困る。ただ、エレアノーラ相手に世界の常識は通用しない。
ダリアが軽く咳き込んだ。歌魔法は、効果は抜群だがその分魔力を消費する。この双子の力関係が見えた気がした。
エレアノーラは指先で六芒星を描く。それから短く「拘束」と唱えた。いつもは言葉を使用せずに魔法を使うのだが、もちろん、短い呪文ともいえる言葉を使った方が狙いがよく定まる。
クレアが繰り出そうとした風魔法が、エレアノーラの魔法に乗っ取られる。エレアノーラを襲うはずだった風魔法は、逆にクレアを拘束した。
魔法にも法則がある。基本的にその法則をつかさどるのは使用者であるが、エレアノーラの特殊な魔法とクレアに勝る魔力があれば、乗っ取ることは簡単だ。まあ、それがエレアノーラの魔法であるのだから当然かもしれないが。
「相変わらずえげつない魔法だよね」
「うるさい」
エレアノーラは自分の魔法が攻撃的であることはよく理解しているつもりだった。
「クレアっ」
拘束されたクレアを見て、ダリアが叫ぶ。歌がやんだ。驚愕の表情を浮かべるダリアににっこり微笑んで見せたエレアノーラは、右手を持ち上げて軽く指をはじいた。
距離があったのに、それは『結果』としてダリアを襲う。額を突かれたかのようにおでこを押さえ、膝をついた。今、彼女は脳が揺れているような感覚を受けているはずだ。乗り物酔いのような状況である。
「はい。確保」
さらっと言ったエレアノーラに、エヴァンがツッコミを入れた。
「確かに戦力過剰だったね……平たく言うと、やりすぎだよ」
これでも穏便に済ませたつもりだったので、とても心外であった。
△
クレアとダリアを拘束して気絶させた後、エレアノーラとエヴァンはグレンフェル侯爵邸を歩き回っていた。どうも人気がないな、とは思っていたのだが。
「……」
「……っ」
さしものエレアノーラとエヴァンも顔をしかめた。侯爵邸のいたるところに、血にまみれた遺体が転がっていたのだ。グレンフェル侯爵と侯爵夫人はエレアノーラにも見覚えがあり、脈をとってみたがすでに死んでいた。死後硬直の具合から死んでから丸一日以上が過ぎていると思われた。
「……クレアたちがやったのかしら」
「そうみたいだね……ダリアが錯乱させて、クレアが魔法を使えば簡単だっただろう」
「……そうね」
接触感応能力を使用してエヴァンが簡単に調べてわかったことである。彼の能力で、この侯爵邸には生者はエレアノーラとエヴァン、クレア、ダリアの四人しかいないこともわかっていた。弟妹達も、使用人も、皆殺しだ。
何がそんなにも彼女らを駆り立てたのだろうか。
エヴァンが憲兵と魔法研究所の魔導師を呼び出し、引継ぎを行う。さすがの憲兵や魔導師たちも、グレンフェル侯爵家の惨劇に言葉も出ないようだった。
「さて。引継ぎも終わったし、城に戻りましょう」
エレアノーラが言った。クレアとダリアは憲兵の預かりになる。素直に馬車に乗り込もうとしたエレアノーラを見て、エヴァンが意外そうな声を上げる。
「転移魔法じゃないんだ?」
「だって、もう魔力がないもの」
すでに今日だけで三度の転移を行っている。そのうち一回は虚数世界にとばしたのだ。魔力なんて足りないに決まっている。
「……ほんと、何してるのさ……」
エヴァンが心底呆れた声をあげた。
ここまでお読みいただき、ありがとうございました。