失われた聖剣【11】
キャメロット城の人気のない大回廊のど真ん中。身軽な格好をしたエレアノーラが、右手に剣を引っ提げて突っ立っていた。その向かい側に唐突に表れたのは、不死者の男。
「こんにちは。さっき振り。来てくれると思ったわ」
場違いなほど麗しい笑みを浮かべ、エレアノーラは男に話しかけた。男の手にある剣を見て、エレアノーラはやはり、と思う。男が持っていたのは、聖剣カリバーンだった。
つまり、この男は王族に連なるものだと言うことだ。だが、彼の正体などどうでもよい。
「死者はおとなしく眠っているべきよ」
エレアノーラが死者に対してだいぶ失礼なことを言った。男はピクリと眉を動かす。
「あの女も同じことを言っていた」
「あの女……クローディア王女のこと?」
男は答えなかった。しかし、エレアノーラはおそらくあたりだろうと思った。
クローディア王女と共に消えた聖剣カリバーンを持つ不死者。対するエレアノーラが持つのも聖剣である。その名も『アンサラー』。年季を感じさせる聖剣であり、『回答者』の異名を持つ。この素っ気ないデザインの十字剣とエレアノーラは相性が良かった。
「レドヴィナで私を誘拐してくれやがったのもあなたでしょ。どうして?」
「そう、言われたからやっただけだ」
「あ、そう」
エレアノーラはあっさりと聞き出すのをあきらめた。この辺りはレグルスに任せよう。彼が調べてくれるはずだ。
エレアノーラの仕事は、この不死者の男を何とかすることだ。
仮説を立てたのだ。彼は、エレアノーラと同じ能力を持っている。彼を操っている黒幕は、転移魔法を持つエレアノーラが邪魔だったのではないだろうか。
だが、実行者である不死者にはエレアノーラを害するという仕事にやる気が見られない。
なので、一応聞いてみた。
「ねえ。もう一度封じられてくれない?」
「それは困る。まだやらなければならないことがあるからな」
「そう。なら」
エレアノーラは鞘から剣を抜いて鞘を投げ捨てた。
「戦うしかないわね」
言うが早いか、エレアノーラは強く床を蹴る。剣を上から振りかぶる。不死者はカリバーンで受け止めた。
カリバーンとアンサラーは同じ聖剣だ。ぶつかり合えば、その力を打ち消し合う。しかし、そこに自分の魔法を上乗せすれば……。
とはいっても、エレアノーラは刀身に魔法をかけるだけで戦っていた。魔法がぶつかり合い、閃光がはじける。エレアノーラは押し負けて吹き飛ばされる。何とか受け身をとって床を転がり、即座に身を起こす。
「やっぱりダメか」
かくなる上は。
エレアノーラは魔法を展開し、かなり離れたところから不死者に向かって剣を振り下ろした。間合いが空きすぎている。剣が届くはずはない。
だから、不死者はそのままつっこんできた。が。
「!」
不死者の体が、先ほどエレアノーラが剣を振り下ろした時と同じように右肩から袈裟切りに斬れた。どういう仕組みになっているのかわからないが、死体であるはずの男から血が流れた。ただ、どろっとしているけど。
「やっぱりちょっとタイムラグがあるわね」
エレアノーラは舌打ちしてつぶやいた。魔法の発動までに少し時間がかかってしまう。
そう。これがエレアノーラの真の魔法なのだ。彼女にとって、転移魔法など付属品に過ぎない。
世界の法則を利用する魔法。その強化版だ。世界の法則を理解しているからこそ真っ向から無視し、その結果だけを『出現』させる。エレアノーラの前には、『結果』しか存在しないのだ。
だから、エレアノーラが『目の前の男を切った』と認識すれば、それがそのまま『結果』として現れるのだ。
アンサラーは回答者。報復者とも言われる。この剣も、物理法則を越えて相手に攻撃する。だから、エレアノーラと相性がいいのである。エレアノーラのこの世界の因果関係を無視する魔法は、アンサラーによって最大限に発揮される。
だが、この魔法は不完全だ。完全な魔法なら、エレアノーラが剣を振り下ろした瞬間、相手にダメージを与えるはずなのである。しかし、エレアノーラが剣を振り下ろしてから二拍ほど間を置いてから、魔法が発動する。これでもだいぶ魔法の発動が早くなったのだが、今のところこれが限界だ。
驚愕の表情を浮かべていた男の傷は、すぐに癒えた。言えた、と言うよりふさがったとか、なかったことになった、と言った方が正しいかもしれない。さすがに切り裂かれた服まで元には戻らなかったが、切られたはずの皮膚は元のようにくっつき、痕すら見えない。
これが、エレアノーラが彼が不死者であると断定した要因だ。自己回復とか、そういう魔法的なものとは一線を画すのである。
どれだけ傷つけても殺せない。どれだけ魔法を使っても、魔力が枯れない。だから、クローディア王女は彼を封じたのだ。
エレアノーラには、クローディア王女と同じことはできない。エレアノーラには封印の剣、カリバーンを使うことができないからだ。
代わりに、彼女はアンサラーと相性がいい。なら、これを利用して彼を何とかするしかない。
間合いが広ければエレアノーラが有利だ。だからだろう。男は接近戦に切り替えたらしい。強化魔法で肉体と武器を強化し、エレアノーラと対峙する。正直、そうされるとエレアノーラは何とか受け流すだけで精いっぱいだ。
だが、それでいい。
エレアノーラは間合いをとろうと後ろにさがる。すると、当然男もその後をついてきて距離をうめる。何度か魔法攻撃を放ったが、やはりダメージは与えられない。
ついに、エレアノーラは背を向けて走り出した。ここまでくると、男はエレアノーラを追いかけることが目的となっており、そのまま追いかけてきた。目的と手段が入れ替わっている、と言う現象だ。
もともと、戦っている間は思考が単純化する傾向がある。戦いが長くなればなるほど、その傾向は強くなるのだ。だから、男は何も疑わずにエレアノーラを追ってくる。もともと、死体を素体にしているので思考が単純なのかもしれない。
エレアノーラは行き止まりの窓を破壊すると、そこから外に飛び降りた。夕日が差す王都キャメロットを眺めながら、エレアノーラは重力に引かれて落下する。いくら物理法則を無視するエレアノーラの魔法でも、空を飛ぶことはできない。浮くことはできるけど。だから、城の上階、七階から飛び降りた今も安全に着地できる自信があった。
エレアノーラは男がついてきていることを確認し、ふっと笑った。その笑みを見て、男も何か察したようだが、さすがに空中では体勢を立て直すこともできない。
エレアノーラと男の着地予定地に巨大な魔法陣が展開される。転移魔法陣だ。あらかじめ、エレアノーラが用意しておいたものである。その中央に、エレアノーラと男は吸い込まれるように消えて行った。
そして、次の瞬間、別の場所に現れる。キャメロット城の裏手の森を抜けたところにある崖の上だ。そこには、特務局と魔法研究所から派遣された魔導師たちが十二人で六芒星を描いている。頂点に六人、交差部分に六人で十二人だ。出現したエレアノーラと男は、六芒星の中央に立っていた。
魔導師たちが同時に呪文を詠唱する。エレアノーラも剣を両手で持ち、同じ呪文を詠唱する。
「お前……!」
男がエレアノーラを見て眼を見開いた。攻撃してくるかと思ったのだが、何故か、男はふっと安らいだ表情になった。
「やっと解放される……やっと、あなたの元へ行ける。クローディア」
ふっと男が姿を消した。エレアノーラの転移魔法により、虚数世界に送り込まれたのだ。エレアノーラの魔法ではどうにもできないカリバーンだけがその場に残される。
エレアノーラはアンサラーを左手に持ち替え、右手でカリバーンを手に取った。その刀身を見て、エレアノーラは目を見開く。
『すべての命あるものよ、歓迎する。この剣は、あなたたちを守るだろう』
書かれた文字が変わっていた。確かに、異国人を否定する言葉が書かれていたのに……。
おそらく、こちらが本当の文言なのだ。文字というのは、魔力を含む。よい言葉はよいことを引き寄せ、悪い言葉は悪いことを引き寄せる。この剣の封じの力は、『封印』の為ではなく、『守護』のための力だったのだろう。封じはそのまま結界に転用されていたのだ。
エレアノーラは一度カリバーンを大きく振ると、近づいてきたメイシー所長に言った。
「協力、ありがとうございます。メイシー所長」
「いえ……ナイトレイ副局長の頑張りのおかげですね。お役にたてて良かった」
エレアノーラはそう言うメイシー所長に微笑むと、彼の手にカリバーンを乗せた。
「……は?」
「これを、陛下かレグルス様の所に持って行ってくれません? 私はこのままエヴァンの救出に行くので」
エヴァンだし、放っておいても大丈夫なような気もするのだが、クレアのこともある。気になるので、やはり救出に行くべきだろう。
「いやいや、ちょっと待ってください! これ国宝ですよ! 任されても困ります!」
「大丈夫ですって。私も国宝を持っているので」
むしろ、エレアノーラがカリバーンを持っていると、彼女は国宝を二つ持っていることになる。それもいかがなものかと思うのだが。
「いや……そう言う問題では。やはり、一応傍流王族であるナイトレイ副局長が持っているべきだと……」
メイシー所長が震える手でカリバーンを持ったままそうつぶやいているが、エレアノーラは黙殺することにした。どちらにしろ、カリバーンをエヴァン救出に持って行くことはできないので、預けて行かなければならない。
「じゃあ、私は行ってきますのでよろしくお願いします」
「ちょ、待っ……!」
呼び止めるメイシー所長の声をやはり無視し、エレアノーラはその場から転移した。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
エレアノーラ、横暴。次回はエヴァン救出編(笑)